どのくらい眠っていたものだろう。
熟睡の果てが睡魔を破り突然のように政勝の瞳を覚醒させた。
突然の覚醒に政勝はあたりをみまわした。
芯を短くされた行灯がほの暗く部屋を照らしていた。
「そうか・・・」
此処は旅の途中の屋敷の一室。
不覚にも礼を述べにきながら酔いに負けたのだ。
不思議なほどに静まり返っている今の時刻は一体いつごろなのだろうかと政勝は障子の向こうをうろんげにながめた。
月灯りは細く天空さらに西の空のものか。
突然の覚醒は何かの気配を感じたせいではなかったのかと政勝が考え直していたそのときだった。
廊下をさえぎるふすまが静かにひらいた。
政勝の武士としての習い性であろう。
刀を掴み取ると夜半の侵入者にかまえた。
「あ?」
ふすまを開け放ったのは件の女主である。
『采女・・?』
この屋敷の主である。
どこをどう歩こうが立ち入ろうが勝手ではある。
掴んだ刀を置きなおさねば無礼であろう。
刀を置きなおして女主をみつめたものの、どうかんがみても今は真夜中。
ましてや男がいる部屋に・・・。
政勝の胸中に過ぎる思いを頷かせる物がある。
采女の手元の蝋燭に浮かび上がる采女の姿は先ほど見たときとは違い髪を結い上げ美しい着物を羽織り、その顔には秀麗な化粧を施している。
どういうことなのだ?
そういうことなのか?
女が一人あでやかに装い男の下に訪れる。
その目的がなんであるか。
政勝も男であらば考える必要もない。
しかも・・・。
男のもとに訪れるのは判るとしても結い上げられた髪の丹念な事。
采女一人の技ではない。
橋女達が采女の渡りに装わせたとしか思えない。
―姫い様はどんなにおこがほしいやら・・・―
女が拭った袖の涙と共に女がなぞをかけてきたのだとやっと政勝は気が付いた。
采女は部屋に入ると政勝の近くに寄ってきた。
手燭をおき布団の上に端座する政勝の前で手をつき深々とあたまをさげる。
「お情けをちょうだいにあがりました」
か細く恥じらいを含んだ声がそれでも告げねばならぬと必死の声色であった。
「な・・なんと?」
よもやと思いながらも、まさかと思い呆然と采女の所作を見詰る政勝であった。
采女の申し出の意味はわかる。
が、采女は子を孕みたいと言うだけで暴挙を行う余りに恐れを知らぬ娘でしかない。
どう見ても身体の中にともった火に抗えず男を欲して来てしまったとは見えない。
子を孕みたい。
その一念に突き動かされているに過ぎない。
「ば・・ばかなことを・・・」
情を交わす睦事ならうけもしよう。
欲にまみれてのいざなぎ事もよかろう。
だが、見ず知らずのどこの馬の骨ともわからぬ男の種を宿す?
たった、それだけのために?
他に情を通じる方がおられよう?
宥める言葉を政勝はのみこんだ。
誰も来ないのだ。
思い浮かべてみれば屋敷の中も女衆ばかりだった気がする。
婚を禁じられた姫の屋敷に男と言う者が立ち入る事が許されるわけがない。
男なら・・・この際だれでもよいというか?
くもの巣にかかった政勝を捕らえた采女にとってはそれでもこれが千歳一隅の機会でしかないということか。
「どうぞ」
采女がつとにじりよってきた。
「政勝様であらば・・・」
采女はけして、子を孕みたい為だけでないという。
「政勝様であらばこそ、お子が・・・ほしゅうございます」
采女の言葉につと下を向いた政勝は己の浅ましさを意識させられただけである。
己の考えの債分どおりに行かぬ物が既に怒張し始めている。
政勝の手が戸惑いに反して采女に伸びてゆくと采女を引き寄せていた。
しなだれかかる采女の襟元から手を差し延べ胸をさぐった。
形の良いたなごごろにおさまる娘らしさを残したまだ固さの有る乳房だった。
采女はたじろぐようにあっと声を上げたがそれは驚きでない。
身体は既に熟している。
男を受け入れる事が出来る女の態を現していた。
政勝の指が胸の先をつまみあげるのに堪えるように采女が小さく声を漏らしていた。
「そつ・・・が。ない・・」
女が男を誘う様がである。
が、政勝はまだとどこまっている。
これだけで女が本当に女はどうかわからない。
嫁であるかのとも同じように政勝の所作にこえをあげたが、むろん。その時のかのとは生娘だった。
政勝が戸惑うのはここにある。
子を孕ませ采女の生涯を変える男になるかも知れない政勝であるが、
采女にとって初めての男であるなら・・・。
子を孕もうと孕むまいと政勝という男との一夜の契りは采女にとって虚しいだけのものになる。
これが既に女であるのなら・・・。
政勝は再び己をあざ笑った。
心に残るを恐れているだけでしかない。
生娘を女に仕立て上げる罪の重さにまどっているに過ぎない。
かのとのように後を共に暮らす相手でない。
無責任な男の欲情に塗れ、采女を女にしたてあげ・・・。
後は素知らぬ顔。子を産んだとしろ・・・素知らぬ顔。
だが・・・・。
政勝が今己を留め置いたとしてもいずれにしろ采女はこれを繰返すという事ではなかろうか?
迷い込んだ男に身体を開き子を望む。
遅かれ早かれ采女は時期を迎える。
戸惑う男が自分であるか他の迷い人であるかの違いだけではなかろうか?
それなら、せめても、采女の政勝様であらばという言葉を信じてやりたくなった。
男の欲を宥める勝手とはきずかぬまま政勝は采女を引き寄せ布団の中に包みこむと帯を解き始めた。
俯く采女の耳元に
「よいのだな・・・」
政勝はねんをおした。
政勝の帯を解く手馴れた所作がどこに由縁があるかも思いつく余裕があるわけがない。
采女はじっと政勝の手に解かれる帯を眺めやがて政勝の手が解き終えた帯を布団の縁に討ち捨てるようにたくされた。
たくされた帯がへなりとしなを作るかのように見えたとき采女の身体は襦袢を解かれ白い裸体を手燭の灯りの中にさらけだされていた。
政勝の顔が采女の胸にうずもれると
「あ・・・」
羞恥の声を堪える采女の陶酔があった。
声を漏らし始める采女の身体をなでさする政勝の手は采女の太ももにしのび始めた。
途端に、采女の手が政勝の手を弄りおさえつけた。
政勝の次の所作を感じ取る采女はおそれをいだいている。
『やはり・・・生娘か?』
政勝の戸惑いを感じたのか采女は緩やかに政勝の手を押さえた己の手の力を抜いていった。
采女の手が緩やかに成るのがわかると政勝の中に奇妙ないとしさが生じだした。
恐れを抱きながら政勝を受け入れようとする采女の心を本意と見直した。
『だいてやろう・・・』
今、政勝の欲望にはっきりと情がからんだ。
決めると采女の秘部に手をのばした。
生娘。男を知らぬと思っていた女のその場所は既に濡れそぼっていた。
「ならば・・・・」
政勝の躊躇いは綺麗にすっかりとうせはてた。
が、生娘でないとなると・・・。
采女は既に何度か迷い込んだ男と情を交わしたという事になる。
ちりりと胸に妬きつくような嫉妬を覚えると欲望と絡んだ情が今度こそはっきりと采女を我が物にしたいと政勝を促し始めた。
采女は甘美であった。
政勝の精が吐き出されるまで采女は見事に政勝に喘いだ。
叩き込まれた精を受け漏らすまいとするかのように采女は放出の後も政勝に縋り付いていたが、
やがて・・・。
「うれしゅうございます」
政勝の胸の中に埋もれたまま涙を見せ始めていた。
一夜限りの男にかほどに情を移せるものかと政勝は不思議な気持ちがあった。
あったが、政勝を振り返ってみれば己の中にも采女をいとしく思う気持ちがある。
情交が生み出した一時の感情なのか、情が生じた故で情交を重ねられたのか今となっては定かではない。
「采女・・・宿ればよいの・・・」
長年連れ添った夫婦のような言葉が口をついた。
采女へ返る言葉が采女の心をうがっていった。
「ずうううと・・・おそばにいられたら・・・」
政勝はついとうつむいた。
「判っております・・政勝さまには・・・」
奥様がいらせられる。つづく言葉を政勝はその口で塞いで采女を黙させた。
何もかも覚悟の上。
一夜限りの情。
明日になればこの地をでて、采女と言う女の子となぞもう思い出すことさえない。
それでいい。
それでこそ、采女も宿った子を心置きなく我が物だけの子として考えられる。
采女の一夜限りの情念が結実されたらそれだけでいい。
黙りこくる采女の心の内が手に取るように判る。
政勝も明かして見せた己の情念を悔やみはしない。
既に采女を抱きおおした己が今更なにを悔やむと言う?
「采女・・・良い子をうめ・・・」
明日の別れを思うと某も本意だとどの口でいえよう。
いえはしない。
ただ、子種をさずくる。それが政勝の誠であり、きっと宿らせて子を孕む、これが采女が明かせる誠の形でしかなかった。
二人のまぐわいが甲斐なきものにならぬよう。
祈ることだけが政勝の見せられる誠だった。
政勝は采女の柔らかい肌を感じ取るためにも抱き寄せた手に力をこめひきよせ采女の身体をさらに密着させた。
若い女の肌はまだほむらを上げるかのように熱く、政勝の身体を包みこむ。
ほてりかえる采女の身体は夜半の肌寒さをぬぐいさってゆく。
政勝には心地よい温もりになり政勝を再びまどろみの中にしずみこませていった。
宵闇の中の静かな寝息が途切れた。
政勝の腕をすり抜けた采女が脱ぎ散らされた着物を羽織るのが暗闇に細る手燭の灯りに影を作っていた。
『いくか・・・』
去るしかない。いくら仕えるもの共々が周知の事といえど男の部屋に朝までいるわけには行くまい。
これ以上引き止める事は却って仇になると政勝は眠ったふりのままの心中で采女を名残おしんでいた。
采女は静かに着物を羽織りなおし足音を忍ばせて廊下にあゆみでた。
開かれたふすまを閉じながら采女が額づく様子であった。
閉じきれない襖から采女が政勝をくいいるようにみつめ政勝の姿を瞳に焼付けるかの様であった。
「政勝様・・・」
いとしゅうございますと采女の心が政勝の胸の奥を開きさけぶようであった。
『すまぬ・・・』
政勝は側におってやることもかなわぬ女への己の薄情さが身にしみて痛まれ、采女の辞去にきずかぬふりでやり過ごす事をえらんだ。
采女の声を最後に閉められた襖の廊下むこうに衣擦れの音が遠く潜まると静寂がはびこり初め、再び政勝の脳髄を闇の沈黙の中におとしこんでいった。
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