憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・39   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:13:40 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

じりじりと後退りをしていたかのとを押さえつけ
今、まさに波陀羅はその首を締上げていたのである。
そのかのとの傍に降り立った黒龍は念を身体の中に振り湧きたたせると
懇親の力を込めて波陀羅を突飛ばした。
「何者?」
波陀羅の双神への懇願を、
成就を、
邪魔する男が政勝でないのを見て取った波陀羅は大声で叫んだ。
が、波陀羅の焦りが相手が何者かを見定める事を忘れさせてしまい、
黒龍に挑みかかる事を恐れなくさせていた。
突然現われた相手が只者でないと判った時には、
男が波陀羅を捩じ伏せ、
その力で波陀羅の首を捩じ切ろうかとという程の力を込め出していた。
『潰える・・・・何もかもが潰えてしまう・・・・・』
波陀羅の意識が遠のいてゆこうとするその時、その手の力が緩んだ。
「阿呆。お前が、そうしたらいかんというたに」
真白き着物を纏った老爺が、男の手首を抑え付けると
あれほどの力を込めていた男がうっと一声うめくと
波陀羅の首から手を離したのである。
波陀羅はひゅ―と咽喉風を切る音と共に大きな息をすうと
身をかがませて激しく咳込み出していた。
「かのとを見てやらぬか?」
息をする微かなかのとの胸の動きを八代神は見定めていたが、
余りの恐ろしさにかのとは気を失っていた。
黒龍とて判っている事であるが、
波陀羅への憤怒が納まりきれぬまま波陀羅を見詰ていた。
「黒龍!」
老爺の細い身体の何処からそんな声が出るのかと思うほどの野太い声が
男を一喝すると、男も慌ててかのとに駈け寄って
かのとを抱かえるようにして覗き込んだ。
「大丈夫です」
そんな会話を波陀羅は
ひどく咽込み吐き戻しそうになるのを堪えながら小耳に挟んでいた。
「こ・・・く・・・りゅ・・・う?」
咽喉わを潰されたのか、波陀羅の声もしゃがれていた。
しゃがれた声の波陀羅もこうなっては仕方がないと思ったのか、
命を取られる事は無いという事が見えたのか、
逃げようとせずにその場に蹲った。
「波陀羅。お前が手にかけようとしたものが誰かわかっておるのか?」
老爺が波陀羅の名を知っている事も不思議な事であった。
が、老爺のいう内容に波陀羅は首を傾げた。
「かのとはの、澄明が妹御じゃ」
あっという顔をした波陀羅である。
が、そのまま老爺に尋ねる眼差しで
かのとを抱かえている男を指さした。
「あの・・お・・と・・・こ?」
「龍神を知らぬか?色々縁は深い事になるがの。まあ、政勝の親神様じゃの」
波陀羅が勝てぬわけである。
それが政勝を守護していたのだなと波陀羅も
ようやく政勝を計りに懸け切れなかった訳を知る
「あ・・な・・・たは・・・?」
「ふうん。人は八代神ともいうが、
時に地獄におりて魂をさにわする事もあるかな。
これは内緒だぞ」
「え、んま・・・」
「しいい…そう言う呼ばれ方はわしは好かぬ」
「何故?八代神程の方が姿を下らせる?」
「三つ。理由があるの。
一つは天神が暴挙を諌めにきた。
一つはひのえが命を懸けてまで救うてやりたいと思うた、御前を
むざむざ死なせる訳にはいかぬ」
「ひ・・・のえ?」
「澄明の女子名じゃよ」
頭を垂れる波陀羅はまだ苦しい息を整えるのさえ辛げに息を吐いていたが
「三つめは?」
「波陀羅。わしが御前の身体に魂をいれ込んでやったそも、元親のようなものじゃ。
御前の心をわしはようにみておった」
「元親さま?」
「御前が心の誠を見せて貰いとうてな。わしとて、救いてやりたい。
なれど、誠の一つもなければ救うてやれぬ。
のう、波陀羅おまえ伽羅から「因縁通り越す」という事をきいたであろう?」
「澄明が言うていた・・・と」
「うむ。波陀羅。地獄に落ちるは己一人ですむやもしれぬ事よのう?
己がした事が己に返って来る。
そう意味では大罪などあるいは多寡がしれた事やもしれぬ」
「はい?」
「じゃがのう、因縁というものが一番・・・・恐ろしい」
「・・・・・」
「因縁にも良い因縁、悪い因縁がある。
因縁因縁というが、ようは人の生き様、人の思い方、
其れが因縁のそもそもなのじゃがの」
「我は・・・・」
「言わぬでよい。わしは御前にそれを明かすに。
御前は、其れを黙って通るしかない。
其れを通る事は、地獄に落ちるより苦しい事になる」
「・・・・・」
八代神は首を振った。
「可哀相な事じゃが、澄明をもってしても、その因縁通り越す事はできぬ。
因縁を繰り返さぬでおこうと決めたなら、
我が子の屍をだいて因縁どおりじゃと大喜びするしかない。
悲しみの淵にたてば、せっかくに因縁通ったを恨む事かと言う者がおる。
それでは通り越す事にならんのじゃ。
通り越せるまで因縁は繰返される」
「屍と言うたな?」
「おおさ。御前が比佐乃を守る因縁をつくった故に、
比佐乃は子を守る因縁継いでおる。
これは御前が作った良い因縁じゃ」
「・・・・・」
「波陀羅。落ちついてきけよ。
御前の作った因縁は繰返される。
御前が作った悪い因縁は良人とも思うものを殺す。
この因縁を比佐乃が継いでおる。
間違いなく一樹は比佐乃に殺さるる。
これをお前が恨んだら比佐乃の子がまたも同じ事繰返す。
人を呪わば、穴一つというは、この事ぞ。
御前の因縁通るのを恨めば己の因縁の穴が掘り下げられるだけじゃ」
「ひ・・・比佐乃が?一樹を?」
「比佐乃には一樹がとっくに鬼に身体を取られおったのじゃというてでも、
その事をようやったというてやるしかあるまいの」
「一樹は・・・・?」
「あれの死ぬる時に、そのはざまを逃さず腐った魂の中に
僅かでも残っている誠の欠片があらば、
それを掴んで天に放り投げてやろう。さすれば・・・転生じゃ」
「地獄に落ちぬと?」
「なれど、因縁は大きいぞ」
「え?」
「比佐乃はこの世に生きておらば、先の方法で因縁を変転できる。
なれど一樹はそうもいかぬ。因縁を抱かえたまま死ぬる。
そうじゃの。例えて言えば、来世は、蟷螂の雄。
喜んで雌にくらわれれば・・・・良いがの?」
「それが・・・・我が作った因縁か?この我が・・・・」
「波陀羅。双神より憎む者が己であると知る事ほど、
己が子を屍にする因縁を作った本人であると知る事ほどの・・・地獄はない。
波陀羅。今ここがおまえの地獄じゃ・・」
表情一つ崩さぬまま八代神は話し終わった。
確かに八代神は閻魔であると波陀羅は思った。
地獄に落ちるばかりが地獄でない事を知らし召され、
八代神の地獄の裁き、さにわを波陀羅は生きながらにして受けたのであった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿