おかあさんと赤ん坊を休ませてあげる個室なんていう上等なものはなく、
元居たテントに二人を運び入れた。
狭いテントの片隅を二人の居場所にしてあげようと
女たちは場所をつくっていた。
子供たちは赤ん坊をみたくてしかたがない。
そばにいかないのよ、静かにしなきゃだめよと母親に叱られて、
くるくるの瞳だけが赤ん坊に注がれている。
あたしも同じ。
おっぱいをのみながら、ねむってしまう赤ん坊のほっぺたを
おかあさんがやさしくつつくと、ちいさな口がちゅくちゅくとうごくけど
また、すぐねむってしまう。
きっと、おっぱいをのむのでさえ、
赤ん坊には重労働なんだろう。
なんて、かわいくて
なんて一生懸命にいきるんだろう。
そして、おかあさんは赤ん坊をだいたまま
横になろうともしない。
こうやって、大事に護って生きていくんだ。
あたしはカメラをむけることさえ忘れて
二人の姿を見つめ続けていた。
いつのまにか、身体をよこたえ
あたしは寝入っていた。
極度の緊張がほぐれたんだろうね。
夕方近くになって、看護師に起こされるまで
ねいっていたことにきがつくことはなかった。
「チサト、もう夕食だよ」
にこやかに、かつ、あきれた声だった。
「あれ?」
自分が寝てしまったことにきがつかされながら
そっと母子をみる。
おかあさんはあいかわらず、赤ちゃんをだいたまますわっていたけど
せもたれになるものをよせあつめてもらえていたおかげで
楽な姿勢で眠っているようにみえた。
「器用なもんだねえ」
おもわず、つぶやいてしまう。
あたしなら、赤ちゃんをだいたまま眠るなんて器用なことはできないだろう。
看護師はくすくす笑いながら
「母親だもん。でも、チサトも器用だったよ」と、いう。
「器用?」
「うん。彼女のおなかをおしてあげたり・・」
「へ?」
「足首あたりをさすってあげたり・・あれ、指圧?」
「え?はあ?」
ぜんぜん覚えがない・・けど、かすかな思いが残っている。
彼女の足首あたりが血のめぐりがわるかったのか、ひどく冷たくなっていたのがきになっていた。
「無我夢中でやってたんだろうね。だからかあ。なるほどね」
これが、慎吾相手だったら、あたしはとっくにきれてるね。
自分で言って、自分で納得してるだけなら、声にだしていうな~~って。
「あのね。チサト」
看護師が妙にやさしくなった気がしてたけど
その理由がわかった。
「あなた、すごい人よね」
はあ?夢遊病者のごときの行動をさすのか、よくわからないから黙って聞いていた。
「あなたが一生懸命になってくれてるのをみて、彼女はずいぶん心強くおもったみたいなの。
それで、子供にあなたと同じ名前をつけたいって。
優しくて、一生懸命な子供になるようにって」
へ?
あたしの頭の中はそりゃあ、良くないよって想ってる。
女の子らしくなくなっちゃうぞって
だのに、看護師はまだしゃべり続けていた。
「それに、あなたは素敵な恋人がいるし、それもやっぱり、貴方の人柄なのよねえ」
ちょ?ちょっと?ちょっと待って・・・
恋人って・・・なに?それ?
慎吾のことをそう思ったのはなんとなく察しがつくけど
素敵?
奴のどこをみて、素敵といえるんだ?
「あなたのピンチだとおもったんでしょうね。手術室までやってきて
チサトが・・って」
なぬ?
つまり、あたしの様子をみかねて、助けを求めにいってくれたということだ・・。
みっともない、たよりない、おろおろぶりをみせてしまったんだ。
なんだか、しょぼい自分だなあって、我ながらなさけなくなってくる。
「本当、一生懸命だったよ。チサトが困ってる。すぐきてほしいって
本来なら無視するとこだったんだけど
あんまり一生懸命だから・・ちょっとだけ、先生にきてもらって」
ああ・・・それで、・・・。
「慎吾は本当にチサトのことを大切におもってるわ」
見かねてというより、
本当はそういうことなのかもしれないとなぜだか素直にその言葉にうなづけたのは
一生懸命、おっぱいをすってる赤ん坊をみたせいかもしれない。
本当に必要なもののために一生懸命になる。
理屈じゃなくて、体感したっていうのに近い。
そのせいかもしれない。
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