憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

蛙-続編ー 1

2022-09-10 13:48:41 | 蛙-続編ー

Ryoukoがでていった。

僕はRyoukoがいつも座っていた空間を
ながめていた。

Ryoukoはもうここに、居なかった。

Ryoukoはもう、ここには戻ってこない。

Ryoukoは
「僕のRyouko」である事を止めた。

僕はRyoukoのすわっていたあたりの
畳に頬をおしつけてみた。

Ryoukoの悲しい、せめぎがそこに染み付いている気がした。

堕胎の後。
僕の手を拒むRyoukoがいた。
命を費えたRyoukoは僕を拒む事で、
何かを取り戻そうとしていたに、違いない。
僕は何も与えられない自分を見つめる。

Ryoukoは女であることより、
ありきたりの幸せをつかめない事に打ちひしがれていた。
僕はなすすべもなく
Ryoukoを待った。

Ryoukoがそのかいなを僕に伸ばしてくる事を。

どうにもならない寂しさがRyoukoをくるみ、
僕を求めるRyoukoが
Ryoukoを占領する。

そのときだけがRyoukoをうめてやれるのだと、
僕は信じていた。

だけど、Ryoukoは出て行った。

あの日が最後だった。

Ryoukoは僕の予想の通り、その腕を伸ばしてきた。
絡み付けてくる腕を僕はたぐりよせ、
Ryoukoの身体と心をむさぼった。
「あのね・・ここ」
Ryoukoの潤いが、僕をこんなに欲していると教えてくれた。
傷を受けた場所がもう一度、息をふきかえしてゆく。
僕の頭の中にあの男が浮かぶ。
その傷跡。
僕の胸の中の水たまりに赤子が泳ぐ。
その傷跡。
その傷を癒して行くために僕はRyoukoを開いて行く。
意地悪く、小さな突起を執拗になぶりつづけ、
Ryoukoの餓えをRyoukoに教える。
Ryoukoを慰めうるものが、なんであるか。
Ryoukoを貫いて行くものをあたえるまで、
僕はRyoukoを狂わせる。
こらえきれない声がただ、快感をうったえるだけになり、
Ryoukoは僕の一部になる事を望む。

そして、僕はまた、「僕ら」に戻ったと思い込んでいた。

朝の空気は冷たい。
僕はたちあがると、仕事に行く事を促し始める。
Ryoukoがいなくなって、
僕は僕のためだけに仕事に行く。
Ryoukoがいなくなっても
まだ、生きている僕のために
僕は仕事に行く。
いっそ。
このまま、飢え死にしてしまえばいいんだ。
僕はRyoukoの痛みにひきずられながら、
玄関をでる。
板戸一枚の粗末な玄関。
「それでも、この中は私たちの場所」
Ryoukoは夢への扉をあけて、
僕を招き入れた。
僕はいつも、Ryoukoに夢中だったし、
Ryoukoもそうだった。
僕への忠誠のためRyoukoは僕に自分を与えつくしてくれた。
僕はRyoukoのくれる甘美をむさぼり、
僕のもので、Ryoukoをつないだ。
Ryoukoの心は僕に溶け込む。
「せつないよ」
永遠にはひとつに解け合えない接合は
やがて、僕の頂点に終焉を迎える。
「はなさないでよ」
それでも、Ryoukoは僕の腕の中に居たがった。

こんなにもRyoukoが融合したがった僕をいきながらえさせるため、
僕は悲しみにふたをして、外に出た。

冷たい空気が僕のように、僕の肌を刺す。
もう、夏が終わっていた。
Ryouko。
もう、お前の夏もおわってしまったのだろうか・・・。
僕はその答えをさがすことをやめ、
工場にむかって、あるきはじめた。

夕刻までの蒸し暑さは戻り夏。
日の暮れがきしんだ扉から、影を忍ばせてくる。
かえる時間になって、僕は工場長に呼ばれた。
『受注が増えてきたんだ。明日から毎日来てくれ。本雇いということだよ』
僕の顔は引きつっていたにちがいない。
「どうしたね?うれしくないのか?りょうこちゃん・・・」
工場長のあとのことばが、どうつづいたか、僕は覚えていない。
Ryouko・・・。
その言葉に僕の中がうつろになった。
差しさわりのない言葉をかえして、僕は工場をあとにした。
あるいてゆく歩幅がひどく、にごりだし、
僕の頭の中の混沌が僕を支配する。
「いまさら・・・・」
そう、いまさら。
―いまさら、どうなるというんだー
おぼつかない足は勝手気ままな道をたどる。
僕は歩き出した道をなぞる。
たった一つの共通項。
僕はあの日のRyoukoを追っていた。
駅前に立ち、あの男に抱かれるために・・。
あの男に、抱かせるために・・・。
命の塊を踏みつぶすために。
僕はぎりぎりの苦しさにたった。
Ryoukoの痛みが僕をしめつけ
僕は逃げ場所もなく、Ryoukoを待った。
できるなら、脳髄を砕き、僕はあの蛙のように、
こなごなになりたかった。
Ryoukoをつぶし、
僕をつぶし、
二人の肉は見事に混じりあい、僕らはひとつの塊になる。
僕は
―あの時、一体、何をたたきつぶしたんだろうー
つぶらな蛙の瞳は鮮やかなぬめりの黒曜石。
輝く生を鼓吹するつややかな若緑。
幸せに生きたいだろう・・・Ryoukoを
その手に抱きたかろう・・・赤子を
僕は平気で握りつぶし、
いともたやすく、僕の手の中で転がせるはず。
あの・・蛙のように・・・。
僕は平気で僕をも踏みにじれる。
―だけど・・・・いまさら・・・―
僕の中で反目してくる思い。
頭をもたげる本心。
僕はRyoukoを取り戻したい。
―だけど・・・いまさら・・・―
いっそ、本雇いなぞに、ならなかったら、
僕はRyoukoをあきらめる事に執心できた。
かすかな、希望に僕の底が再びRyoukoを求めだしている。
Ryoukoは・・・もう・・・いない。
僕の狂おしさはたぎる。
僕の下半身は
Ryoukoのそこでしか、満たされない。
渇望が僕を突き動かして行くとき、
僕はRyoukoの足跡をなぞらえて行く。

Ryoukoにいくあてなど、ありはしない。
Ryoukoを「僕のRyouko」で、なくさせた「あの男」のところいがい。
Ryoukoは肌を許した男に、許さざるを得なかった男にすがるしかない。
Ryoukoはそんな女だ。
女の、その場所で
男に飼われる。
極上の甘美を捕食し、
極上の肉に酔わせる。
Ryoukoは・・・・・娼婦だ。
娼婦は稼ぎのいい場所に自分を移し変えた。
僕はRyoukoに捨てられた客になっただけ。
だけど、
僕のこの場所がRyoukoをほしがる。
これは、薄汚い慾?
僕の身体はRyoukoを覚え、
Ryoukoを恋しいと讒訴する。
僕は先を歩む身体に僕の希求をおしえこまれ、
僕はRyouko。
Ryoukoは僕。
僕らは僕らでしかないと、僕の身体が明かす。

その日。僕は駅で、あの男が降りてこないか。じっと待った。
そう。僕は、あの男のあとをつけて、
Ryoukoを取り戻そうとしている自分を知らされた。
男は最終便にも、乗っていなかった。
工場をでて、うろついている間に到着した汽車に乗っていたに違いない。
僕はRyoukoをいだく男の幻影に苦しみながら、
Ryoukoへの思いを抱く。

Ryoukoを取り戻したい。
Ryoukoは僕のものだ。
なによりも、それを知っているのは
あのRyoukoのあの部分。
今頃、
今頃、
あの男に抱かれながら、
僕を思っている。
僕がほしいと、
僕じゃなきゃ、駄目だとRyoukoのその部分がRyoukoにささやいてる。
僕とおなじように・・・
Ryoukoも「僕ら」を思い知らされている。

僕は夕刻の駅にたたずむ。
男が駅舎をくぐりぬけると、後をつける。
どこか、姑息で
いやおうもない、未練。
僕はどうする?
Ryoukoの別れを刻み付けるだけになるかもしれない。
それでも、僕は男のあとを追い、
男の家を突き止めた。
たぶん、Ryoukoはここに居る?
ううん?
居ない?
男は・・・・・。
金持ちだ。
Ryoukoに快適な住まいを与え
Ryoukoに会いに行く。
妾宅。
愛人。
Ryoukoはそういう立場だろう。
Ryoukoは薄汚い欲を一身にうけとめる代償に、
不安な未来を捨て去る。
悲しい現実にとらわれず、
男の濁りを受止め、柔らかな生命をいだくこともできる。
Ryoukoが僕をすてさってまで、
掴み取った安息が
いかに小汚くとも、
Ryoukoが柔らかな命をつんだ不幸など、
比べ物にならない。
安息がもたらす、充足はRyoukoの芯に届き、
男を迎え入れるRyoukoは、幸い色の粘りで男をくるむ。
Ryoukoのあえぎは
きっと、至福そのものだろう。

僕は・・・・・。
炎天下に追い詰められた蜥蜴のしっぽ。
逃げ惑う事しかできなかった蜥蜴のしっぽ。
地面をのた打ち回るだけの蜥蜴のしっぽ。
Ryoukoをつかみ取れない僕は
Ryoukoへの思いにのた打ち回ってみせる。
僕が出来る事はそれだけ。
僕は
Ryoukoを取り戻す事など出来ない。
Ryoukoが捨てた僕は
Ryoukoを包み込む事さえ出来ない木寓の棒。
僕こそがRyoukoにつながれていた、蜥蜴のしっぽ。
Ryoukoは僕に告げる事をおそれ、姿を消した。
だけど、いわれなくても、
きかされなくても、
僕は・・・・。
やがて、ひからびる、切り落とされた蜥蜴のしっぽ。

僕はそれから何度も男のあとをつけた。
男は決まりきった時間に駅におりたち、
いつもの歩幅で家に向かい、玄関にたった。
男よりいくつか若そうな婦人が
男を迎え入れ、男のかばんをうけとっていた。
アレが家内なるものなのか?
あるいは、家政婦というものか?
金持ちの家に妻なるものがいなくても、
代わりのものをおく事も可能であるなら・・。
あるいはRyoukoもここに居るのかもしれない。
男はまっすぐ家に帰ると夜中に外に出ることもなかった。
僕はRyoukoがやはりこの家の中に居るきがして、
Ryoukoの匂いと気配と声を嗅ぎ取る事に専念していた。
深夜・・・。
Ryoukoの声が洩れるかもしれない。
一番聞きたくない声こそが
Ryoukoのここでの存在理由。
そして、
紛れも無くRyoukoの存在確認が僕に伝えられる。
僕は身をちじこませ、耳をふさぐ。
聞きたくはない。
聞きはしない。
僕の耳がRyoukoを認識しなかった幸にこうべをたれるしかない。
僕は朝もやのなか
男の家の前から立ち去る。
こんな惨めな朝を
もう・・・・。
何度くりかえした事だろう。
決着。
僕の手はそれを受止める覚悟に
伸び始めている。
僕は終焉という結末にあゆむためにRyoukoを取り戻そうとあがくしかない。
もう・・・・。夏は終わり始めている
終わらない夏にひたすら手を伸ばす憧憬。
無駄。
むだとしりつつ、僕はRyoukoを追う。
それだけが僕がRyoukoに渡せる最後の真実だとおもうから・・・・。

硝子をきる。
ダイアモンドの硝子切りで幾度も同じ場所をたどる。
こうしておけば、
何かのきっかけで、硝子は二つに切断される。
丁度僕の今の作業はこれだろう。
Ryoukoはもう、僕のものじゃない。
Ryoukoはもう僕のものじゃない。
何度も何度も僕は別離という線を刻み付ける。
あとは、ほんの些細な衝撃で
見事に心を分断される。
僕はきっかけと言う衝撃を待ちながら、Ryoukoを追っていた。

男の家の障子の中がうすぐらく感じる光の中にたたずむと、
僕はRyoukoの存在を確認しようとする。
ここにRyoukoが居る。
居るはずだから・・・。
きっかけが足音を立てずに忍び寄ってくる。
僕の硝子きりはもっとも深い溝を刻み付ける。
そう・・・。
わずかに開いた障子の隙間から
そっと、Ryoukoが外をうかがっていた。
Ryoukoの顔はさみしそうにもみえたけど、
わずかながら、艶とはりがのってる。
満たされた思いと
満ち足りた食事。
不安のない生活は女の顔になまめかしい艶をうかべさせ、
心を預けられない性の玩具だと、
寂しさが女を飾る。
だけど、それも、あの男のもので平らにならされてゆく。
男のもので、ネジを巻かれた女は
淫猥にささやき、
男をおぼれさす事に執心しながら、
結局女のその場所で自分を飼いならすんだ。
惨め。哀れ。
だけど・・・。
Ryoukoは僕よりも男をえらんだ。
其れでさえRyoukoをつなげない僕こそもっと無残。

僕の手は道端の石をつかむとRyoukoの居る窓辺に其れをめがけていた。
ガチャン
と、音がするとRyoukoの顔が驚きの表情をみせ、
窓の外に居る僕を見つけた。
悲しい顔の真ん中の二つの穴がうるんでいく。
僕は・・・・・。
Ryoukoの涙にもう、硝子きりの作業がいらなくなった事を知った。
もう、どうにもしてあげれない。
Ryoukoの涙が僕にくれたものは諦めと謝罪と・・・軽蔑。
僕は
胸にRyoukoのなき顔をだくと、僕はRyoukoに背をむけ、
走り出した。
そして・・・・。
あの・・・。
あの、いつかの庭石のある空き地に。
僕の心はざわめきたつ。
僕は走る事でRyoukoへの慟哭を動悸にかえ、
庭石にたどりつくと、
オア向けにはりつけのようにねころがってみた。
あとから、あとから、
僕のふたつのまなこからまなじりへ、悲しい水がうかびあがってゆく。
庭石を涙の塩できよめ、
僕も・・・・。
僕も・・・・・・。
浄化されてゆくだろうか?
昇華されてゆくだろうか?
だけど・・・・・・。

僕はRyoukoが恋しい・・・・。

 



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