憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

ー悪童丸ー  16  白蛇抄第2話

2022-12-04 13:44:17 | ー悪童丸ー   白蛇抄第2話

翌朝になると、かのとは早くから起きてやはり立ち働いていた。
「もう、良いのか?」
「はい。ご心配をおかけ致しました」
「いや。すまぬ。わしのせいなのだ」
「はい?」
東鉄の言葉を聞いていなかった様であった。
「あの?なにか?」
「いや、色々と心配をかけたのが障ったのであろう。すまなかったの」
「いえ。だんな様。とんでもない」
「かのと、無理をするな。草臥れておったら、ゆっくり、身体を休めておればよいのだぞ。此度のこともあるし端女をつこうたらどうだ」
「厭です」
妙にはっきりと断りを口に出す。
「だんな様の事は、かのとがします」
きつい口調である。かのとにとっては人には譲れぬ事なのである。
思わせぶりな言葉に政勝の頬がつい緩むのであるが、問題はそんな事ではない。
「かのとが一人で居て倒れこんだらと思うと、心配でならぬのだ。かのとの話し相手のつもりで良いでないか?それに、ややも産まれれば、気も急いて、どちらにも出来ぬ様になるぞ」
「は・・い」
やはり、かのとの返事が渋いのであるが
「まあ良い。誰か、かのとの気にいるような者がおらぬかきいてみる。それより、かのと、腹が減っておる」
「あ、はい」
昨日のかのとの事で政勝は夕餉らしいものを食べ損ねている。
膳も用意されていたのだが、かのとが側におらぬと味気なく、ほとんど口をつけなかった。子供のようなものである。
ゆっくり寝やるかのとの横で政勝はごろりと横になって静かな寝息を確かめてほっとしている内に気がつくと朝だった。
いつの間にやら、政勝に夜具がかけられていた。
さすがに政勝の体を起こしてまでの着替えは難しいのと、政勝の眠りを妨げたくなかったのであろう、昨夜のままであった。
それでも、足袋だけはきちんと脱がせてあった。
「だんな様。着替えをなさってくださいませ。その間に朝餉を用意いたします。あの、すみませぬ」
着替えの手伝いをするのもかのとの仕事なのであるが、いつもより政勝が早く起きてきたのであり腹が減っているといわれるとかのともそう言わざるをえない。
「おお」
きれいに畳まれた着替えを出してきたかのとの顔色を政勝はもう一度窺った。
ほっとするほど頬の色も良い。
これなら大丈夫だと思うと政勝は、かのとを急かした。
「かのと。背と腹がくつくわ」
苦笑を漏らしながら、かのとは台所にたった。
『可愛いだんな様』
なのである。

登城する政勝の背を叩く者が居る。振り向けば、澄明であった。
「おお」
「おはようございますな」
「うむ。取りあえずは、事が納まったゆえな」
「そうです、ね」
「どうした?歯に挟んだような返事だの?まだ、何かあるのか?それで、呼ばれて来たのか?」
「あ、私ですか!?私は今日は」
「きょうは、どうした?」
「お忘れですか?」
「?」
「かのとさまは、御元気であらせられますか?」
また、これか。と思いながらふと気がついた。
「ああ、なんぞあるというておったな?うん。昨日、かのとが、少し、臥せっておったが、別になんでもなかったし、原因も判っておるし」
あらぬことまで喋りそうになって政勝は口を噤んだ。
「まだでしょう?今宵あたりが、そうかと、思っておりますが?」
「???何をいいおる?」
「夕刻には、私が参りますゆえ、その時に話しましょう。安心なされ。もう、式神は飛ばしませぬゆえ」
来るなといっても無駄であろう。
その上、蟷螂の一件で命拾いをしたのもこの澄明の差配があったと判ってしまうと借りができている。
尚更無碍な断りができない弱みになってしまった。
が、今更済んだ事を穿り返して、己のやっかみでまた夫婦の事に口を挟むのなら、この際はっきりとかのとの口から澄明がこと、乳のと兄弟としか思うておらぬと言い聞かせてやった方が良いのかも知れぬ。と、考えながら政勝はそれとなく話を変えた。
「で、今日の登城は?」
「姫の婚儀をどうするか、産土様をどちらの産土様にするか?こちらの産土様は姫の生まれた時からの差配もございますが、三条殿の土地にもやはり三条殿の産土様がいらせられる。氏子総代が寿ぎの祝いをしたいのはどちらも同じで、」
「格式は向こうが上だが,身分は今の世ではこちらの方が重い。か」
「ええ」
「そんな事より、澄明殿は何故、妻帯できぬ?もう、嫁を娶っても、おかしくない歳であろう?」
いつまでも、かのとを思うておってもいかぬだろう?と、政勝はやんわりと匂わせている。
「・・あっ・・・」
澄明の顔が暗く沈んだ。
「聞いてはならぬかったようだの?」
「そのようです」
妙な返事をすると、政勝がずばりといい加減かのとを諦めてはいかがかな?ときりつけてやろうとするより先に
「政勝殿、塩と米はございますな?」
と、聞いてきた。
変った事を聞く澄明であるが、それをきかれた政勝の答えもすこぶる、明答であった。
「判らぬ。かのとの聞かねば某は、それが何処にあるかさえも、判らぬ」
「左様でございましたな」
この男の事である。台所になぞ入るわけもない。万が一台所に入るとしたら、かのとに食事の催促には入るか、摘まみ食いには入るが関の山である。それより先にかのとの事である。
「殿方が台所に入ってはなりませぬ」
そういって政勝を追い出してしまうだろう。
そんな想像に澄明はふっと笑みが浮かぶ。かのとの事だ。
米と塩を切らすような抜かりもあろう筈もない。
抜けた事を聞いたものだと思いながら澄明は主膳のもとへ向かった。
虚を取られ悪態を言いそびれた政勝も態々澄明を呼び戻してまで言い募るきもない。政勝はやはり、かのとからじかに言わせろという事らしいなと苦笑しながら詰め所入って行った。
久方、櫻井と口を利いていもない。
ここ、しばらくは昼を鬱々と居眠っては過ごしていたし、櫻井も姫の婚儀が整うとなってからはあちこち嫁入りの支度やら調度を誂えに行ったりしていた。
その櫻井の事がやっと気になりだした。
「おう。早いではないか?いつもこうなのか?」
櫻井が帳面を引寄せ何か印を書き込んでいたが政勝の声に筆を止めた。
「おはようございます」
「うむ。何を早くから帳面と睨みおうておる?」
「あ、これですか!?これは、姫の輿入れの時の持参品を作らせておるものやら、いろいろ、ありまして、それを書き記しておるのです」
「ほう?」
「急ぎ作らせておる、絹の羽二重なぞも様子を見に行かねばなりませぬし、親ですな、手紙を書く様にと言いたいのでしょう、すずり箱まで誂えてやれと・・あれやこれやで、大変な荷物になります」
「ほう」
「ご苦労様でしたな」
鬼退治の事である。
「お、いや、さほどのことではなかった」
「そうですか」
「のう、」
「はい」
「櫻井は因縁を通り越すと言う事を聞いた事があるか?」
「因縁を通り越す?」
「うむ」
「それが、なにか?」
「いや。よう、意味が判らんのでな」
「はあ?」
しばらく考えていた櫻井であった。
「そうですな。例えば政勝殿。貴殿の家は代代、男が一人しか授かりませぬわな。
例えば、それが、一人も出来ぬとなれば、これは因縁通りではない。が、なおかつ男を設ければ因縁通り。
さらに、もう一人男が産まれればこれで因縁を通り越した。と、なるのでは?」
「ふむ」
判ったような気がするが、それをどう、勢姫のことに当てはめて考えればよいのか、政勝には以前と府に落ちない。
「まあよいわ」
「はあ?」
櫻井もくどい男ではない。政勝が黙り込むと、又先ほどの帳面を睨みつけだした。
物の目端がよく聞く男である。何時だったかも茶の湯の道具立てに駆り出され、あれやこれやの品定めに一役かっていた。下手に品の悪い物をつゆ知らず大事にしている御仁にやんわりと事実を告げるのも、この男の性にかかると言葉の棘がないせいもある。相手に嫌な思いもさせないですんでいる。それが一番役に立つのであろう。
主膳も櫻井を呼んではせいぜい品定めの不味さを教えられているようであった。
「しかし、久世観音には、まいりました」
社を百日で仕上げろはまだしも、観音像を掘り込ませるのに流石に百日は、と引かれたと言う。なだめ透かし頭を下げ頭領をうんと言わせる方に骨をおったという。
「脅してやればよかったものを」
「私がですか?私じゃ駄目ですよ」
「かもしれぬ、の」
が、実際の所、櫻井のした事はやはり脅しであった。
それが出来ねば腹を切ってお詫びせねばならない。まだ、妻も子もないこの身あらば嘆くのが父母だけである事が救いである。嗚呼。しかし、心残りはこの世の妻に逢いもせず死ぬることよのう。と、泣き脅しであった。
そうする内に次々と嫁入りの支度が増えて来る。主膳が雛の飾りもという。それは、もうございましょうと言えば産まれてくる子の為にと言う。殿、それは節季の御祝いに送れば宜しゅう御座いますと言うと、ポンと手を打って、おう、その方が良いと言う。
そのような調子なので主膳の相手をしているのか調度を誂えているのか櫻井の中も目まぐるしい有り様であった。
『やっと、姫を手放す気になったのも、鬼のお陰かも知れぬ』
政勝はそんな事を、思いながら一抹の不安を拭いされない。
留め置かれた情念を振り絞った悪童丸も諦めたのか、気がはれたのか姿を見せない。
澄明の言う通り、確かに悪童丸も三条殿との婚儀を望んでいたのが、本意なのかもしれない。それなら、それで目出度し目出度しなのであるが、あの百日目の有り様を考えると姫が悪童丸の胤を孕んでいるのではないかと、思えてならない。
そして、あの澄明の言葉。因縁を避けられないと言う言葉である。
かなえの父が鬼の子を孕んだかなえを主膳の妻に与えた。それが繰返され、又、主膳も鬼の子を孕んだ勢姫を三条に与える。これは因縁と言わずばなるまい。
すると、どう、考えても因縁通り子を孕んでいる事にもなる。
が、澄明は尚且つ、因縁を通り越すと言う。
どうすることが因縁を通り越す事なのか。櫻井の言うを例えれば、鬼の子を産みて後々に三条との間に人の子をもうけるという事であろうか?
かなえ様はそれが叶わぬまま、この世の人で無くなってしまった。
「どうなさいました?」
櫻井がふと政勝を見れば一人でぶつぶつと呟いている。
「いや、なんでもない」
「はあ?」
その日一日は只ぶらりぶらりとするだけで、これといったことも無かった。
政勝のような男はこういうときには、あまり、役に立たないようであった。



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