軽い溜息をつくと澄明は足駄をはんだ。外はまだ、暗い。
「いくか?」
父である正眼が声をかけた。
「父上」
「苦労であったの。主膳殿にもあかせず。しかし、因縁を通り越そうとは、また、思い切った事を」
「いえ、どうなるかは」
「悪童丸の子を孕み易い日を選んで教えたのも、因を解いておいたのもお前の采配であろうが?」
「はい。姫が鬼であらば姫と三条の子もやはり、鬼。さすれば、かなえ様の父の様に、また、主膳殿のように三条も鬼の子を何処かに嫁がせてしまいましょう。その苦しみを業を受けるのはもう、終わりにせねばなりますまい?
姫が御心が真であらば必ずや悪童丸を・・・」
「うむ。それがよい。早う行け。人に見られてはなるまい」
「はい」
この日が来るのを予期していた。
いや、この日にさせた澄明は先んじて自然薯を掘り起しにゆくとそれを今日まで風通しのいい場所に陰干しにしてからからに乾かしておいた。
「うむ、よう、似ておるわ」
正眼が笑って言ったが、親子で男根の話などすることに流石に照れたせいである。
なくなった悪童丸の陽根の替わりにしょうというのである。
今日は、出来上がった社にその陽根を移す儀式を執り行う。
当然、主膳も来る。無いではすまされない。主膳さえそれが本物であると信じ込めば良いのである。とにもかくにも、親の気を晴らしてやらねばならない。
鬼の来る事もなくなり、三条の妻となって幸せに暮らすだろうと主膳を思わせればそれでよい。
勢姫にも言った言葉である。
「行って参ります」
「うむ」
かくして朝の内に包み込んだ自然薯を前に澄明が祈りをあげ久世観音の台座の下に(悪童丸の陽根)を埋め込むと、観音像を安置した。
主膳は安堵の顔を見せると政勝と澄明に深深と頭をさげた。
軽く礼をしながら祝詞を上げ続けている澄明を政勝はじっと睨んでいる。
「おのれ、おのれ、殿を謀りおってから」
式が終ると政勝の気が治まらないのであろう。
いっても甲斐無い事であるに関わらず、澄明を捉まえると言い出して来た。
「どうなることやら、斬首もやむをえずと腹を括って来て見れば、あれは、なんだ。山芋でないか?あんな物で、暴かれる事もなくすませられると、よう、思うたものよ」
怒り心頭に発している政勝をみやりながら澄明はさらりと言ってのけた。
「はい。でも、殿には、ばれませなんだ」
その、ふてぶてしい答えにあっけに取られていた政勝だったが、ふっと、吹き出した。
「確かに、殿には、ばれておらぬ」
山芋を見るのも怖気が震えて成らなかった主膳がまともに見るわけもない。
よもや、山芋に謀れるなぞ、主膳も思ってもみぬことであろう。
「ははははは」
大きな声で笑うと政勝は
「わしも山芋にこの命救われるとは思うてもみなんだ。もう、それを食う事は相成らぬ事になった。」
「はい?」
「命の恩人をくうては、神罰がくだるやもしれぬ」
「はい」
澄明もとうとう、くすくすと笑い出した。
「しかし、肝が冷えたわ」
「はい。澄明も同じでございました」
「そう?なのか?」
「はい」
「見えぬかったがの」
「震えておりました」
「ほおおう、御主でものう」
澄明のなよけた外見に似合わず、豪胆な所があるのを知った政勝である。
小太刀の腕もさながら、あの悪童丸の舌を斜にさく様子など畏れ一つも見せず迷いも無かった。馬の扱いも良い。
気転もきけば、しゃあしゃあと芋を替え玉にして、顔色一つかえもしない度胸もある。
『どうも陰陽師風情と言う言葉は取り下げねばなるまいの』
そう、思う政勝であった。
夕刻になるのを待って下城すると、政勝は、かのとを呼んだ。
今日の事を奉納と呼んでいいのかどうか定かでないが社が一つ完成したのである。小さな押し菓子が、法楽に配られたのである。
「かのと、かのと。良い物がある。茶を入れて、食べるがよい」
「はい」
いつも、政勝の帰る頃を楽しみに待っているのか潜り戸を開ける頃にはその音を聞き付けて玄関から飛び出るように政勝を迎えるかのとである。政勝に呼ばれるまで出てこぬ事はないかのとであったが、今日に限って中々でてこぬかった。
「どうした?」
怪訝そうにかのとを見やる政勝であった。
「はい・・・」
よくよく、見れば、顔色が冷めた様に青い。
「な?どうした?」
「はい。夕刻より、下腹が痛みまして・・・だんなさま、申しわけございません」
迎えに出なかったのを、謝るかのとである
「よいわ、何をいうておる。それよりも、ひどく痛むのか?」
「いえ、時折、きりりと。今は、もう、大丈夫です。だんなさま、夕餉の仕度・・・」
そこまで言うと、かのとは、腹を抑えてしゃがみ込んだ。
「いかん」
身重の身体である。それが腹が痛むと言う。政勝の顔が自分でも蒼白になるのが判る。
産婆を呼べば良いのか、医者を呼べばよいのか、政勝にも判らない。
が、家に近いのは医者の東鉄である。
「かのと。辛抱しやれ。医者を呼んでくる」
言うが早いが政勝は家を飛び出した。東鉄がくる間かのと一人になるのが気にかかるが、成す術がない。
引っ張るように東鉄を連れ戻ると東鉄は黙って、かのとをみた。
薬草を煎じた物を白湯で含ませると
「政勝殿。無茶が過ぎる」
と、言う。
「?」
其れだけでは政勝に解せないのである。
「うむ」
東鉄は軽く咳払いをすると、
「政勝殿。仲のよろしいのは良いが、乳をせめてはならぬ」
と、いう。
「た、たわけ」
夫婦の睦み合いの様を言い当てられて、政勝が狼狽した。
当たっているだけに政勝が、どぎまぎしながらもむっとした顔をしている。
まして夫婦の事をとやかく口に出されて、己の痴態の様をあからさまにされればどのような顔をすればよいのか。
が、東鉄の顔は真顔であった。
「何も、御主の秘め事を言い当てて楽しんでいるのではない。子を孕んでいるのであろう?乳を責めるとな、女子の中が締まってゆく。それが、過ぎると、子に良い訳がなかろう?」
言われてみればさもありなんであった。
「ゆっくり、休ませてやれば良い。しばらくは控えおれよ。それとな、二つ身になれば、今度は逆にいくらでも御主の思う様に乳を責めてやればよいわ」
又、政勝がむっとした顔になる。
「また、怒りよるか?あのな、二つ身になりて後ならば産後の肥立ちがようなるのとな、次の子が直には、できにくうなる。立て続けに子を孕ませてやっては、かのとも辛かろう?」
そうなのかと得心顔になる政勝に今度こそ東鉄がからかった。
「それに、すぐ孕むと、御主の辛抱が持たぬまい。次を作るは、しばし、待って抜かず放たずでよう、睦めばよいわ」
「と、東鉄」
さすがの、政勝もひどく赤面すると二の句が継げなかった。
『男ぶりが良いのに浮いた噂も流れなんだが、かほど精の強い男であったか。それとも余程かのとが、かわゆいか?』
ようやく、薬がきいてきたかすやすやと寝息を立てているかのとの寝顔をちらりと東鉄はみた。
政勝は二十五。男の盛りでもある。
どちらともであるな。そう、頷くと東鉄は辞去を告げた。
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