憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

宿業・・・5   白蛇抄第7話

2022-08-27 21:01:21 | 宿業   白蛇抄第7話

水を飲み干し、
佐奈は身体にまとわりついた血を洗い流した。

「く・・・うう、あわう」
奇妙な声がひどく苦しげに聞こえてきていた。
佐奈は声の主を探し始めた。
よどみの淵に突き出た川の曲がりはなの岩の上に
そいつがいた。
「河童(かわっぱ)か」
佐奈は目を凝らして河童をみた。
苦しげにうめく声は確かに河童の喉から漏れ出していた。
よくよく見れば河童の足に杭が貫いており、
河童は杭を引き抜こうとしながら
引き抜ききれぬ痛みにもがいていた。
「じっとしておれ、逃げぬでよい。俺が手当てしてやる」
佐奈は叫ぶと河童のいる岩肌に泳ぎだしていた。
河童はめったと人の前には姿を現さないものである。
だが、足を貫いた杭の痛みが河童を岩肌に留まらせていた。
「助けてやる。おそれんでもいい」
声をかけながら佐奈はにじり寄っていった。
人の言葉を解するのか、あるいは佐奈の心を見定めたのか。
河童はじっとうずくまったまま
救いを求める目を佐奈に向けた。
「よし。まっておれ」
岩肌の上に伸びかかった手ごろの太さの木の枝を
佐奈は小さな束でなぎ払った。
「生木じゃで、にがいかもしれんがの」
佐奈が微かに笑った言葉の意味を理解した河童は
差し出された木の枝を受取った。
「しっかり、はんでおけよ」
佐奈に言われ、河童は木の枝を横にすると
口にくわえんで、杭が貫かれた己の足を
佐奈の前にゆるりと伸ばしてきた。
「云うておる事がわかるのか?」
河童は木の枝をくわえたまま、コクリと頷いて見せた。
「よし・・いいか?しっかりかみしめておけよ」
佐奈の言葉どおり河童がぐっと枝を
かみ締めたのがわかると佐奈は河童の足をもった。
「よいな?」
佐奈の背中になった河童を振り向くと
河童は手を合わせ拝む手つきをした。
抜け切れない杭を抜いてやろうと言う佐奈に
「頼む」と河童は手を合わせていた。
「ゆくぞ」
河童の足を押さえつけ佐奈は気合をこめ、
一気に杭を抜き放った。
「うぐっ」
こもる声が聞こえ佐奈の手の中に杭が抜け降りた。
岩肌を伝い落ちてゆく血がおびただしく、
佐奈は着物の袖をしゃき上げると、
止血のために河童の足首を縛り上げ、
「よう・・辛抱したの」
河童を振り向いた。
が、河童は一瞬の痛みに耐え切れず意識を遠のかせていた。
「まっておれ」
佐奈は河童に言うと薬草を探しに再び川の中に入り、
岸を目指した。
佐奈がいくつかの薬草を手にして戻ってくると、
河童はやはりまだ岩肌の上にうずくまっていた。
佐奈が手に持った薬草を掲げ上げると、
河童は小さな会釈をして見せた。
三度、川をわたり佐奈は岩肌の上に
身体を持ち上げると河童に薬草を見せた。
「よいか?これ。この葉をおぼえておけ。
これが痛みを麻痺させる薬木だ。だが、この薬木はきつい」
佐奈は葉を毟り取ると、岩肌の上で無造作にもみこんだ。
くたくたになった葉を手の中に握り締めると、
佐奈は河童の傷の跡に葉汁を絞り落とした。
「うあっ」
鈍い呻き声が漏れた。
「しばらくしたら、痛みが遠のく。
よほど痛くて辛抱きらぬときにだけ使うがよい」
足首の紐を既に解き去っていた河童は
紐を手に持ったままだったが
その手で足首を押さえ込んでいた。
佐奈の言葉に河童は何を思ったのか、
岩肌に置かれた残りの木の葉をちぎりとると口にしかけた。
「やめろ。馬も酔う、馬酔木じゃ。
うっかり口にしたら毒よりもたちが悪い」
佐奈は河童を制した。
佐奈は続けてよもぎの葉を手の中でもみこみだした。
「よもぎは肉を寄せ集める力がある。
傷がはよう元に戻るのを助けてくれるし、化膿を防ぐ。
時折、かえてやるがよい」
佐奈は河童の傷の上によもぎをのせると、
残った片袖もしゃきはじめ、
河童の足をよもぎごと、巻き込んだ。
河童はじっと佐奈を見ていたが、
やがて、佐奈の手を取ると小さな石を握らせた。
「どうした?これを俺にくれると言うのか?」
黒曜石で出来た護り石である。
河童はこくりとうなずいて見せた。
「護り石か」
せめてもの礼のつもりであろうが佐奈はかぶりをふった。
「よい。これはおまえがもっておれ。
護り石をもっておっても、
そのような怪我をするお前が石をなくしたら
どのような厄災にあうかわからぬ。それに・・」
佐奈は懐の布袋を引っ張り出すと
「俺には、これがあるから良い」
袋の中の物を手のひらに乗せて、河童に見せた。
小さな白い物が牙であることがわかる。
「おれが生まれたときに、
ばっさまがさずけられたものだそうな」
佐奈は白い小さな護り牙をみつめた。
牙をみつめたままの佐奈はその時、
河童がどんな驚愕の相を呈していたか、
気が付いていなかった。
「だから・・・よい」
河童の手に彼の小さな護り石を握り返させると、
佐奈は両袖をなくした己の姿を思って笑った。
「いくの」
佐奈は河童に別れを告げると四度、川の中に入り込んだ。
河童が佐奈を拝むように手をあわせていた。
が、その姿を佐奈がみたら、
傷の手当てをしてやった佐奈への
河童の心根を表したものだとおもったことであろう。
だが、事実は違っていた。
河童は白峰大神の牙を懐に抱いた男の先行きを
ひどく案じていたのである。
何ゆえ、白峰ほどの大神の牙が
若者にゆだねられているのか?
河童には、若者が数奇な運命を握らされているとしか、
思えなかった。



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