次の日。
朋世は、小さな竹篭をだかえて、山に入っていった。
「なんだい?いっしょにいこうかい?」
朋世の背中から声をかけてきたのはお甲だった。
春の山は、恵みの宝庫である。
蕨やぜんまいを摘むのは、女子の仕事でもある。
「うん」
お甲と、一緒ならば心強い事である。
朋世を先に立たせて歩いていたお甲であったが、ふと、
「朋ちゃん。あんた・・」
口ごもった。
「なに?」
お甲のようなはきはきした娘を口ごもらせた事が
なんであるのか、朋世は気になって
山の坂の平らに開けたさもどりに出たとき、
お甲を振り向いた。
「ああ。ちょっと、やすむ?」
軽く息が荒れていたお甲を別段気に止めずに
柔らかな春草の上に朋世はすわりこんだ。
「なんね?」
尋ね返すとお甲も聡く、朋世にどういおうか、
迷った顔をして見せたが
「で、相手は誰やったね?」
朋世が女子になったことをきがついてると、
そう、言い表した
「ぁ。お甲ちゃんには、黙っていてもだめやね」
朋世は少しうなだれたが
「周汰さんよね」
と、答えた。
―え?―
小さな声をお甲は慌てて、喉の奥に閉じ込めた。
が、お甲は飲み込んだ言葉が胸につかえ、
居心地の悪さに逆流しはじめてきていた。
すくなくとも、お甲には一瞬そうかんじられた。
お甲は朋世の側を離れると、
げえっと堪えた物をはき上げた。
「お甲ちゃん?あ、あんた・・・」
周汰の事を聞いたせいではない。
「そうだよ」
お甲は口元を手で拭いながら
朋世が気が付いた事に、頷いて見せた。
「だったら?」
―定太の子であろう?一緒になってくれるんね?
よかったよね―
言いかける言葉を朋世は注意深く飲み込んだ。
「定さんの子だよ。でも・・・」
お甲はため息をついた。
「誰の子か判らねえのに、
背負い込まされるのは御免だよって、いうんだよ」
「え・・・」
「仕方ないよね。峯吉も来るし、作次まで」
「え、だって・・棒をかっておきゃいいじゃないか?」
「ばかだね。あんた」
お甲が寂しそうに呟くと、にこりとほほえんだ。
「あんた。周汰さんにそういわれたんだね」
俺だけにしてくれ。
しん張り棒をはって他の男をよせつけるな。
俺だけの朋世になるんだ。
確かに周汰はそういった。
不可思議な顔をしている初心な娘に
男のずるさを吐き出すのはむごいと思ったお甲だったが、
周汰が本気である事に気が付くと
あっさり言ってのける事にした。
「定さんにはね。そういったんだよ。
しん張り棒をかって置くから戸を叩いて
合図をしておくれってね。
判ったって頷いてくれたからしっかり信じ込んでたよ。
なのに、合図に戸を開けてみりゃぁ、
今度は作次がたっていたよ」
「・・・・」
どう返事をすれば良い?
周汰が朋世に本気であると、
あんなににっこりと笑って喜んでくれているというのに、
お甲の有様は惨め過ぎた。
「参ってしまうよねえ。
お前なんぞ本気で相手してねえんだって、
わざわざ他の奴らに
あたしをだかせなきゃなんないのかねえ・・・・」
涙の粒をお甲は手ぬぐいに押し付けて笑った。
「本と。まが抜けてるったらありゃしないんだから」
「じゃあ?ほんとは・・・」
腹の子が誰の子か判らないという事なのだろうか?
朋世は確かめる言葉をなくしていた。
「ばかだねえ。ほんとにあんたは。
みんなしてあたしをくいものにしてるだけだよ。
夜這いの定法どおり、嫁にしたくもない女の中に
種を落とす馬鹿もいやしないよ」
が、確かにお甲ははらんでいる。
「だあれも、どいつもこいつも
種を落としてくれやしないよ。
定さんが他の男を引き込んだのもそれだろうしね。
よしんば勢で種を漏らしちまったら、
お互いになすくりあいをして、皆で逃げちまうまで、
あたしを食い物にして・・・。
慰みたいってだけのお仲間で・・・・」
「・・・」
「朋ちゃんは心配しなくたっていいんだよ。
定さんが認めようが認めまいが、
この子は定さんの子なんだ。
そして、この子があたしを救ってくれるよ。
皆、なくしちまうけど・・・。
定さんまでなくしちまうけど・・・」
お甲のつわりに気が付いた男達は
もうお甲の元には来なくなるだろう。
だが、これ以上慰み者にされる不幸を取り除くのが、
定太の子であることこそが救いであった。
そして、その子が定太をも、失わせてゆく。
「ああ。やだねえ。ほんとに定さんの子だよ。
だって、あたしが、足を絡めて定さんを、
果てそうになって抜きかける定さんを
とらまえてやったんだもの」
「お甲ちゃん・・・」
「いいんだよ。あん時、定さんは
ちゃんとあたしの名を呼んだんだ。
そりゃぁ嘘じゃないもの」
涙を見せ始めた朋世にお甲は笑いかけた。
「だから、あんたがしあわせならいいんだよ」
「お甲ちゃん」
「ああ。言っとくけど、あたしだって十分幸せだよ。
ちゃんと定さんにだいてもらえたんだもの。
子種はむりやりかすめとったけどさ」
大きく息を吸うと
「さあ、いこうか」と、お甲は立ち上がった。
「うん」
朋世の瞳が大きく開かれて涙に潤んでいたけど、
朋世はぐっと目をしばたたくと立ち上がった。
朋世の後について歩きながら、
お甲は胸を撫で下ろしていた。
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