憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

空に架かる橋   3

2022-09-17 15:58:11 | 「空に架かる橋」

明美の事を少し話そうと思う。
明美は・・・。
そうだね、千秋とちがって、目下恋愛道、驀進中ってとこだね。
相手?
それがあたしの一番、心にひっかかること。
明美の相手は
この病院の入院患者。
哲司って言う名前だけど、
哲司は連隊から、ココに搬送されてきた男なんだ。
怪我なんかじゃないんだ。
虫垂炎が腹膜炎を併発させて、
担架でかつぎこまれてきて、
けが人の手術ばかりだった露木先生に
「いやあ。平和な病気だ。ひさしぶりだなあ」
なんて、変な事を言わせちゃった人なんだ。

千秋がなんだか、嬉しそうだったのはきのせいかもしれないけど・・・。

その哲司と明美はいつのまにか、恋仲になっていたんだ。
でも、哲司は病がいえたら、また前戦基地に戻る人。
それは、ひょっとしたら、哲司との永遠の別れになるかもしれないって事。
明美はいっそ、ってわらったよ。
「いっそ、重い病になっていれば故郷にかえることができる」
明美の笑いが皮肉に悲しくて、あたしはそっと涙をふいたっけ。
そう、哲司が生きて故郷に戻れる可能性なんて、ほとんど無いってこと。
戦地にいかずにすむなら、病でしぬかもしれない。
健康な身体であれば、戦地にもどらなきゃいけない。
「明日も知れない恋ってあるんだよねえ」
明美はポケットを探ると
「でもね」
と、小さな丸い金具をみせてくれた。
「なによ?それ?」
あたしがたずねたら、明美のほほがバラ色に輝いたように見えた。
「婚約指輪かな?」
明美はおかしそうに笑った。
「なにいってんのよ?これが?」
まあるいリング状の金具の先にピンがついている。
病室のベッドの横のカーテンリングににてなくもない。
「これ・・・手榴弾のピンなの」
明美の種明かしにあたしは、えっと?たずねかえした。
「哲司はね、これで、命拾いしたんだって・・・。
哲司のお守りみたいなものなんだ」
「なるほどね」
哲司の命を救った手榴弾は何人の敵兵をふっ飛ばしたか、判らないけど、
哲司は自分のを救った手榴弾のピンをおまもりにしちゃったんだね。
そのお守りを
明美にあげるってことは、哲司のプロポーズってことなんだ。

「だけど・・」
あたしは、実に女の子らしい事を聞いたものだと思う。
「だけど、ペアリングじゃないんだよね」
同じ指輪を指にはめるってことはできないわけだ。
「ううん・・・」
明美は首をふって、はなしてくれた。
「哲司は手榴弾をもうひとつもってるの」
危ない実弾があるピンをぬけない、リング。
「それをぬいたら、また、いのちびろいして・・・
明美の所にかえってこようかなって・・・」
ペアリングができあがるさって、哲司はわらったけど、
それが、プロポーズだと、わかったんだっていった。
返事をしようとすまいと、
もう少ししたら、二人ははなればなれになる、
こんなピンリングで証をたてるよりさきに、
二人がお互いをむすびつけずにおけなかったことを
あたしも、
入院患者も皆しってることだった。

深夜の哲司のベッドでひめやかな吐息がもれる。
おしころして、愛を語れない二人に
きがつかぬふりをして、皆、二人の恋をみ守っていた。
こんな時代だもの。
こんな時だもの。
今しかないふたりだもの。
明日の別れが永遠のわかれになるかもしれない。

だから、皆・・・黙って二人を祈った。
今。
そのときが
二人がしあわせであることに・・。



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