波陀羅は森羅山を出た所で見かけた女の姿を借りると
澄明の屋敷の玄関先に立った。
中から正眼が最初に出て来ると波陀羅に言われるまま、澄明を呼んでくれた。
正眼から鬼の映し身の女子じゃが、伽羅ではないと聞かされた澄明は、
さては波陀羅であるなと玄関先に出て行った。
話したい事があるという女を白銅のいる鏑木の部屋に招じ入れた。
「私の連れ合いになる人です。
たぶん、色々と貴方の話しに良い知恵を浮かばせてくれると思いますが
同席を許してくださいますか?」
澄明に尋ねられると波陀羅も即座の返答に困った。
判る事は、陰陽師である男を澄明が信用しているという事だけである。
澄明が信をおくとならばと、
波陀羅も伽羅の様に澄明を信じて行くしかないと、思えた。
「まあ。波陀羅。座るが良かろう」
立ち尽くしている波陀羅にその男が声を懸けて来た。
「ご存知でしたか?」
どうやら、波陀羅の映し身も見破っておれば、
色々と澄明から聞かされている様である。
当然の事ながら澄明も波陀羅である事は判っているのだなと
確かめる様に澄明を見れば
「その人は白銅といいます。
貴方の事は伽羅から聞かされてもおりましたし、
其れに、火中の人である政勝は私の妹が嫁いだ相手でもあります」
澄明が言出せば、白銅がここに同席する事については
次の波陀羅の言葉で暗黙の内に了承されてしまう事になった。
「それが事も、謝らねばならんと思うておった。
比佐乃が事に助きをくれたというに・・・我は・・・」
かのとの命を潰えようとした波陀羅が今更顔を出せる場所ではないのである。
「かのとや政勝は黒龍が守護しております。
貴方ではどうしょうもなかった事でしたでしょう?」
澄明はにこやかに言うのである。
「我は・・・・そなたの妹の命を」
自分の仕出かしかけた事を言うのは波陀羅も苦しい物がある。
「私が、貴方の立場であればそうしたと思います」
澄明の意外な言葉に波陀羅が、たじろいだ。
「に・・・憎まぬのか?」
「黒龍の守護がなければ貴方の目論見は上手く行って、
こんなに辛い思いはさせなかったと思います」
波陀羅のほうの言い分だけを言えば確かにそうかもしれない。
が、八代神に因縁を解き明かされた今の波陀羅にとっては、
その目論見が事をなしたほうがどんなに恐ろしい事であったかを
良く判っているのである。
「いや。我は後悔している。
そなたの言うような思い、それが叶えば我もどんなによいかとは思うが、
人の命を奪ってまで我が助かる事の愚かさを教えてくれた者がおってな。
その者にも、伽羅にもように勧められたが、
澄明という陰陽師に頼ってみようというより先に
我は謝る事があり、礼を述べねばならぬ事があった。
それだけでもしておかぬと」
「その事はもう良いですよ。
それよりも、貴方が本当に一番気になっている事を話してみて下さいませぬか?
そしてできれば我等に双神の事を教えてくれませぬか?」
澄明の言葉に
「双神が事を聞いてどうしょうと?
もう、政勝、という男の事は諦めておると思います。
双神も政勝の後ろに黒龍がおることは知っておるのですよ」
と、波陀羅は答えた。
「波陀羅。政勝の替わりの贄がいるでしょう?一樹がどうなっています?」
ぐと息の詰まる波陀羅である。
己こそが一樹をにえにささげているのである。
「喩え一樹が贄にされてなくても、双神がいる限り誰かが贄にされるのですよ」
波陀羅があっという顔をした。
子を救いたい一心で闇夜になっていたが
波陀羅は何時の間にか双神という存在をいてもし方がない存在として許容し、
諦めていたのである。
「双神を潰えようというのですか?」
「救える手立てがあればそうもします。なければ、潰えるしか・・・ない」
そこには、澄明の苦渋に満ちた顔がある。
「一体、双神は何者なのです!?
何故、シャクテイを吸っていかねばならないのです?」
今まで考えた事もない事を波陀羅は口に出した。
そして、何故そやつらにシャクテイを吸われねばならないのか。
「双神は元は榛の木の精霊だったのです。
榛の木に雷神が落ちてしまった事で精霊が二つに分たれたのです。
榛の木は雌雄同体。
恐らく、精霊も同じように雌雄同体の一つのものだったと思われます。
精霊は一つの身体に雌雄を有して居た時、
おそらく、御互いの魂を一つの身体で重ね合う事が出来ていたのだと思います」
「それが何故シャクテイを?」
「御互いの性の違いを重ねる事でシャクテイが生じましょう。
そのシャクテイの力で魂を潤す事が生きて行く糧だったのではないかと考えております。そうやって、榛の木を守っていたのであり、
自分等の宿り場所を確保していたのでしょう。
それが宿る場所をなくしてしまい
死に絶えればそれですんだのかもしれません。
が、二つに分たれて・・・」
「おかしい?二つに分たれて、宿る場所もないに何故生きていられる?」
「おそらく。雷神も二つに分たれてしまっておりそこに宿っているのではないかと。
なれど、雷神も神格。この世では、実体がない。双神の姿はどんなものでしたか?」
「あ。雄、雌ということはない。確かに片一方は男神であるが、
片一方は女神には見えない。確かに多少なよけた感じはしていたが・・・・」
「やはり、そうですか」
澄明は推察した事は当たっていた。
「やはりというのは?どういう事ですか?」
「雷神は男神です。
其れを二つに分ち男精と女精が飛び込めば、おそらく外見はそうなるでしょう?
が、片一方から与えられる性のシャクテイを得られなくなった時
御互いの精を求め夫々が異性の精をもとめるでしょう?」
「ああ・・・確かに、でも・・・・」
「そして、女の性でありながら、雷神という男の身体を具有しているとなれば、
男に女子のような性を求めたりせずにおけなかったのでしょう。
が、本来は女子の性。
本質的には男子の性が必用だったのでしょう。
ふたりには、男女の性が重なって行くときの
一つになりたいという思いの篭ったシャクテイが必要だったのだと思いますよ」
「それで??独鈷は一樹に色子にさせるような真似をさせたのですか?
比佐乃と一樹とのむつみあいだけで、あっ・・・・」
波陀羅が気が着いた事に澄明は頷いた
「その通りだと思います。
双神は独鈷を使い手にして二人の子からシャクテイをえるだけにして、
独鈷を使い物にならぬほど独鈷からはシャクテイを吸う気はなかった。
貴方達が魂をひちゃげさせればいずれシャクテイを吸う事はできなくなるでしょう?
その時に新たなる贄がいる。
独鈷を使い手にしておくだけでなく新たなる口伝を出きる相手を作る為にも。
男の性も、女の性も知る者にでなければ双神は口伝を渡せない。
何故なら性が違う双神が、口伝する為には
一人の男の中に二つの性をしらなければ渡し様がない」
一樹が男の性を先に知らされただけでは口伝者になれない。
比佐乃という、女の性を知った後、独鈷は再び一樹をだいた。
抱かれた一樹は高揚の最中、マントラを唱え双神へ献上を施し、
双神は口伝を与えた。
一樹はやはり使い手としての口伝を与えられていたのである。
「ああ。それで。マントラは男の性と女子の性の二つを知ったものでなければ
口伝ができなかったという事なのか」
つまり、口伝は男にしか出来ぬという事でもある。
波陀羅は銀次という男がマントラを唱えた時に
なんの変化が訪れなかった事を思い出していた。
「が、ならば、独鈷は何故私の元にきた?
もっと、他に、マントラを口伝させれる相手はいたであろう?
次々と口伝して行けば良いものを何故!?
我はすでにシャクテイを吸われる道がつけられていたのでないのか?」
「私もそれを考えていました。双神はただ、シャクテイを求めればよいだけではない。
何らかの感情が混ざり合ったシャクテイがほしいのではないかと」
「え?」
「己の魂を満たす、シャクテイの質が高くなければならない。
相見互いに埋めあっていたシャクテイが購なえられなくなった淋しさを埋め合わすのは、御互いを思い合うもの同士の事から生じたシャクテイでなければならなかった。
そう、考えられませんか?」
「それでは・・・?
「多分。独鈷は貴方に本意だった。
そして、あるいは貴方を得る為に敢えて、
マントラを唱えシャクテイを吸われる事をも引き換えにしていたかもしれない」
「我が魂が落ちはてるのを独鈷がてつなうこと?・・・それが本意か?」
「波陀羅。すでに魂が落ちはてていたら?
独鈷は己まで魂が落ちる事を覚悟していたら?
邪淫の果ての極楽に酔う女子に与えられる物がなんであったか!?
一番知っているのは波陀羅自身であろう?」
「ならば、ならば、何故、一樹や比佐乃を?我が宝と思うというのを知っておったに」
「独鈷は己を護りたかったのであろうが、
他にシャクテイを与えるものがいなければ双神が貴方と独鈷を貪り尽くす。
自分の愛する者でなければ高いシャクテイはえられない貴方の替わりにする為に
独鈷は次に愛する物を犠牲にした・・・・」
独鈷を否定する前に波陀羅は自分が今まさに、
比佐乃を守る為に一樹を犠牲にしている我が身を思わされていた。
妻を守る為、子が犠牲になる。
夫婦相々で因縁をばら撒いていると言える事である。
その事を考えても一樹が行き越す事の先に待っている事には
空恐ろしいものがあるという事だった。
「澄明。身体の中に違う者が入っていても、
そやつのした事はその身体の子孫への因縁になってゆくか?」
「なって行くでしょう?なって行くからこそ比佐乃が波陀羅の因縁を継ぐのでしょう?」
「それも知っておるか。そうであったな。
我は一樹を比佐乃に逢さなければよいと考えておった。
さすれば比佐乃に一樹が殺される因縁通る事を避けられるのではないかと
考えておった。
そなたの力をかりれば其れを避けられるのではないかとも考えておった。
だが今の話しを聞けば一樹が生きておれば
子を地獄に落とす因縁があるという事であるな」
陽道の身体を借りた独鈷がした事はまさにそのとおりであろう。
子を地獄に落とす男親の因縁が既に生じているのである。
「・・・・・・・」
「妻を守る為。子を守る為。いっそ一樹は死んだ方がいい。
我が子を地獄に落とすほどの・・・・地獄はない」
「子を殺す親になるくらいなら、親の思いで死んだ方がよいという事か」
黙って聞いていた白銅がぽつりといった。
その言葉で澄明は波陀羅に話す事を決心した。
「波陀羅。一樹が受ける因縁、比佐乃がもつ因縁、確かに避けられる事ではありません。私は此度、神による双神の差配を許すという神詔を受けております。
それをずううと考えていましたが、双神を潰える方法が一つだけあるのです」
「潰えられるのか?さすれば、一樹も比佐乃も・・・」
「救えると思います」
にわかに波陀羅の顔が明るくなった様に思えた。
その、顔を見る澄明の顔着きがひどく哀しそうであったので波陀羅は黙り込んだ。
「救えるのは双神の手からであって因縁からの脱却はありえません」
俯いた波陀羅が
「そうじゃな。因縁は双神が与えた物でないに。
我がしでかした事であったに忘れておったわ」
哀しい笑顔を見せた。
「波陀羅。その因縁で双神を潰える事が出切ると言うたらどうしますか?」
澄明の言わんとする事が掴みきれない波陀羅は澄明を見ると
「今更、何を言われても驚くまいと思うておる。聞かせてくるるか?」
波陀羅の悲壮な覚悟に促がされて澄明は話し始めた。
「一樹が因縁通り死に絶えます。
双神はその身体を乗っ取り再び政勝に近づいて行くと思いませんか?」
「ま、まさか?政勝がことはあきらめておるはずじゃ。
それが為比佐乃の魂を元に戻してもらう約束に替わったに。
政勝をえられないのならと一樹を犠牲にしてまで・・・」
「魂を元に?無駄でしょう。
シャクテイを吸わずに置けない双神がどうやって魂を元になぞ戻せます。
魂を元に戻したいのなら、双神をついえてしまわなければ
いつまで経ってもシャクテイを吸い続けられいずれ朽果ててゆくだけです。
双神を潰えた後に真に愛情を注いでくれる人のシャクテイが
己の中に流れこんで行けば、些少なりとも魂は復元します」
「そんな事で?」
「それは間違いない事です。
性の力が魂にまで及ぶものだからこそシャクテイを吸われれば魂まで干乾びる。
相手を真に思う力は魂を潤し生き越す力を与えて行きます。
そんな力があるシャクテイであればこそ魂は必ずや復元しましょう」
突然口をついて出た澄明の言葉に深く白銅が俯いているを見ると、
波陀羅はこの二人には頷ける何かがあるとみた。
伽羅は澄明には哀しい通り越しがあるともいった。
その事で魂ごと、澄明は
この男のシャクテイにより生き越す力を与えられた事が有るのだなと推察した。
「其れほどの力があるからこそ、双神は質の高いシャクテイを求めてゆくのです。
その質の高さを得られるほどの政勝という人間性があらばこそ、
政勝が思いをかけるもの、
政勝に思いをかけるもののシャクテイがいかなるものであるか、
そこに気がついている双神が政勝を諦め切れるわけはない」
「変哲のない男じゃったが」
と、なると比佐乃が事は何も約束が守られないという事になってくる。
「あの方は人を魅了します。傍におるものは全てあの方をすきましょう」
「それで、そなたは双神をどうやって潰えると言う?」
波陀羅は話しを自分から戻していった。
「独鈷を潰えた畳はりが私の元にあります」
双神の片割れが一樹の身体を乗っ取るのは
再び政勝に双神自ら近づこうという魂胆なのである。
澄明がいう事は、その一樹の身体に入りこんだ双神を畳針で潰えようというのである。だが・・・
「澄明。だが、双神に実体が無いのなら畳針では死なん」
「判っております。畳針は閉じ込める為だけの手立て。けれど其れで十分でしょう?」
「それでは?」
「人の身体の中からではシャクテイを吸えないのだとは思いませんか?
いずれ、餓え死にます」
確かにそのとおりかもしれない。
でなければ双神はとっくの昔に自分自身が動いてシャクテイを取り込んで
生き越して来た事であろうし、そのほうが余程確実で余程早い事なのである。
「なれど・・・もう一人の双神はどうする?」
「元一つの者が半分を失って、生きる気がするでしょうか?
双神の一つになれない心の淋しさを御互いを求め合う者達の
心の篭もったシャクテイで埋めざるをえないほど餓えていた。
そんな双神が片割れを無くしておめおめとまだシャクテイうをすすって、
生きていると思いますか?」
「・・・・・・」
「波陀羅次第です」
一樹を使って、否、正確には一樹の死体でしかない。
が、其れを使って双神を潰えるか潰えないかを
波陀羅こそが決めろという澄明なのである。
「其れで、もう我等のように苦しむ者が現われなくなるという事であるな?
双神もこれ以上無残な事を繰返さずに済むという事であるな?」
「はい。其れだけが救いです」
「澄明に全てを・・・・・」
波陀羅の声が泪で詰まった。
「任せる」
よう、やっと言い切ると波陀羅は立ち上がった。
一縷の望みを託した事が叶えられているか、
澄明のいう通りやはり双神には魂を元に戻す力がないのかを見定めに、
比佐乃の元に行くつもりであった。
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