「どうしたんだよ?」
やってきた加奈子の顔色がいまいち、よくない。
「ん・・・」
生返事をしたあと、煙草をバックの中からひっぱりだす。
「あん?」
話せよと催促すると、
「あんたこそ・・なんか、変だよ・・」
って、いいかえしやがる。
俺も煙草をひっぱりだしてくる。
「まあな・・・」
俺のほうは現実問題じゃない。
まあ、簡単に言えば、幽霊みたいなものだ。
もちろん、俺にひっついてるわけじゃない。
二次的にかぶってるといっていいかな。
俺の呑み仲間だ。
そいつのうしろにくっついてるやつが、
俺と周波数があっちまうんだろう。
やけに体がだるくて、
そいつと呑むのもそうそうにひきあげてきたわけだが、
まだ、すっきりしない。
こんな時はTVで映画でも見るか・・・
ってなもんで、チャンネルをかえたところに
加奈子から連絡がはいった。
で、先の科白さ。
あんたも変といわれたって、こんな話をしたくもない。
適当に言葉をにごしておけば、
加奈子のほうがしゃべりだすに決まってる。
「それがね・・里美なんだけどさ・・」
里美・・ね。
可愛いタイプのほそっこい子だったかな。
「それがさ・・元々そういうところもってたんだけど・・」
そういうところってのが、どういうところかは、
これから加奈子が喋りだすだろう。
「とうとう、見えるようになっちゃたんだって・・」
は・・。
それだけで、ピンとくる俺も俺だと思うが
いちおう念のためにきいてみる。
「それって、俗にいう幽霊?」
「うん・・」
「で、怖いって?」
「ううん。怖い感じの幽霊じゃないらしいんだけどね」
「なら、まあ、いいか・・」
「でも、みえるようになってきたってことにね。それがショックらしいよ」
「で?なにが見えるわけさ・・」
「子供なんだって・・」
「ふ~~~ん」
俺はとりたてて、何も思わない。
しいていえば、見えることを自分でみとめちまわないことだ。
「まあ、見える自分をみとめちまうと、ほかのものまでみえてくるからな・・」
「うん。だと思うから、見なかったことにしよう。気のせい。気のせい。って、自分にいいきかせなよって、
それだけ、忠告してきたんだ」
正解だな。と、思う。
「それで、妙にくたびれていたわけか・・」
うん・・て、加奈子がうなづいた。
この世のものじゃない奴に遭遇するとエネルギーをすいとられちまうのかな。
そのエネルギーをすいとられちまった奴とあえば、あった奴もエネルギーをすいとられちまうんだろう。
「で、あんたのほうは?」
自分のいいたいことをいいおわって、俺のほうに話をふってきた。
「俺?・・」
まあ、いいかとおもって、俺も話し始めた。
「俺は浩次にあってたんだよ。あいつもなんかあるんだろう・・
妙におもたくなって、だるいから、かえってきたんだ・・」
俺の言葉に加奈子はしばらく返事をしなかった。
しばらく二人で映画の画面をみつめていた。
二本目の煙草に火をつけたとき、
加奈子も煙草をくわえた。
白い煙をふきだして・・、ぽつりとつぶやいた。
「浩次と里美は昔・・できてたんだよ。知ってた?」
「いや・・・初耳」
うん、うなづいた言葉を煙のなかにまきこむかのように
煙草をすうと、白い煙と一緒にはきだした。
「3年前・・子供・・流しちゃったんだ」
加奈子は堕ろすという言い方をさけた。
だから、なにか、いろいろと複雑な事情があったんだろうと俺は思った。
「いきてたらね・・里美がみた子供の幽霊とおなじくらい・・」
俺は唇の端に煙草をくわえなおした。
「じゃあ・・俺が浩次からかんじた重たいものもそれか・・」
「かもしれない」
ふうっとついたため息が白い煙に変わる。
「うらんでるのかな?」
「怖くなかったんだろう?」
「子供だもんね・・うらむっていうより・・寂しいのかもしれないね」
そうだな。って俺は思う。
加奈子が流したって言葉をえらんだ裏に、
浩次と里美の悲しい悔いがみえる。
命をつんだ懺悔を二人とも抱きかかえてる。
そんなこと、子供にはわかるわけないんだろう。
「さびしいんだろうな」
加奈子のいった言葉をくりかえして、俺は煙草の火をけした。
「でも、きっと、ソノ気持ちをわかってくれる人がいてくれたから、今はもう・・大丈夫だよ」
そうなんだろうって俺は思った。
なぜなら、加奈子の顔が急にあかるくなったきがするし、
なにより俺の重たいだるさがきえた。
「わかってほしいだけだったんだろうな」
「うん」
「生きてる人間同士でもうまくいかなかったんだから・・
死んだ子供のことまで、誰もわかっちゃくれない・・よな」
ささいな行き違いだったのか、重大な食い違いだったのか、知らないけど
それでも、浩次と里美に同じように思いをかけてほしがった子供だけが
ふたりの真実だったのかもしれないって俺は思った。
「よう・・。ところで、里美は今浩次のこと、どうおもってるわけさ・・」
加奈子が今度は小さくためいきをついた。
「たぶん・・やりなおしたいとおもってるんじゃないかな?」
ーでも、やり直す自信がないみたい・・。ー
小さく口の中で加奈子がつぶやく。
「俺さ・・やりなおせるんじゃないかって思う」
加奈子が俺をみつめかえした。
なんでそういえるの?って加奈子の瞳が俺に尋ねていた。
「それを知ってるのが子供じゃないか?
二人の縁がつながってるから、二人のところにあらわれるんじゃないか?」
んふって加奈子が笑ってうなづいた。
「なるほどね・・そうかもしれない」
「子供はかすが・・・っていうんじゃないかよ」
今度は加奈子が噴出した。
「そりゃあ、「けっ」のかすがでしょう?
いうなら、かすがいでしょう」
俺は天井をにらみつけた。
薄学を繕う言葉がみつからない。
「で、あんたは、子供が二人の縁をむすびなおしてくれって、私たちにしらせにきたんだっていいたいわけだ?」
「いや。そうじゃない。二人の縁がむすびなおせないから、寂しいんじゃないかって」
今度は加奈子がくわえ煙草で天井をみつめていた。
しばらくすると、加奈子が大きく息をはいた。
「わかりました。いっちょう、やってみますか」
「ああ・・。良い幽霊退治にしてやろうぜ」
「だね」
思いが叶えばその子供も天国にいけるかもしれない。
「ん。だめもとだし・・」
俺は加奈子が急に女神様にみえてきた。
縁結びの神様にさ。
だから、ちょっと、加奈子に頼んでみた。
「で、俺にも可愛い女の子、誰か紹介してくんねえかな?」
「むりだろうね」って、加奈子はすげなく俺の頼みをことわりやがる。
「なんでさ?」
「だいいたいね、こ~~んな可愛い加奈子さまより、可愛い子がいるわけないじゃん」
しょってやがると思いながらこ~~んな可愛い加奈子さまの顔をおがみなおした俺だった。
『れ?こいつ・・こんなにかわいかったっけ?』
俺の心臓が妙にどきりとしている。
ひょっとして、子供の幽霊は縁結びの神様なのか?
まずは、てはじめにそれが本当かどうかたしかめてみるのもいいかもしれない。
「俺、浩次と飲みなおしてくる」
そういいだした俺に加奈子も
「里美にもう一度あいにいってくる」
そう答えていた。
俺も加奈子もそういうとこ、ばっちし、あってるよなって、思った。
思ったとたん俺の口がかってにうごきだした。
「なあ、加奈子。俺とタッグくまねえか?」
加奈子はにやりとわらったようにみえた。
「やっと、加奈子さまの可愛さを認める気になった?」
「ああ」
素直に認めた俺に加奈子が笑いをかみころしながら
「まず、二人をくっつけなおしてからね」
って、答えた。
二人で部屋を出て、それぞれの友人の所にむかう。
加奈子が俺を浩次のアパートまでつれていってくれて、
俺は車をおりて、加奈子を見送った。
バイバイと手をふる加奈子を見送った時
加奈子のうしろで、小さな子供がいっしょににこやかに手をふるのがみえた。
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