憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・55   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:09:59 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

が、その時であった。
榛の木の後ろに小さな芽が吹き出しているのを澄明が見つけて小さく叫んだ。
「あ、芽がでておる」
澄明の声になみづちは身体を捻じった。
なみづちもそれを見つけると
「あ」
と、声を上げた。
同時に澄明は一つの時に気がついていた。
「双神。一樹の身体の中に入れ・・・」
澄明はなみづちの傍に座り込むと畳針を一樹の身体から抜いて呼びかけた。
「閉じ込めてくるるのか?」
なみづちの中にも一縷の望みが湧いているのである。
先ほどの一樹の身体の中から伝わって来た雷の力で
双神を元一つに戻せれるのではないか?
澄明が思うのと同じ様になみづちもそれを感じ取っていたのである。
「ああ」
いなづちは一樹の身体の中に閉じ込められた事を呪い呟いてたが、
榛の木が芽を吹き出しているのなら訳が違う。
一樹の身体の中に双神が入り込み針を貫けば、
おそらく双神は元の一つの精霊に戻る事が出来るであろう。
が、そこは榛の木の中ではない。
瞬く間に一樹の身体は朽ち果て精霊は宿る場所をなくしてしまう。
双神が二つに分かれた事で、時空の狭間に宿っていられたのであらば、
もと一つの双神に戻れば宿る場所をなくしてしまうという事になる。
其れは、おそらく双神の死を意味する事である。
ところが、榛の木は双神の知らぬ所で新しい生命を芽吹かせていたのである。
それならば、いっそのこと双神がじかに榛の木に戻ればよさそうなものであるが、
なみづちが澄明に頼むように、閉じ込めて、針を刺しこむという事が必要なのである。
双神が元一つに重なってゆくためには、何らかの衝撃が必要なのである。
一樹という一つの器の中に閉じ込められた双神に針をさしこむことにより、
双神の中に分かたれた雷神がいかづちが生じさせるのではないか?
このいかづちが、衝撃に成り、双神を元に戻せるのではないか?
双神をさいた逆の過程をたどることで、
元一つの精霊に戻せるかもしれないのである。
澄明が思い付いた事も、双神が思い付いた事も同じ事であろう。
まずは一樹の身体の中で、元一つの精霊に戻る。
そのまま一樹の身体は榛の木の根元で朽果ててゆき、
自然と、針もぬけおちてゆく。
精霊は榛の木の根を通じて、
再び榛の木に宿り直す事ができるのである。
「我等は・・・一樹にすくわるるか」
酷いほどその魂を変え尽くした男の顔を見ながらなみづちはぽとりと泪を落とした。
「比佐乃が事。一樹が事。お前が事。許されるる事でないに・・それでも・・・」
波陀羅は首を振った。
「戻ればよいに。さすれば、我の様に苦しむ女子ももう現われん」
頭を垂れていたなみづちであったが、
そのなみづちが一樹の身体を地べたに伏せこませると
波陀羅を向いて、手を合わせた。
なみづちが一樹の身体にかぶさる様に身体を重ねて行くと、
なみづちの身体が吸い込まれ、一樹の身体の中に消えた。
澄明は波陀羅を見詰めた。
「澄明。これで良いに・・・」
「判った」
「我にはできん。澄明。今一度・・恃む」
いくら、死に絶えた身体といえども、
波陀羅も、一樹の身体に針を突き通す酷さに目をそむけずにはおけなかった
澄明は今一度、一樹に畳針を突き通した。
思うよりひどくいかづちの衝撃が針を通して澄明の手に伝わって来た。
苦痛に耐える澄明の手に白銅は手を添えた。
「白銅。不動明王の呪詛の印を解く事ができるか?」
「やってみよう」
白銅が片手を離しただけでも、
澄明がいかづちの衝撃に耐えているのが苦しそうであった。
「白銅。このいかづちがあらば・・・双神が一つに戻る事ができる。
なれど、呪詛を解かねば
一樹の身体が朽ち果てるまで一樹の中におらねばなるまい?」
「はやく、解いてやりたいというか?」
「榛の木もそう願うておろう?」
双神の餓えの凄まじさは榛の木が新芽を出し成長して来た事に由来するのである。
それは、また榛の木が精霊を求めた所以でもある。
どこまでも、思いをかけてやる女子であるが、
その為にも、澄明はいかづちの衝撃に耐えて針を握っているのである。
白銅が両手を離し九字を切り出し白銅の唱韻に声を重ね始めた。
「不動明王。この呪詛を解韻されよ。
ナウマク・サマンダバザラダン・カン。ナウマク・サマンダバザラダン・カン
解韻願い乞う。臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前・・・・」
ふたりが唱え終ると一樹の身体を離し土の上に横たえた。
「針はどうする?」
「まだ、いかづちが走ってくるのです。引きぬいていいものやらどうやら?」
「ふうううん」
大きな木を引き裂いたほどの衝撃が精霊をも引き裂いたのである。
これを元一つに戻す為には、時間が掛かる事かも知れない。
針がいかづちの衝撃を外に流しだしているのも、
双神の身体が元一つに戻ってゆく証に思えた。
澄明の言う通り下手に引き抜いてしまわぬ方が良い事かもしれないと思うと、
白銅は波陀羅を振り返った。
「どうしてやる?ここにそのまま埋めてやるしかあるまい?」
波陀羅は一樹の身体を突き通す針を見詰めながら
「そうじゃの。そうしかあるまい?土に返してやるだけじゃ」
榛の木の根方を掘り始めた波陀羅の傍に二人が寄ると、
澄明は小束を出して土を砕き、一樹を横たえる穴を掘り始めた。
波陀羅が土を掬い取り、
同じ様にして白銅もこ束で土をくじっては土を掻き出して行った。
榛の木の根を痛めぬ様に土を掘り起こしきると
波陀羅は一樹の体を抱かえ土の中に横たえた。
ぱらぱらと土をかけて行く波陀羅は
「せめて、これだけは・・・我の手でさせてくれの」
一樹に言うのか、澄明達に言うのか、
ゆっくりと土を梳くって緞子の布団をかけてやるかのように一樹に土をかけて行った。
その様子を二人は少し離れて見守っていた。
波陀羅は最後にゆっくりと一樹の顔を見つめ
手を合わせ頭を深く垂れていたが、
思い切った様に一樹の顔にも土を被せると
今度は急いで土を盛り出し、墓の盛り土を拵えて行った。
最後の土をかけ終ると、波陀羅は、もう一度手を合わせた。
「行こう。ここにくる事は無い」
澄明を振り返り波陀羅がにこやかに笑って見せた。
「これで何もかも終ったに」
笑った顔が崩れそうになるのを波陀羅が堪えている。
二人は一樹の墓の前に座り込むとやはり手を合わせた。
そして、澄明も白銅も立ち上がると一樹の墓を後にした。

 



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