あつらえ向きの一軒の空き家の前に
白銅とひのえはたたずんでいた。
近所のものに尋ねて家主を請えば、
すぐ近くの在所と知り二人は家主の家を訪ねた。
「ああ。ようございますよ」
二人の家の中を見せて欲しい、
良ければ借り入れたいという申し出に家主はこころよく
承諾すると
「つい、この間にも掃除に入った所だし、綺麗なものですよ。何鍵なんぞかけてない。
入ってみてよく見てから決めなさればよい。
だが、二人で住みなさるにはひろすぎるでしょう?」
一室には祭壇を置く事になる。
陰陽ごとで訪ね来るもののために
応談の部屋も欲しい
ひろすぎることはないのではなかろうか?
家主の許可を得ると二人は家の中に入って行った。
東南の小部屋の戸を開け放つと小さな庭が目の前にあった。
「明るいの」
「ええ」
ひのえはくどに歩んで行った。
後から付いていた白銅が
「いいではないか?」
と、ひのえに笑いかけた。
「わしが入って、てつのうても十分の広さじゃ」
どうやら、八葉に言った様に
白銅はくどをてつのう気でいるらしい。
「男の方が」
「ふるくさいことをいうな。
夫婦で陰陽道を歩もうというのだ。
どちらかの手が何時何事でふさがる事か判らぬ事であろう?そうならば、わしがくどに立たねばならぬこととてあろう?その為には少しはてつのうて、
お飯の炊きよう位はしっておかねば・・・」
「はい」
心底、陰陽道を夫婦で歩もうという気の白銅である。
「わしも餓えとうないし・・」
「はい」
確かに覚悟の上の夫婦陰陽道。
白銅の中では日常の些細な事にさえ、
その覚悟がみて取れるのであった。
「ん?」
ひのえは立ち上がると、北の部屋。
鬼門の方角に向かった。
「どうした?」
白銅もつられて立ち上がるとひのえの後を付いた。
小窓一つも点けられてない納戸である。
「通り抜けはしてない・・・」
おそらく反対の方角の部屋にも
開きになる窓や戸は作られてはいない。
禍禍しいものは反対側が開いておれば
鬼門を通じて容易に家の中を闊歩する事になる。
「妙だな」
と、白銅も呟いた。
何者かの存在を感じる。
「いやなものではないがの・・・」
「ええ」
優しい存念を感じるのである。
誰かを案じる一心の優しい存念である。
「家の中ではないの」
「たしかに・・・」
二人はくどに周り、裏戸を開いて、あたりを見渡した。
「あれか・・・」
隣の屋敷のはずれにある井戸の中から、
存念ははっせられている。
「そのようです」
「きにするようなものではないようじゃがの」
「ええ」
多分大切に祭り上げられた井戸の神が、
母屋の人々のさいわいを祈っているのであろう。
「優しい存念じゃの」
「すこし、気にしすぎているような気がするのですが?
隣家の人になにか?」
「うむ・・」
家内にいやな気配がない事はない。
が、それは、
「男と女の欲情がうずまいてしまうておる。
其れを心配しておるのであろう」
痴態の様なぞは個人のことである。
これ以上読みすかすのも気が引けて
白銅はひのえの背を押した。
「ならば・・よい・・ですよね?」
ここにすまうときめようというのである。
これが普通の人間ならば、
家の外であっても妙な存在を感じ取るだけ、
ここに住むのをやめることであろう。
が、陰陽師である。
例え家の中であろうと、
もっと禍々しいものであろうと、
「浄化しましょう」
と、いう事になるのであるから
隣の井戸の中のことでありとても、
ましてや心優しき井戸の神の憂いとならば、
「これもなにかのめぐりあわせでしょう」
と、縁をしきつめてしまうようなのである。
家の間取りの中央に座り込むと、白銅はひのえをよんだ。
「ここが中心だ」
「はい」
返事を返しながら今開け放したばかりの戸を閉めると、
ひのえは白銅の前ににじりより、帯を解き始めた。
精魂をおとすといえばよいのであろうか。
二人の睦み合いにより、この地に浄化と因を落とす作業。
いや、立派な陰陽事なのである。
白銅も下帯を取り払い、ひのえを抱き寄せてゆく。
座したの形のまま、部屋の中央で事を行う。
やがて、二人の精汁は白く混濁し、
白銅の根元を伝い畳に落ちてゆく。
「青竜が居。鳳凰が居。ここにたてまつります」
唱和する声が震えるようであるが、それで澄んでゆく。
後は其の部屋に住む二人を結ぶ精魂の深さを
あかしてゆけばよい。
それで、因は刻まれ、
二人の守護である青竜と鳳凰のかむろいは完成する。
誂え物を家内に運び込み終えたのは
式を控える三日前になっていた。
調度の位置を決めて
祭壇をしつらえていた正眼の手が止まった。
《妙な気配がするの》
自分が気がつくぐらいである。
二人がその気配に気が付いておらぬわけがない。
《浄化するきでおるらしいの》
忙しく祭壇を誂え、
更なる清めの印綬を唱える事に二人は余念がない。
「いわずもがなであるが・・」
と、正眼は二人を呼んだ。
「う、うん」
咳払いをして、正眼を見る二人に
「精魂の結びの理をわすれぬように」
念を押してみたが、
さっと色の染まる二人を見て取った正眼である。
《しもうた。ほんにいわずもがなであったかや》
正眼の胸の中のうろたえを測れる余裕もなく、
かといって、
もうすでにとも言えずひのえはうなずいた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます