憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

井戸の柊次郎・壱 1 白蛇抄第8話

2022-08-28 17:37:09 | 井戸の柊次郎・壱  白蛇抄第8話

どちらも譲らないまま、澄明いや、ひのえと白銅に決済はゆだねられた。
白銅の父、雅は白銅を養子に出すという。
鼎の事に恩義を感じているせいでもあるが、正眼のところには後がない。
餓鬼に落ちて助かった事なぞ皆無である。
諦めていた娘が帰ってきたのである。
一人の娘の人生が救われたのである。
この事を思えば後のない正眼に白銅を差し出す事は物事の礼節であろう。
が、ありがたいと喜ぶはずの正眼は、がんとして首を縦に振ろうとしなかった。
《女子は外に出すもの。生まれた時から其のつもりであった》
と、いう。
体の弱かった今は亡き妻を望んで子までもうけた正眼にとって、それ以上の事は過分の事であった。
「ふううう」
溜息をついたのは雅のほうであった。
言い出したら聞かない。
温和で優しい男のくせにひどく強情な正眼なのである。
ひのえの母である呼世を娶ると決めた時もそうだった。
子供はおろか、睦み事も呼世の命を縮める。
と、いうのに二人は一緒になった。
呼世もこれが一生と思うたか、正眼に命をゆだねた。
子供が出来たと聞いたときもあきれ果てた。
無茶をする。
短い蝋燭の灯りを明々とともさせ、呼世の生を光々と燃焼させてゆくことを選び取った。
その正眼の決意に雅の入る余地は無い。
いや、むしろ強情としか言いようが無い。
その事がある。
正眼は言い出したら聞かない。
が、そんな呼世が命を懸けてまでもうけた、ひのえをはい。はい。ともらえるはずがない。
ましてや、助かるはずも無い鼎が救われている。
二人の話し合いはもはや平行線を辿るばかりである。

「わかりました」
火種を埋めたのは、白銅だった。
「政勝殿の例もございましょう。居を別にあつらえます」
白銅の言葉にひのえが深々と頷いているのを見ると正眼も雅も黙った。
「あとをどうするかは、いずれ後。大切なのは私達が共に成るということ。其れが先です」
もっともなことである。
そうである。
「例えばおのこを成し足れば、正眼の後に据えるも叶う事です。先に男を成せるかどうかも判らないうちから、先回りして物事の進退を詮議する。これは。おやめください」
白銅にたしなめられ、雅は黙った。
そして、改めて、白銅の後ろに座るひのえを見詰なおした。
《息子が選んだ女子》
不思議な感情である。
乳をくれと夜半に鳴き叫んだ赤子が成人してひとりの女性を望む。
どういう性質の女子を選び好むのかさえ、雅には判らない白銅になってしまっている。
一人の男になった白銅なのである。
《共に歩むか》
同じ陰陽師という事にいささかの危惧はある。
が、もう歩みだした足はとめられない。
古来から男と女はそういうものである。
ひのえとの間の約束も
言葉だけではない深い物になっている事も読み取れる。
《男なのだ。それを白銅に知らしめたのがひのえであるのだ》
男としての白銅がいる。
雅にとって、知ることのない、
息子という性別としての男でしかなかった生き物が、
女と対峙する男になっている。
女を知る男になっている。
男としての白銅を支え、受け入れて行くのは、
もうこの世には白銅の女であるひのえしかいないのだ。
もう、違う生き物になってしまっているのだ。
息子と言う生き物は、
いつの間にか男と言う生き物に変わってきていた。
息子を男に変えたひのえ。
そしてまた娘というひのえを女に変えた白銅であろう。
その二人が同じ意見なのである。
「よかろう。お前らが決めるが事なきを得る」
雅も正眼も同じ言葉を口にした。
新居を正眼と雅の間。
つまり、東南の位置にもとめるつもりであると言う事だけをつたえると二人は出て行った。
「早速、家探しということかの?」
と、正眼は頭をかいた。
「どうやら、そういうことらしい」
顔を見合わせていた正眼と雅が頭を下げあった。
「よろしくたのみます」
正眼と雅は顔を上げて笑った。
「どういう、さだめだろうの?」
二人の子がとしを経て結びつく事になるとは思ってもいなかったのである。
同じ陰陽師。先行きはなだらかではあるまい。
が、それよりも。
《鼎が泣くだろうの》
と、雅は思った。



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