去って行く、勢姫の姿を目で追いきると
政勝は無念の声を上げ始めた。
「おぬし、こうなる事が判っておった筈だ。なのに、何ゆえに」
蘇生された様を政勝に見届けさせると、
澄明は政勝にかけられた因を解いた。
とたん、政勝が澄明にせめ寄った。
あの有様からも澄明がこの日、縁者の印を切らなかったのが政勝にも判った。
「あれでは、貴様が先ほど申していた。主膳殿の因縁、繰返すだけではないか」
「因縁は避けられませぬ。因縁からの解方はそれを通り、通り越すより他ありませぬ」
「通り越すとな?」
「そうです」
「因縁を避けれぬというのか、通らねば成らぬというのか?ならば、ならば、初めから、無駄事だったではないか」
「さようです。此度に事は只、只主膳殿の気を晴らすが為。そして貴方様に、みていてだく為。
それと、因縁は陰陽の術を持ってしても換えれない事の方が多いのです。
森羅万障悉く、目に映る総ての事はすべからく、自然にもとずいて動いております。
私利、私欲、己の勝手には、万物は動きません。故に因縁もまた同じ」
「相手は、鬼。それのどこが自然だという?」
「政勝様、鬼を生み出した、そも、大元が自然であるという事を認識なさいませ。その存在を悪しとする所がすでに、人間の身勝手なので御座います。」
「んむうう・・・」
「姉弟のまぐわいを外道と赦さず、実の姉の目の前で弟を殺す?これが自然ですか?人の驕りだとは思いませぬか?鬼であることゆえ悪童丸を殺すなら、同じように勢姫も我らが手にかけなければなりませぬ。陰陽の文様をご存知ですね?」
「うむ」
「あれは、己の魂の裏表を表しております。白があれば何処かに同じ分だけ黒が御座います。仮に、悪童丸を屍に変えるを正となすなら、さなれば、勢姫の中に邪が同じだけ生じます。姫自ずから言った通り姫の心を鬼になり変えてしまいます。それが自然ですか?」
「・・・・」
「そして、仇を打つ為に、姫が我らをつけねらいましょう。姫を鬼に変えて、また、姫を討つのですか?
それも、よろしいかもしれませぬ。が、そうなった時、主膳殿の御心はいかなります?
勢姫を殿のお胤でないと、申し開くのですか?かなえ様を今以て愛するが故、かなえ様に生き写しの勢姫を手放しかねていた主膳様に、かなえ様の事を暴くのですか?かなえ様を愛するが故にいつまでも、姫を手元に留め置かれしことが姫を鬼に変えたというてやれば、よいのですか?」
「・・・・・」
「それよりも、政勝殿。貴方ご自身がなさったことを御考えください。
なんの為に、私がここに貴方を呼び、あの陽根が百日の間、精を留め置いた様をお見せしたか。
精は情念で、生き長らえも、蘇えりもします。あのかさかさに乾いた物がわずかの精汁で元にもどったのも姫の情念ゆえ、そしてあの中で悪童丸の精が生き長らえたのも、悪童丸の情念ゆえ。
政勝殿、貴方の優しさゆえに私はかのとに貴方を勧めました。が、その心根の優しさが仇になることが御座います。心を揺るがされない厳しさを御もちにならないと」
「?何を言っておるのだ?遠回しに物を言わずともはっきりいえばよい」
ここにいたっても、どうやら澄明と徒党を組むことになった最初の日に言われた采女の事を穿り出されているのだと判ると、澄明の真意が単なる嫉妬とやっかみだけでないように思える。
「もう、二、三日すれば私が言った事が判るでしょう。その時は、私には伝わってくる事で御座いますゆえ、出向いてゆきます」
政勝にすれば澄明一人が得心しているのである。
「判らぬ奴だ」
まあよいわ、どうせ、陰陽師、勝手に人の心を読み下して、悦に行っておるのだ。きいてみたとて、お判りならないのでしょうねえと、見下して、事実を言おうとしないにきまっている。
と、澄明がその政勝の心さえ見透かしてみせたのか、
「政勝殿は、やはり、まだ、陰陽師風情は御嫌いですか?」
と、尋ねる。
「ふん。そうやって人の心を読む所なぞ、とくにな」
思い切り皮肉を籠めて政勝はいいかえしてみせた。
「あははははは」
途端にむきになった政勝を哂い返すかのようである。
「笑っておれ」
「ああ。いえ、私は心に強く念じませぬと読みはできませぬ。
それにそんな些細な心や、私事なぞをよんでは、こちらが陰陽道の条理にやられてしまいます。
私とて命は惜しゅう御座います。この前は妖かしの気配に、つい・・・
よろしゅう御座います。実の所を御話ししましょう。あの折は、心内で加護を求める貴方が声が聞えましたので、お咽喉をお借りしました」
蟷螂にあやぶられ政勝が手も足もでなくなったときのことをいうのである。
喉から知らぬ声で知らぬ印綬が湧き上がりそのおかげで蟷螂の呪縛が切れ、政勝が命拾いをしたのである。
「なるほど、それで、知りもしない印を唱えたわけか。
が、何故、声が聞えたりする?読んでいたのか?
妖かしの者に逢う事をすでに読んで某の心を手繰って見ていたのか?」
「いいえ。それは、またいずれ。さあ、帰りましょう。かのと様が痺れを切らして待っておいでです」
「それも読みか?」
「あはははは。政勝様は女心に疎過ぎます。まあ、そこが、また良いのでしょうな」
くくっと笑いを堪えた澄明の口元が微かに寂しげである事なぞ政勝はきずきもしないのである。
ただでさえ冬の凍て付くような寒さが肌を刺す様に感じる。
この卯月を過ぎれば勢姫も三条の妻である。
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