毎日が山のこと

最近の山歩きの記録はもちろん、作ってみた山行プラン、過去の山歩きの記録も順次掲載中です。

緊急事態解除後の那須茶臼岳(2021年10月2日)

2023-09-05 19:47:43 | 日光・足利山地・那須・筑波とその周辺の山

※ これは作成途中のまま仮投稿してそのまま忘れていたものに手を入れて完成させ再投稿するものです。

那須連山のなかで登り残していた茶臼岳にのぼってきた。

娘が山に行きたいというので、楽に登れるけどまだ登っていないということで選んだのだが、当日が緊急事態宣言解除後の最初の土曜日だということをうっかりしていた。

ロープウェーの山麓駅につくと駐車場は満車。その先の峰の茶屋の駐車場も満車。娘と合流するために出発を遅めにしたことも裏目に出てしまった。

しかたなく下の大丸園地の大きな駐車場に留めてロープウェー駅まで歩いて行った。

ロープウェー駅までの遊歩道にはアザミや秋の花が咲いていてさっそく山の気分にさせてくれた。

ロープウェーは10分ごとの運行なので密にならず、行列もできていなかった。

下界はいい天気なのだが、那須岳の上空は雲がおおっている。

このときはまだ山頂は雲の下に見えていた。土曜日なので子ども連れの登山者も多く見られた。

先の投稿した速報でも紅葉にふれているが、私が見たかった紅葉は、一般的な樹木の紅葉ではなく、ナナカマドなどの小灌木と笹の緑とのコントラストだった。

一般的な紅葉は10月中旬過ぎからが見ごろのはず。南月山の斜面もまだ紅葉には早いようだ。

山頂に近づく頃から周囲がガスってきた。

茶臼岳の火口の周囲を時計回りに進むと最高地点手前に鳥居があった。

このあたりから強風が押し寄せてきた。

強風にあおられると体がもっていかれそうになる。

足元が溶岩の角張った大きな岩なので気を付けながら歩く。

山頂から火口の縁を時計回りにすすむ。峰の茶屋跡の峠を見下ろす地点があった。

あいかわらず強風。どしんと体にぶちあたってくる。

火口の縁を回り込んで東側になると急に風あたりが弱まった。

那須野が原をみわたす。

岩に秋色の飾り。

赤い胞子の袋?をつけた地衣類。

このあたりの岩陰で風をよけながらお昼の休憩にした。

コケモモ。

朝日岳の尾根の紅葉。笹の緑に対して灌木はもう茶色になってしまっていた。

朝日岳と峰の茶屋あとの避難小屋。

峠に近づくとふたたび強風が体を持っていこうとする。

峰の茶屋跡から茶臼岳を振り返った。ちょっと東側に寄るだけで風が弱くなる。

こちらは朝日岳の紅葉した斜面。

出発が遅くなったので旭岳は割愛して茶臼岳の北面にそって歩きやすい道をくだっていった。

ヤマアジサイの咲き残り。

下に降りて樹林帯にはいるとナナカマドが実をいっぱいつけていた。

満杯で車をとめそこねた峠の茶屋の駐車場に近づいた。

山の神の獅子。

ようやく駐車場の上についたが、私たちはこのあとさらに200mほどしたにある大丸園地まで歩かなくてはならなかった。

山頂や峰の茶屋付近では強風にあおられておちおち休憩もできなかったが、初秋の景色を楽しむことができた。

今回は朝日岳を割愛してしまったが、また来ることができたらぜひそこまで足を延ばして娘にすばらしい紅葉を見せてやりたい。

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秋の日光白根山(2014年10月1日)

2023-09-02 13:37:25 | 日光・足利山地・那須・筑波とその周辺の山

前回は28年前の日光白根山を投稿したので、今回は9年前、10月1日に登った時のことを投稿する。

この時は、娘と義兄を誘って3人で、ロープウェーを使って登った。

ロープウェーを使うと駅からは2時間半の行程だ。

 

 

この日は曇りだが、雨が降る心配はなさそうな日和。

 

スキー場の中を登っていく。

 

8時半に歩き始めた。さっそく赤い鳥居と紅葉のお出迎え。

深田久弥の百名山では、昔は群馬側が表の登山口だったが、地名に残るだけで道は跡形もないと書いてあるが、ロープウェーができたことでその表の登山道が復活したわけだ。

この鳥居もロープウェーにあわせてつくられたものだろうと思う。

 

静かな林間の道を歩いて行く。ここはロープウェーからの散策コースとして整備されていて、標識も完備している。

まわりの人は完全装備の雨支度だ。

 

針葉樹林のむこうに色づいた落葉樹も。

 

散策コースの奥の避難小屋をすぎるといよいよ白根山上部本体を登る登山道に入っていく。

白根山の西斜面をトラバース気味に登っていく。

 

折り返して今度は山頂へと北上する。森林限界をこえたこのあたりからガスが濃くなってきた。

 

斜面に張り付くように生えている背の低い石楠花と火山岩。

 

いやあ、ますますガスが・・・。足元しか見えんじゃないか。

 

ようやく山頂近くに立つ祠に到着。でも山頂が見えない。

すぐそばにあるはずなのに。標識で方向を定めて、探しながら歩く。

日光白根の山頂は複雑な地形をしていてあちこちに火口跡のくぼみがある。

 

ようやく探し当てて、10時40分に山頂到着。鳥居のところから2時間10分でついた。

ガスがなければ大展望を楽しめるのに・・・。でもこの日は待っても無駄という感じだった。

 

濃いガスと風で体が冷えてきたので風下の岩陰にはいって休憩。11時10分に五色沼へと出発。

山頂から東南東へと急斜面をくだる。

 

300mほど下るとやや平坦なところに出て、枯れた草が秋を告げていた。

谷間にある五色沼の分岐に避難小屋が建っていた。

 

その谷をさらに50mほど下っていく。

紅葉と黄葉が重なりあっていて美しい。

 

山頂から1時間ほどで五色沼に到着。

周りの斜面は秋らしい彩になっているが、ガスが流れて静かで神秘的。

 

カラマツも色づき始めていた。ここで少し休憩。

次に、弥陀がヶ池へと80mほど登り返す。

 

みごとなナナカマドの紅葉があった。

 

弥陀ヶ池もガスにつつまれていた。上空は明るいらしく水面は光を受けていた。

 

座禅山と奥白根山との鞍部へと登り、今度は反対側へとくだる。

28年前の夏の時は、この左の斜面がマルバダケブキの大群落だった。

 

オレンジ色にそまったナナカマド。こんな色合いも好きだ。

 

下りきるとそこはロープウェーから続く周回遊歩道の一番奥のあたり。

ここからは歩きやすい道がつづく。

 

ロープウェーの山上駅に戻ると日差しがもれだしたが、白根の山頂はあいかわらずガスの中だった。

日光白根山の登山コースとしては一番楽で変化にも富んでいていいコースだと思う。

また誰かと歩いてみたいコースだ。

 

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ダケブキ大群落、28年前の日光白根山(1995年8月27日)

2023-08-30 16:07:16 | 日光・足利山地・那須・筑波とその周辺の山

男体山に登って日光白根山の記録も残しておこうと思っていつ行ったのか調べてみた。

1995年8月だった。もう28年も前、48歳の時だ。

もちろんデジカメの時代ではないのでプリント写真なのでスキャンしてデジタル画像に変換した。

一度記憶を頼りにこれを書いて投稿したが、その後ワープロで記録を書いていたことを思い出したのでそれを読み直して書き直した。

 

この時は、前夜夕食をすませるとすぐに出発し、途中のコンビニで朝食と昼食用におにぎりやサンドイッチを買い込んだ。

関越道の沼田から尾瀬への道に入り、途中から金精峠へ向かった。街灯もなくなり、漆黒の闇の中を走る。

菅沼登山口の駐車場で車中泊。夜空には天の川が浮かび、白鳥座の十字がすぐに見つかった。

 

歩いたコースは菅沼から座禅山のふもとをかすめて弥陀ヶ池、白根山、前白根、金精山とめぐり、金精峠から菅沼に戻った。

結構がんばって歩いている。まあ、まだ若かったし、早朝出発で時間的にも余裕があった。

 

夏休み中とあって夜中まで走る車の音とライトで時々起こされたが、ふと気が付くと朝の5時をまわっていた。

お湯を沸かして紅茶を入れ、サンドイッチで朝食。5時20分出発した。

 

駐車場のはずれの林道にも車がたくさんとまっていてテントもあった。

 

夏も終わりの8月27日だったけど、花がたくさん。

ハンゴンソウだろうか。

 

カニコウモリらしい。当時は花の名前もあまり知らなかった。

 

マルバダケブキが一面にみられるようになった。これは名前を知っていた。

 

急斜面のジグザグの登りを終えると弥陀ヶ池のほとりに出た。

池の向こうにはこれからめざす奥白根山がどっしりと見える。

 

 

池のそばの斜面にはマルバダケブキの大群落。

 

池のほとりから山の斜面までマルバダケブキが覆いつくすように咲いていて、まわりは電気柵で囲まれていた。

最近のヤマレコなど山行記録の写真を見ても、同じ時期でもこんなに咲いている写真は見かけない。

防護処置もむなしく、鹿などの食害で数が減ってしまったのかもしれない。

 

弥陀ヶ池から白根山と座禅山の鞍部にあがり、そこから白根山頂をめざす。

 

途中で一緒になった中年のご夫婦と前後しながら登っていくと、花の斜面から弥陀ヶ池を見下せるようになった。

奥は温泉ヶ岳(ユセンガタケ)。

若いころ金精峠を越えて温泉ヶ岳、根名草山をとおって加仁湯まで歩いたことがあったっけ。

東を見ると雲を被った太郎山も見えてきた。

 

見上げると頭上に大きな岩塊がせまり、なかなかの迫力だ。そして足元は火山らしく岩がごろごろ。

 

 

そろそろ頂上台地の一角にたどりついたようだ。

 

かなり登ってきたところにもハンゴンソウらしいき花がたくさん。

それにしても花が豊富な山だったんだなあ。

 

山頂は広い火口原といくつかのピークでできている。

 

2578mの山頂に到着。弥陀が池から登ると2つ目のピークが山頂だった。

 

まだ朝の8時だが、コンビニで買った海苔巻きとお稲荷の寿司を食べた。

かなり汗もかいていたので、お湯を沸かすのはやめて水を飲んだ。

ところがポリタンの周囲が濡れている。よく見たら、プラスチックのふたが劣化してひびが入っていた。

休憩していると、それまで雲に隠されていた男体山が姿を見せ始めた。女峰山も見えてきた。

 

この祠は山頂の祠。最近投稿されている山頂写真の祠と少し違うように思う。

新しくなったのだろうか。念のため9年前に登った時の写真と比べてみたらやはり新しくしたようだ。

 

山頂から奥白根の火口原とその縁にある祠の方へと下る。

そのあたりは富士山の須走のようなザラザラの道だった。

 

五色沼が見えている。右の岩の向こうが前白根山。

五色沼を囲む稜線を歩いて左端の五色山をこえて金精山へむかった。

五色沼避難小屋付近ではふたたびマルバダケブキが増えてきた。

避難小屋から五色沼の外輪山へと登り返し前白根山へ。そんなに長い登りではないのだが疲れてきて度々立ち止まった。

前白根から奥白根を振り返ると右手前に五色沼をしたがえてなかなか迫力のある姿をしていた。

この写真も撮ったのだが、このあたりでカメラが不調となり、このあとも写っていたかった。

前白根からうっかり湯元へ下りそうになったが、すぐに気が付いて五色山へとむかう。

金精山から金精峠への下りが最後の難所。尾根をはずれて丸沼側のほとんど崖という急斜面をくだり、その後トラバースして峠に飛び出した。

峠の祠は、20年前に温泉ヶ岳から加仁湯への旅でみたものと違ってコンクリート製になっていた。

最後、金精峠から菅沼まではそれほど急なところはなかったが、地質がもろいのか道が雨でえぐられ、石がごろごろしていた。

30年近くなると記憶もあやふやだったが、見つかった記録で確認してそれほど間違ってはいなかった。

12時40分、菅沼に戻り、車で湯元に出て風呂に入ってから帰った。

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絶好天の男体山(2023年8月25日)

2023-08-26 19:26:07 | 日光・足利山地・那須・筑波とその周辺の山

8月25日、好天を見定めて、日光の男体山に登ってきた。

ここの所、猛暑とあって連日あちらこちらで雷雨が起こっている。

でも昨日はかなり安定した晴れが期待できた。

男体山は初めて。これまで何度も候補にあげてきたのに、その都度ほかにまだ登っていないいい山があると後回しにしてきた。

実のところ少しビビッていたのだ。

 

朝4時起きで4時半には埼玉を出発。中宮祠には7時ちょうどについた。

二荒山神社の登山者用駐車スペースは満杯。

でもよく見るとその奥の参集殿の駐車場が登山者の臨時の駐車場とされていたのでそこに駐車した。

 

 

まずは受付で1000円支払う。男体山登山と記された守護札を渡される。つまり入山料。

 

ここは朝6時に開かれるそうだ。

 

いきなり階段! 最初は広い山すそをゆっくりと歩けるのだと思っていた。

社殿の敷地を確保するために平地を切り開いた分、最初は階段になってしまうということだろう。

 

男体山は、最初から最後まで登り。3合目と4合目のあいだの治山道路を歩く部分を除けば終始直登だ。

だからなんとなく後回しにしてきた。でも後期高齢者となってしまったので、登るなら今のうちだ。

 

笹におおわれた斜面に原生林の森が広がる。割と見通しのいい森だ。

最近登った赤城山地蔵岳の北斜面とよく似ている。

 

出発点の二荒山神社が標高1275mくらい。山頂が2486mだから標高差1211mをひたすら登り続ける。

木の葉が日差しを遮ってくれるので涼しくて気持ちがいい。

 

7時15分に登り始め、35分にこの2合目の石碑の脇を通った。

最初はここが1合目だと思って、ここにもそう書いていたが、1合目は階段が終わって山道に入るところにあるそうだ。

 

さらに10分ちょっと歩くと、苔むした土留めの石垣が現れた。

 

そのすぐ上で治山工事の舗装道路にでた。

ここから4合目までこの道を歩く。

 

朝日がさしこむ木陰の道。

 

白い花がたくさん咲いていた。

野菊はみんな似通っているが、こないだ名前を覚えたシロヨメナに似ていると思う。

 

道路の折り返し点のひとつからようやく中禅寺湖の一部を見下ろすことができた。

 

アキノキリンソウらしい花もたくさん咲いていた。

 

針葉樹が多い原生林の中にダケカンバが顔を出した。

標高は1600mを超えたはずだ。

 

8時13分。4合目の登山口についた。

ここからふたたび直登が連続する山道を登る。

 

そこで水分補給と羊羹をたべて急登にそなえた休憩をとった。

その間に、次々と登山者が登ってくる。外人さんの姿も何組かあった。

 

7分ほど休憩して、いよいよ岩々の山道に踏み込んだ。

いやいや、なかなかの急登だ。けど、標高が高いので涼しさに助けられる。

 

20分ほど登ると五合目と書かれた建物があった。

急な雨位は避けられる避難小屋を兼ねたものだろう。

 

こちらは立派な石碑。草に埋もれかけているので歩くコースによっては気が付かないかもしれない。

 

岩が大きくなってきて足元に集中する必要があるが、時々青空を映した中禅寺湖が見える。

 

ちょっとめだつ岩場があった。このあたりが6合目だろうか。

 

湖が見えそうだが、残念ながら木に邪魔されていた。

 

このあたりからヤマハハコが姿を見せ始めた。

 

タデ科の花も。

 

さらに登ると湖を見下ろす角度がだいぶ違ってきた。

それだけ高く登ってきたのだ。

 

9時33分、七合目の建物に到着。五合目から1時間近くかかってしまった。

歩きにくい岩場の連続でペースがあがらない。

いやいや私はこういうところで無理をするとあとで足がつってしまうので自分のペースを守るしかない。

 

ここにも建物の近くに七合目の立派な石碑。

 

ヤマハハコと岩々の道。

 

10時5分。鉄製の鳥居をくぐる。

 

その近くの朽木にりっぱなきのこ。

近くの倒木の陰には手のひらサイズのものもあった。

 

鳥居から10分ほど登ると社殿らしい建物があらわれた。

 

八合目の滝尾神社だった。

滝尾神社は東照宮の裏手にあるが、ご神体山の男体山にはいろいろな神さんが祀られているようだ。

 

岩の割れ目の中にも小さな祠が祀られていた。

 

八合目をすぎて少し登ると急に周囲の雰囲気が変わってきた。

岩に替わって火山性の砂礫があらわれた。

 

傾斜はこれまでよりゆるくなったが、土留めをかねた木の階段や土嚢などがたくさん。

 

その途中にある九合目の石碑。実は登りでは見落として気づかず、帰りに写したもの。

 

このあたりまでくれば展望が開けると期待していたけど、あいかわらず周囲は針葉樹の樹林。

 

いよいよあたりの木も背が低くなってきた。山頂は近いぞ。

 

やあ、ようやく戦場ヶ原が見えたぞ。

 

その向こうには、関東以北最高峰の日光白根山。

まだこのブログでは紹介していないけれど、この山も2回登っている。

いい山だ。

 

振り返ると赤茶けた山体と樹林をこして中禅寺湖やその向こうの半月山が見えている。

 

山頂の左手には太郎山神社らしい建物とそこに向かう人影も見えた。

あと一息だ。

 

溶岩の塊がごろごろした赤い砂礫を踏んで山頂へ向かう。

 

着いたぞ。山頂の二荒山神社の鳥居と社殿の覆いがみえる。

 

鳥居をくぐって社殿の前へ。11時10分。出発から4時間弱だった。

地図のコースタイムでは3時間50分なので、まあまあのペースだった。

何人にも追い越されたので、後半はだいぶ遅れていると思っていた。

でもこの日は早起きした割には体調もよくてあまり苦しいとは感じていなかった。

 

広い山頂の一角に立つ二荒山大神のブロンズ像。

 

中禅寺湖とその奥に千手ヶ浜、西ノ湖。

 

残念ながら日光白根山には雲がかかってしまった。左側の山は宿堂坊山かな。

 

岩にカメラを置いて自撮りで記念撮影。

 

まずは太郎山神社に行ってみた。

途中から男体山の最高点をパチリ。最高点には大きな剣が立てられている。

この写真の右手の岩の上。

 

男体山の噴火口を囲む外輪山の一角にある太郎山神社。

中禅寺湖や戦場ヶ原北部が見渡せる。

 

その途中で、それまで山頂を隠していたお隣の太郎山が全身をあらわした。

戦場ヶ原散策以来、日光づいているので、ついでに太朗山にも登ってみたいな。

 

ここからは中禅寺湖のほぼ全体が見える。

 

男体山を振り返る。

 

男体山の爆裂火口壁と太郎山。

男体山は、火口の北側が崩壊しているので火口を一周することはできない。

 

さて今度は三角点と剣がある最高地点へ。

でもこんな広いところなのに油断してころんで腕に擦り傷をつくってしまった。反省。

 

剣を写真に撮ってみたが。青空に溶け込んで見えにくい。

 

三角点のある北側に回り込んでシルエットにしてみた。

これなら形がはっきりわかる。

 

ついでに三角点も。三角点は2484.2mだ。

ちなみに、剣のある最高点は2486m。

 

三角点付近からは戦場ヶ原北部の光徳牧場や付近にあるホテルなどが見える。

左の尾根の鞍部は金精峠。そこから温泉ヶ岳などの山々。

その手前は、湯ノ湖と光徳牧場のあいだにある三岳と呼ばれる溶岩ドーム(だろう)の連なり。

周囲の山には積雲がかかっているが、男体山の上には雲がない。

それに入道雲はどこにも見当たらない。

 

めずらしく開花しているリンドウを発見。

 

これは山頂の一角から華厳の滝付近をみおろしたもの。

少し雲がわいてきて、こちらに近づいてきた。

 

でも、下山をはじめるまで、男体山の山頂は晴れていた。

帰りの東北道でも見回してみて関東平野周辺には、丹沢方面にやや高い雲が見えただけで、あとは青空に綿雲があるばかり。

今回は天気の狙いもずばりあたり、体調もよくて気持ちのよい山歩きとなった。

 

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雨上がりの戦場ヶ原(2023年6月30日)

2023-06-30 18:26:23 | 日光・足利山地・那須・筑波とその周辺の山

蒸し蒸しと暑い梅雨時には、あまり汗をかかずに歩ける戦場ヶ原に行こうと友人と約束していたけど、雨で2回延期。

とうとうクリンソウやズミの時期は終わってしまった。

でも3度目は、小雨決行と30日に3人で出発。

ほんとうはつれあいも含めて4人のつもりだったが、つれあいはやめるという。

 

遅めの7時半にさいたま市を出発し、戦場ヶ原には10時に到着。

でも、残念ながら雨が降っていた。

私は予定の範囲内と思っていたが、友人たちのモチベーションがあがらない。

そこで赤沼を通過して、湯ノ湖に行って湯滝見物。

傘はささなくても大丈夫な程度の雨の中、湯ノ湖と湯滝を見物。

湯ノ湖では、湖に入って釣りをしている人がいた。

 

その後赤沼に戻って、せっかく来たのだし、戦場ヶ原の一部でも歩こうと空身で自然研究路を歩いた。

次々と小学生の団体に出会う。昔の林間学校。今は移動教室と言うそうだ。

元気よく「こんにちわ」とあいさつされるが、大勢が相手のこちらは返しきれない。

 

展望台から男体山をながめる。ぽつぽつとレンゲツツジが咲いていた。

ほかで見たものより少し色が淡く感じる。

11時半近くなると、雨がすっかりあがって空も心持ち明るくなったようだ。

そこで赤沼に戻って食事をし、それから小田代原まで歩きなおすことにした。

 

食後12時半ころに赤沼を出発。

同じ道ではつまらないので湯川の橋のところから別ルートで小田代原をめざす。

こちらは静かな林間の道。ほとんど人とは出会わない。

 

小田代原は周囲を道が周回している。

私たちは反時計回りで歩いてみた。

しばらくは林間の道が続いて原はみえないが、10分ほどで開けてきた。

アヤメの群落があった。

 

湯滝方面との分岐から小田代原展望台へとむかうと花の種類が増えてきた。

 

ヤマオダマキ。

イブキトラノオ。

 

戦場ヶ原のアヤメはこぶりで、ほかの草や灌木におおわれた感じ。

なかなか写真にならない。

ようやく近くで少し大きめの株がみつかった。

 

小田代原展望台に近づくとようやく広い原が見渡せるようになってきた。

白いシラカバの木とレンゲツツジ。

 

午後2時20分、小田代原展望台に到着。

 

午後は雨もあがってゆっくりと歩くことができた。

ここから千手ヶ浜からくる低公害バスを利用して赤沼に戻った。

交通系ICカードが使えるのだが、私は持ってくるのを忘れたので現金で500円。

ちょうど午後3時に赤沼に戻る。

この日は、雨のために予定をかなり変更したが、帰りはほぼ予定どおりの時間になっていた。

 

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