11月8日、およそ1か月半ぶりに山歩きに出かけた。
目的の山は奥武蔵の伊豆ヶ岳。3回ほど登っているが、いつも正丸からだったので、今回は西吾野から東尾根を歩いてみた。
東尾根は山頂から東にほぼ直線的に3kmほど伸びている。
西吾野駅を8時30分に出発。
国道に出て少し子の権現の方向に歩くと小さな橋がある。
ここから入るのだが、奥で伐採の作業をしているらしく橋の反対側は柵がしてあったので、脇を抜けてはいった。
作業用の林道がつくられているが、そちらには行かず古い山道をたどる。
斜面の林に入るところに小さな標識がつけてあった。
本陣山は、これから登る峠の北にある442mのピークだろう。
これでこれから越す峠が森坂峠というのだとわかった。
わずかな登りで峠に到着。
峠にも小さいがきれいな標識がつけてあった。
上の写真は、峠道から反対側の道路に出たところ。
そこにも小さな標識が立てられていた。
「伊豆ヶ岳、東尾根」と書いてあった。
これをみるとこの尾根の利用者がけっこういるのだと思ったが、このルートを紹介したい人がいるということだった。
峠からでて右へ少し歩いて橋を渡り、橋の反対側を今度は左へと300mほど歩く。
下久通(しもくずう)の民家が数軒あるところの電柱にやはり小さな標識が。
山の斜面をみると鳥居が見えていた。
ここが東尾根の取りつきだ。
鳥居には琴平神社とあった。
ほんとうに山の鼻の付近には金比羅山がよくあると思う。
ここは里宮らしく、左にまわるとすぐ裏の斜面に登る道があった。
ほんのわずか登ると尾根が見えてきて、やはり社殿が見えてきた。
足元は幅の狭い自然石の階段で危なっかしいが、パイプの手すりがつけてあった。
社殿に琴平神社の扁額。ここが本宮なのだろう。
尾根に向かいながら振り返るとかなり粗末な建物だ。
そのわきには大きな樅ノ木。
スギの木におおわれた尾根を歩いていると足元に茶ノ木の花。
人が植えたものか自然に増えて広がったものなのか。
そしてかなり太い樅ノ木が杉林の中で目立っていた。
急斜面を登ったところに赤と黄色のテープがまかれた木があった。
尾根から急斜面をくだる地点なので間違えないようにと巻いているのだ。
ようやく歩きやすい尾根になり行程がはかどる。
しかし上の写真のところで道なりに歩いて行ったら、なんだか踏み跡の気配が薄くなった。
散らばっている小石のせいだろうと思っていたら、その先で突然踏み跡がなくなった。
左右の斜面にみだれた足跡があるがその先が道らしくないし、いやに下がっていく。
地図を取り出してみると、ルートならこんなに下がらないはずだ。
そこで写真の地点まで戻ってみたら、北に折れて踏み跡が続いていた。
木に巻いてある白テープはその目印だったのだ。
その先も急斜面だった。
ジグザグに道をつくれるところだが、そんなに通る人が多くないのでそんな手間はかけていない。
そして登りきると、写真の柱に「貉入(ムジナ入)」と書いてあった。
なぜかその柱にはムジナならぬ猫のドラえもんが・・・
東尾根は地図で想像していたより急斜面を登るところが多かった。
そうやっていくつもピークを越えていく。
そうやって繰り返しているとそろそろ目の前のピークが山頂ではないかと期待してしまう。
そんな期待をなんども裏切られて、今度こそはと急斜面を登りつくと写真の標識。
670mのピークは尾根全体の3分の2の地点だ。
まだまだ先は長いぞとがっくり。
尾根に岩場が混じるようになってきたが、基本的に土の尾根がつづく。
次第に踏み跡自体が目立たなくなってきた。
でもあとは尾根を外さずすすむだけだ。
尾根自体がかなり急な登りになってきた。
そしてこのルートでほぼこの1か所だけ付近の山が見通せた。
たぶん子の権現の方角だろう。
その先で尾根の正面が急峻な壁になっていた。
みんなの足跡ではこの壁にむかって左にルートをとっていた。
左をみあげると土の急斜面にわずかに足跡が点々とついている。
いやいやこれはたいへんだ。
足を踏み入れるとグズグズと崩れていく。
足だけでは支えきれないところもあるので両手も動員して体重を分散させ、一足ずつそろりそろりとすすむ。
その地点を上から撮った写真。
ちょっとイメージはわかないと思うが、足を踏み出すまでほかにルートはないのかとだいぶためらった。
そしてその先もまだ崩れやすい斜面をトラバースして、ようやく山道に出ることができた。
手の泥をはたいてほっと一息入れた。
そこはもう頂上のすぐ下だった。
結果として強行突破してしまったが、もう少し下に戻って樹林の斜面をトラバースしたほうがよかったのだろう。
トラバース地点がよくわからないまま最上部まで進んでしまった結果なのだ。
12時少しすぎ、伊豆ヶ岳山頂に到着。
東尾根の琴平神社が9時半だったので、尾根を突破するのに2時間半かかったことになる。
予想以上に急なピーク登りが繰り返しあらわれる厳しい尾根だった。
それに最後の土の急斜面のトラバースは予想外の展開だった。
人の顔が彫られているレリーフがあるが、何なのか文字は読めない。
誰かを記念するものだろうか。
レリーフのそばの岩に腰かけて昼食。持ってきた魔法瓶のお湯でコーヒーを入れた。
山頂についたときに一人いたがすぐに下山した。
その後、若い男性と同年輩の男性年寄り二人が到着した。
木のま越しにみた関東平野。
こちらは武甲山の山頂部。
こちらは大持山。今年のうちにこの山を名郷から周回してみたい。
さて、予定通り天目指峠をへて子の権現へむかう。
このあたりでは伊豆が岳と子の権現のあいだは歩いたことがない。
東尾根のように全行程杉林というわけではなく、落葉樹林もある。
少しは秋らしい彩どりが期待できそう。
すぐに木段の登り返しがあらわれた。
伊豆が岳のすぐ南にある古御岳だ。
富士山吉田口の五合目が古御岳と呼ばれ、現在の富士山の前の世代の火山だったそうだが、この由緒ありそうな名前はなぜついたのだろう。
山頂には東屋もたっている。あまり人が来ないような山なのに。
私の知らない由緒があるのかもしれない。
歩いているとこんな温かみのある彩りもあった。
やはり秋の山はこれがないとさびしい。
でも大部分は杉林。尾根の上に岩のかたまりが鎮座していた。
こちらは今回で初めてで最後だったカエデの紅葉。葉が小さいのでイロハモミジなのかなあ。
またまたかなりの登り返しがあって高畑山に到着。
この尾根も地図で予想したよりかなりアップダウンがある。
「ナローノ」って何?
少し日差しがはいって明るいなと思ったら新しい送電鉄塔の工事をしていた。
鉄塔の工事は終わっているらしいが、送電線がまだ張っていなかった。
でも鉄塔のおかげで奥多摩の山々が見渡せた。
でもこの角度からだとどれがどの山だか???
方向から考えると棒の折山や奥多摩の御前山かもしれない。
少し右方向。より奥多摩方向だが、これでもよくわからない。
地図で考えると大持山とその奥が酉谷山かも。
尾根から見下ろしたところに舗装の道路が見えてきた。
ようやく天目指峠だ。
峠によくある石祠。
峠には休憩舎があった。
さあ、子の権現まであと一息、と思ったが、この先がまだ長かった。
天目指峠から子の権現までかなり登り返す感じだったので地図を見直すと、天目指峠が490mくらい。
そこからコブを三つ越しながら少しづつ高度をあげて、写真の祠のあるピークが610m。
この祠のピークで子の権現まであと500mだった。
そこを下るとようやく見覚えのある峠にでた。
この少し先が子の権現だ。
子の権現には寄らずにそのまま通過。
駐車場のところから雲一つ見えない関東平野の大展望が得られた。
あと1時間ほどで吾野駅に到着できる。
久しぶりの山歩きにしては少し欲張った行程で、しかも予想外の難所もあった山旅だった。