報道、とくにネット上に流れている様々の情報はかなり素性の良くないものがあります。今回それの最たるものがありましたので、少し意見を書きます。
下記の論文についてのニュースが論文の主旨をきちんと伝えていないようです。アブストラクト(概要)を訳したものを示しますので、論文の主旨をまずは虚心坦懐に受け取って頂きたい。
「Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes」
Jee Young Kim , Xinlai Cheng , Hamed Alborzinia , Stefan Wölfl
『Biochemical and Biophysical Research Communications』 Volume 472, Issue 4, 15 April 2016, Pages 585–591
Abstract
Low extracellular pH is not only the result of cancer metabolism, but a factor of anti-cancer drug efficacy and cancer immunity. In this study, the consequences of acidic stress were evaluated by applying STAP protocol on Jurkat T-lymphocytes (2.0 × 106 cells/ml, 25 min in 37 °C). We detected apoptotic process exclusively in pH 3.3 treated cells within 8 h with western blotting (WB). This programmed cell death led to significant drop of cell viability in 72 h measured by MTT assay resulting PI positive population on flow cytometry (FCM) at day 7. Quantified RT-PCR (qRT-PCR) data indicated that all of above mentioned responses are irrelevant to expression of OCT4 gene variants. Interestingly enough, pluripotent cells represented by positive alkaline phosphatase (AP) staining survived acidic stress and consequently proportion of AP positive cells was significantly increased after pH 3.3 treatment (day 7). In general, acidic treatment led to an apoptotic condition for Jurkat T-lymphocytes, which occurred independent of OCT4 induction.
(訳;[ ]内は筆者)
がん代謝だけでなく、抗がん剤の効果とがん免疫の結果、細胞外が低いpHとなる。この研究では、STAPプロトコール(2.0 × 106 cells/ml[細胞密度]、25分、37 °C)をJurkat Tリンパ細胞へ応用することにより、[低いpHという意味合いでの]酸性ストレスが引き起こす事象を評価した。われわれはpH3.3で処理された殆どの細胞が8時間以内にアポトーシス[細胞死の一形態]のプロセスに入ることをウエスタンブロッティングで検出した。このプログラム細胞死[計画的な自律的細胞死]は72時間後に測定されたMTTアッセイ法による細胞生存性を大幅に低下させ、7日後のフローサイトメトリー解析における[死んだ細胞が陽性になる]PI[プロピディウムアイオダイド]陽性群を増加させた。定量的PCRデータは上記した反応の全てがOCT4遺伝子類の発現とは無関係であることを示していた。興味深いことに、アルカリフォスファターゼ(AP)染色の陽性によって示される多能性細胞[と考えられるもの]は酸性ストレスを生き延び、pH3.3処理の後(7日後)、最終的にはAP陽性細胞の割合は有意に増加した。一般的には、酸性処理はJurkat Tリンパ細胞にアポトーシスを起し、これはOct4の誘導とは独立に起こる。
以上が論文の概要、つまり著者達が限られた語数で研究結果の趣旨を説明したものです。なるべく趣旨を変えないよう要約してみますと、
「培養細胞株として確立しているJurkat Tリンパ細胞をSTAPプロトコールのpH酸性ストレス刺激で処理すると、殆どの細胞は死滅した。そのことはウエスタンブロッティング法とフローサイトメトリー解析とで確認した。さらにMTTアッセイという細胞の呼吸を測定することで活性状態をみる解析法でも活性が低下していたので、殆どの細胞が死滅しているのは確か。このプロセスで、多能性獲得と有意に関係するOct4遺伝子の発現を調べたが、発現は変化していない。しかし、アルカリフォスファターゼ染色によって染まる細胞が少数ではあるがこの酸性ストレスを生き延び、7日後には数が増加した。しかしOct4の誘導はみられなかった。」アルカリフォスファターゼ染色によって染まる細胞はしばしば多能性を獲得した細胞のマーカーとして使われますが、それだけでは多能性細胞とは結論できません。だからOct4の発現を測定していたのですが、それは観察できなかった。もし、Oct4の発現も上昇していたら、それらの細胞を移植し、多能性獲得のさらなる証明をしていたでしょう。しかし、Oct4の発現上昇は起こっていなかったため、それはしなかったと考えられます。
要約といいつつ長くなりましたが、つまり、「酸性ストレスを生き残った細胞は多能性細胞なんじゃないか、と思っていろいろ調べたが、そうとも言い切れませんでした。」という論文です。この実験はがん幹細胞の発生についての考察とも言えるでしょう。某細胞の存在を証明するためにやった実験ではありません。
なぜがん幹細胞についてこんな実験をしようと思ったのか、については次に書きます。