無知の知

ほたるぶくろの日記

AIと5Gの発達で人々の仕事がなくなる!?

2019-11-11 08:22:00 | 日記
人々の不安を煽ってどんな楽しいことがあるのか知りませんが、仕事が無くなる無くなる、と若い人を追い立てている方がいます。なんとも悪質な嫌がらせ。

教育に携わっている方々、間違っても「そんなことじゃ、将来どんな仕事にも就けないぞ!」などと脅さないことです。

そんなことでは、そのあなたこそ、モラハラで職場を追われますよ。


秋には珍しい蔓性の花。何の花か。。。?(11/15追記、ヤマイモの花なんですね。こんな時期なのに!)

どんな技術も、諸刃の刃なのです。それこそ、ノーベル賞の元となったノーベル氏の世界への訴えであったのでは無いでしょうか?アインシュタインだって、原子爆弾の生みの親だ、という痛みを抱えておられた。しかし、彼の理論があって現在のGPSの実用がある。

どういう思想で技術を応用するのかで、人々を活かすか、殺すか、いかようにもなる。それはもうこれまでの歴史で、それこそ星のように例を捜すことができる。

いい加減、歴史に学びましょう。

あらゆる科学技術は「使い方次第」。

化学物質だって「毒」でもあるが、「薬」でもあるのです。

だから、AIだろうが何だろうが「使い方次第」なのです。人々を殺すのか、幸せにするのかはその技術をどのような思想の下に使うのかにかかっているのです。それなのに、あたかもAIが悪魔の技術でもあるかのように人々の不安を煽っています。

百歩譲って、技術が悪い用いられ方をした場合について考察しているだけ、と言うならば、それは認めましょう。しかし、だったら、良い方向へ用いられた場合についても考察し、社会全体の幸福へ向けて、どのような悪巧みを阻止する法整備が必要であるのか考え発信するべきです。

最近、「税金泥棒」発言をする方の例に観られるような、人々の「精神的劣化」こそが大問題。「基本的人権」を邪魔に感じる感性は「悪魔の感性」だと気付いて頂きたい。そんな人が現実にいるんだ、という事実を私は過去に身をもって体験してします。その時には、あまりに驚いていたのと、自己保身のため、戦うことをしませんでした。私のような方が大勢いらっしゃると思います。

しかし今は、そういう輩を野放しにしていてはいけない、と強く思っています。現在は周りにそこまで悪魔的な方はいないのですが、そこはかとない、倫理の低下を感じてはいます。ここは踏ん張りどころかもしれません。自灯明です。

格差を煽り、人々を競争させ、そして自滅させて行く。その何が楽しいのか。ちょっと極端ないい方をするならば、殆ど社会全体がローマの競技場状態になりつつある。

全ての人(「犯罪」者と人格破綻者は除外しましょう)の生きる権利を認め、生存を保証することは人類の義務。ホモ・サピエンスであって初めて可能となる社会のあり方です。

仏教で言うところの六道。天道、人道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道のうち、最近の社会は阿修羅道から餓鬼道をさまよっているように思います。弱肉強食とは「畜生道」の鉄則です。24時間戦う、とは「阿修羅道」の行動規範。常に競争を強いられる(特に学校や塾で)子どもたちは「阿修羅道」に閉じ込められているようなものです。

早く、そういう人間を台無しにする社会を止めにしないといけないのですが、阿修羅のごとき人間の何と多いことか、、、。勝ち組負け組、もそんな世界の価値観ですね。そういう中にどっぷり嵌まっている方とは普通に話しができなくなります。何を言っても、それは相手の方を貶める、邪魔をするために言っている、としか受け取ってもらえなくなります。哀しいかな。

しつこく言います。AIは医療、製造業、学術、様々な分野で人間を大幅に支援します。そしてその支援をどう利用するのかは「人間次第」なのです。

AIと5Gは危険な現場の仕事をロボットに任せることを可能にします。これまで、そのような現場にも人間が行って、仕事をしているのです。もちろん細心の注意をしても犠牲が出ました。この事実も言いようによっては仕事がなくなった、と言えるかもしれません。では、これまでのままが良いですか?

科学技術に見合った「精神的成長」「哲学的発見」が必須の時代に来ています。社会学者、哲学者のかたの活躍を切に望みます。

家事は科学だ!11 -台所洗剤の巻-

2019-11-10 08:56:37 | 生命科学
2年くらい前、いつも使用している台所用洗剤がいつもの購入先で急に見当たらなくなりました。仕方がないので、某大手通販サイトで買おうと思ったら、やたらに値段が高くなっている。

ひょっとして、と思い製造元のHPを観てみると、、
何と「3月で製造販売終了」とありました。

その洗剤の売り上げ成績など知る由もありませんが、少なくとも私は多分10年くらいは使用していました。とても洗浄力も強いし、香りもよし。手あれも少なく、私にとってはこれまででベストな洗剤でした。浸け置きしておけばかなりの油汚れが浮き、薄めた液を作るとそれでかなり多くのものを洗うことができました。

え〜! なんで〜!?
とはいっても、製造終了ではどうにもならず、仕方がないので次の台所洗剤を探すことにしました。丁度その頃別の会社で新製品が出たところだったので、それを試すことに。

香りがいくつもあったので、とりあえず無香料を含め3種類試し、ベストをチョイス。今に至ります。新しい洗剤は浸け置きに威力を発揮していますが、薄めた液では洗浄力が極端に落ちます。使い方は以前の洗剤からかなり変える必要がありました。

そんなこんなしているうち、そういえば過去に研究所で「ある会社」の台所洗剤を使っていたことを思い出しました。当時、使っていていい感じなので、その洗剤の製造会社をみると、おや?と思う会社でした。クレンザーでは有名ですが、台所洗剤も製造しているとは知らなかった。その製品、市中ではあまりみかけないものの、研究所ではそれが共同購入されており、しかも結構良かったのです。

で、ひょっとしてまだあるのか調べてみました。
すると、なんとまだ現役。しかもクレンザー等も絶賛販売中です。驚くべきはパッケージが全く変わっていないこと。凄いな。と思いました。

くるくると製品を統廃合し、変えて行く企業あり、全く同じものを半世紀以上作り続ける企業あり。企業の選択も様々です。しかし、少なくとも、この企業は同じものを作り続けていて、問題なく(かな)続いている。ひょっとして、私、こちらの製品を使おうかな、と現在検討中です。


東京国立博物館の酔芙蓉。もう季節の終わりですね。曇りで暗くて色がよくわかりません。残念。

一つは最近使い始めた新しい洗剤が今ひとつ気に入らないこともありますが、歴史の長い製品は安全に対する安心もあるからです。

以前書いたかもしれませんが、石けんで目を見張るような体験をしました。子どもが顔に吹き出物のようなものができ、石けんで丁寧に洗っても治りませんでした。それでは、ということで刺激の弱い石けんやら、いろいろ配合されている石けんやら、大分お高いものも試しました。

ところが良くならない。

困ったな、と思っていたところ、ネット上でどなたかが「牛乳石けんで良くなった!」と書かれていたのでした。

これがまさにビンゴ。子どもの吹き出物はすっかり綺麗になったのでした。敏感肌で、いろいろ配合されているものが良くなかったのかもしれません。シンプルで長く使われている製品の実力を思い知らされたことでした。

と、いうことで、台所洗剤もひょっとして、と思っているところです。試したら、また結果を書いてみたいと思います。

正倉院御物 @上野 2

2019-11-06 08:09:15 | 日記
あの頃は、正倉院の宝物は殆ど奈良時代の輸入品、と考えられていました。しかし、その後の研究で、逆に殆どが日本で作られたものだと判明したとか。
驚きです。
なぜなら、私が正倉院御物に魅かれた理由は、あまりに「いわゆる和風」からはずれた「コスモポリタン」な御物だったからです。職人の方たちが大陸の技術を習得し作成した。あるいは大陸の職人の方たちがこちらで作成したか。材料が日本のものであると証明されたので、製作は日本で行われたのだろう、と推測できます。

あの異国風の文物、文様が日本で作成されたとは。もちろんお手本はあったと思うのですが、単に舶来品を大事に保管したのではなく、それを日本で再現しようとしていた。あるいは日本の技術、文化として定着させようとしていた、ということになります。


修学旅行など、京都、奈良が大概セットで計画されます。しかし、私はその両者の違いにひどく混乱させられました。もちろん古代から近世の日本では滋賀(近江)、大阪も含め、首都がその近辺を連続的に移動したわけですが、その間約千年以上。

文化の背景から、何から何までが変化しています。もう少し、丁寧な計画が望ましいですね。

京都は平安以降、いわゆる今日的「和風」の原点を生成してきた歴史をもつ都市。誰もが「和風」と感じる文化のベースを作ってきた都市です。

しかし、奈良はそれ以前、大和政権確立過程の都市です。しかも、そのときの「日本人」とは、ルーツ的にもいろいろな人がいたのかもしれません。紀元600年頃には何故か天皇家が仏教なども取り入れようとしていました。考えてみますと、これは非常に不思議なことです。自身の家系は天孫であり、神事を行う。それなのに、異国の宗教を取り入れようとしているのです。

仏教の輸入は自身の権威の基盤を破壊することにつながりかねない、とは考えなかったのでしょうか?

さらに「文化」をもとめ、中国を超えて、さらに西のペルシャ、ギリシャ、ローマの文物も取り入れようとしていました。その痕跡が「正倉院御物」に見て取れるのです。初めてじっくりと正倉院御物を拝見したとき、凄まじいまでのコスモポリタンぶりに、私は「日本」の概念をちょっと揺さぶられた感がありました。

現代の日本人は、その後鎖国を400年近く経て熟成した日本文化の中で生きています。その感覚からすると、正倉院御物はもう「外国」なのです。

過去にあった、名コピー
「ディスカバー ジャパン」 そのものでした。


さて、ここ何年か京都へは訪れておりますが、奈良は訪問の機会がありませんでした。今回は令和天皇御即位の記念として正倉院御物の特別展が開催されるとのこと。特に「螺鈿紫檀五弦琵琶」は興味深く、これまで拝見したことが無かったため、出かけることにしました。

綺麗に赤くなって早めの秋を演出していました。

連休中とあって上野駅は人で一杯。公園内も結構な人出。平成館前のハナミズキも色づいて秋の風情を醸し出しています。

そして肝心の展覧会は
入場まで50分待ち。
ああやっぱり。

季候が良いので何とかなりますが、この待ち行列は感心しません。何度も恐縮ですが、気候も天気も良いので何とかなってるわけですが、もう少し工夫が欲しいところです。

ただし待ち時間はほぼ予告通りの50分でした。内部もそこそこの混雑でしたが一通り拝見できました。お目当ての琵琶はやはり姿が美しく、細工の細部も材料も素晴らしいものでした。琵琶の音色も再現されたものが流されていましたが、良い工夫だと思いました。楽器ですからね。音を知りたいと思うのは自然な流れです。

書などはケースに入れて覗き込む形の展示でしたが、上部に写真を展示して頂くと、遠くからでも拝見できます。「どうしても現物」とは思わない私のような人間もいるかもしれません。検討して頂きたいと思います。

外に出ますと秋を告げる萩が。




赤い萩もあります。



台風の影響か、どの植物も葉の傷みが目につきました。今年は本当に大変な秋でした。本格的に寒くなる前に、暖かい環境が整備されると良いのですが。

正倉院宝物 @ 上野 1

2019-11-05 18:17:44 | 日記
私、中学の修学旅行は京都・奈良でした。

もう数十年前のことです。
型にはめたような、事前の準備もほとんどない修学旅行でした。何も知識を持たない状態で、中学生集団がバスで次々に寺社を巡るのです。なんとも味気ないものでした。

私がそのとき唯一持っていた知識は法隆寺の五重塔が世界最古の木造五重塔であることぐらい。流石に法隆寺では悠久の時を想い、心に響くものがありました。

その修学旅行と、その後の私的な旅行で、京都、奈良の組み合わせとは実は微妙なものだと気付きました。

あまりに上手に観光地化していた京都はまるで作り物のように感じられ、かえって素朴で設備も整っているとは言い難い奈良に魅かれました。特にあれだけ名高い法隆寺が田畑の中にぽつん、と存在している様には本当に驚きましたし、信じられない思いがしました。


東博のお庭です。春とはうって変わって静かな秋の風景。紅葉にはまだ早い。

それ以降、何度も奈良には通いましたが、とりわけ記憶に残っているのは、『正倉院展』です。大学院の頃、数年続けて行っていました。毎年、今年の目玉は何か、いろいろ下調べをして現地へ向かいます。

10月の末の奈良は既に晩秋。街路樹のポプラが発光するような紅葉をしていて、澄んで冷たい空気と共に、私の記憶に刻み込まれています。そうして奈良国立博物館にたどり着き、正倉院展を鑑賞したのでした。

それは良くないことだったのかもしれませんが、それほど人出も多くなく、どれもゆったり拝見できました。(続く)

どうやら自分で考えないとだめそうです

2019-11-03 18:35:55 | 日記
先日から日本の防災の現状、特に治水に関する状況に危機感を抱いています。

千葉の洪水については下記のような報道がありました。
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2019年10月28日 夕刊(東京新聞)
「千葉大雨 水位観測所4カ所故障 大雨前から 県、自治体に伝えず」

二十五日の大雨で氾濫被害が発生した千葉県佐倉市の鹿島川で、県が設置した水位観測所一カ所が八月末から故障 したまま観測不能の状態だったことが分かった。県が二十八日に発表した。県によると、故障による避難の遅れなどはなかった。県河川環境課は「修理を進めて いた途中に大雨が降り間に合わなかった。(防災上の観点から)あってはならないこと」としている。 (中谷秀樹)

 県によると、故障していたのは鹿島川の馬渡(まわたし)観測所で、八月二十九日から観測不能だった。センサーで水位を観測する装置が、落雷で電気系統に異常が発生したとみられる。

 他にも千葉市や市川市、富津(ふっつ)市などの七河川、計八カ所の観測所で、落雷などによりデータや電源の異常が確認されている。このうち三カ所は馬渡観測所と同じく大雨以前から故障していたが、県はいずれの流域の自治体にも故障を連絡していなかったという。

 鹿島川では、大雨の前から氾濫を警戒していた佐倉市が二十五日から二十六日の間に故障に気付き、県に「観測データの数字がおかしい」と連絡。川は 二十五日夜、馬渡観測所から約五キロ下流の同市田町の鹿島橋付近で氾濫が発生したが、市職員や地元消防団が水があふれたことを確認し、住民に避難を促した。

 県の水防計画では、氾濫の危険を自治体や住民に知らせる「水位周知河川」が定められている。鹿島川は含まれていないが、佐倉市危機管理室の担当者は「水位のデータが活用できれば、より迅速で的確な避難指示ができたはずだ」と話している。
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あちこちの観測所が機能していないにも関わらず、その情報が自治体に共有されていない、とは信じられない思いです。


東京国立博物館のユリノキ。台風でかなりダメージを受けた様子。写真右側の枝が大分少なくなっています。折れたので、整理されたようです。

これは根が深い、と思うのは伝統的な治水施策に対する自治体の理解の浅さ。千曲川の霞堤の問題です。
NHK報道では次のようなものでした。
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千曲市は霞堤の閉鎖も検討すべきだとしている。市の訴えの背景には、霞堤周辺の土地の利用の変化がある。住宅が立ち並ぶ場所には、かつて田畑が広がっていた。しかしその後、区画整理が行われ、次々に住宅が建てられていった。市は霞堤を管理する国と閉鎖に向けて協議を始めたいとしている。

しかし河川工学を研究する埼玉大学の田中規夫教授は霞堤を閉鎖した場合、下流の堤防が決壊する危険性が高まるとして、慎重に検討すべきだと指摘する。
さらに田中教授は閉鎖せずに霞堤を生かした対策があると指摘。
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千曲川の伝統的な治水工法「霞堤」について、市長は「霞堤」のために洪水が起こったといい、専門家は「霞堤」があったからこの被害で済んでいるのだ、という。そもそも「遊水領域」=「浸水可能領域」の設定が甘かっただけ?という気がします。
大体区画整理の際に住宅地として適しているのかどうか、の検討はなされなかったのでしょうか?
その検討を誰がどうやるのか、いわゆるデマケのつきにくい問題なんでしょう。大きな問題は関係各所が協力してやらないといけないのでうまくいかないんでしょう。

もう少し、真面目に治水や防災を考えないとダメかもしれません。
このような報道もありました。
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茂原中央公民館はこれまでの25年間で3回浸水。知っている人は誰も避難しない。でも避難所に指定されている。
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防災は365日、毎日のタスクではない。
おそらくは数十年に一回の頻度であるため、行政機関、そこにお住まいの方にしても、一生出会わずに済む方もいるかもしれません。
しかし、だからといって25年間放ったらかしというのはいかがなものか。

自治体は避難所を設定しなくてはならないので、なんとか設定した、ということのように見えます。本当に安全な避難所かどうかは保証の限りではない、ということです。

私の住む自治体の防災マップもありますが、地震の時の避難所がなんと海の出島のようなところの公園。
津波が来たらどうするんでしょう?
あの辺りの土壌は液状化するんじゃない?
など、疑問で一杯。

家の方針としては井戸のありかを確認して、その近くの避難所を目指すことにしています。自治体の設定は残念ながら信用できないものです。とりあえず人数と場所の面積を決められた数値に収めたというに過ぎないようです。