~八ヶ岳の滝雲(南東風バージョン)~
5月になると、日本付近を通過した高気圧が日本の東海上で発達することが多くなります。
そのようなとき、八ヶ岳では特徴的な雲が見られます。 まずは、天気図から気圧配置を確認してみましょう。
図1 東海上で高気圧が発達する気圧配置
上図をご覧いただきますと、北海道の東海上に高気圧があり、九州の西の東シナ海に低気圧があります。日本付近から見て東の方に高気圧、西の方に低気圧という、「東高西低型」と呼ばれる気圧配置です。九州地方では等圧線の間隔が狭くなっており、このような場所では湿った空気が入りやすくなりますが、八ヶ岳付近は等圧線の間隔がまだそれほど狭くなく、また、高気圧の方向から等圧線が張り出している部分(図中の赤い破線)の近くにあります。これを気圧の尾根と呼び、高気圧同様、下降気流が起きて天気が良くなる場所です。
ということで、八ヶ岳山麓では快晴。お山の上でもごく一部を除いては晴れました。そのごく一部を写真1でご確認ください。
写真1 八ヶ岳で見られてた特徴的な雲
写真をよく見ると、八ヶ岳の奥側(東側)から雲が湧き出ているのが分かります。また、赤岳と阿弥陀岳の間でヒゲのような雲が垂れ下がっています(赤いカコミ部分)。
図1をもう一度見ていただくと、高気圧の周辺では時計周りに風が吹いているので、関東から西の地方は南東風が吹いています。山の天気は、「海の方から風が吹いてきたときに崩れる」という原則があります。八ヶ岳の南東側には太平洋があり、高い山があまりないので、太平洋からの湿った空気が富士川に沿って甲府盆地方面から入ってきます。それが八ヶ岳の斜面を上昇してできた雲が写真1の雲です(解説は写真2)。
写真2 写真1の解説
ところが、山を越えると下降気流になります。空気は下降すると温めれていき、雲は次第に蒸発していきますから手前側(西側)には雲がありません。
また、赤岳と阿弥陀岳の間は大きく凹んでいます。その低くなった部分を雲が通り抜けて下降しながら蒸発しているのが、ヒゲになっている(赤いカコミ)部分です。
さて、八ヶ岳にかかる雲は翌日になると増えてきました(写真3)。
写真3 赤岳~阿弥陀岳を境にして南北でくっきり天気が分かれた
赤岳~阿弥陀岳を境にして右(南)側では雲が稜線を覆っていますが、左(北)側では雲がありません。これは南東からの湿った空気が阿弥陀岳~赤岳の稜線で堰き止められていることを示しています。
図2 写真3を撮影した日の天気図
図2は写真3を撮影した日の天気図です。気圧配置は「東高西低型」で変わりませんが、図1と比べると、高気圧から張り出す尾根は不明瞭となり、八ヶ岳付近の等圧線の間隔も狭くなっています。南東風が強まり、湿った空気が入りやすくなったことで、写真3の時点では八ヶ岳にかかる雲が多くなったと言えます。このような気圧配置のときは、赤岳より北側の横岳以北の山に登ると雲に覆われる可能性が低くなります。
写真4 写真3の翌日、滝雲が現れた
次の日も同じような気圧配置が続きました。そして夜になると、滝雲が権現岳~編笠山の鞍部(あんぶ、低くなった所)から流れ出していきました。それは写真1の、赤岳~阿弥陀岳のヒゲ雲に似た光景でした。
写真5 写真4の解説
今回はヒゲ雲でなく、滝雲になった理由を考えてみましょう。ひとつは、図2の所で説明したように、写真1のときよりも湿った空気の勢いが強かったことです。さて、もうひとつの理由は何でしょうか?空気の気持ちになって考えてみましょう。
① ジメッとしたジメジメ君(湿った空気)が八ヶ岳に南東側か入ってきました。
② 編笠山が立ちはだかったので、「チッ。登らなきゃなんねぇな。」と仕方なく斜面に沿って昇っていきます。昇っていくにつれてジメジメ君の中の水蒸気が水滴に変わっていきます。周囲に雲が出来ました。
③ ジメジメ君は嬉しくなって、少しやる気を出しました。「ヨシ!もっと高く昇ってやる。」
④ 昇っていくと、上に安定した層がありました。ジメジメ君の天敵です。安定した層にぶつかると、それ以上昇っていけなくなりました。
⑤ ジメジメ君は、仕方なく、他に山を越える方法がないか探しました。
⑥ 「アッター!」ジメジメ君は編笠山と権現岳の凹んだ部分を見つけました。
⑦ ジメジメ君はそこを越えていきました。
⑧ 下るとジメジメ君は次第に乾いた空気に変わって「サワヤカ君」に変わりました。
⑨ ヤメテクレー!俺はジメジメでいたいんだ。
おわり。
ジメジメ君の気持ちにお付き合いいただき、ありがとうございました。ここに滝雲ができる原理が書かれてます。
滝雲ができる条件
① 湿った空気が強いこと
② 山の高さと同じ位か少し上の高さに安定した空気の層があること
③ 風がある程度強いこと
これらの条件が揃わないと滝雲はできませんので、ややレアな現象と言えるでしょう。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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