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GM vs. ポルシェに見る、アメリカとドイツの経営思想の違い (ヴィーデキングの著作を読む)

2008-11-29 | GMと米自動車危機
GMの10月のアメリカの販売はマイナス30%以上で、今やひと月に2000億円の現金が流出しているといわれ、年明けにも資金繰りに行き詰るという観測まで出てきた。融資は所詮無駄になるのは必定で、会社更生法を適応すべきという意見が強まっている。オバマ次期政権としても、経済への影響を考えるとビッグ3を破綻させるわけにはいかないだろうが、大胆なリストラと説得力のある再生プランが俎上に上らない限り、白紙の小切手は切れないとしている。11月の販売もさらに良くないし、来年前半まではこの低迷が続くとなると、一体GMに幾ら投入すれば済むのか、果たして立ち直れるのか、という疑問が深まっていく。

米国発の不況は全世界に波及しており、主要国製造業のエンジンというべき自動車にも減産の大波が押し寄せた。しかし、その中で、ドイツのVWやポルシェは、影響は受けながらも、今年最高益を更新する見込みだ。いずれも会社トップにエンジニアが座り、優れた製品を開発することに最大限の投資をしている会社であるが、ポルシェは2005年以降、欧州最大の自動車グループVWAGの株を買い進め、今や42%を握る最大株主であり、来年には75%を取得する意向を表明している。

ポルシェも1992年に現社長のヴィーデキングが就任した際には、赤字で風前の灯であったのだが、今や世界生産台数620万台とNO.3に躍り出たVWグループとタッグを組むことで、将来にわたる成長を磐石なものにしている印象である。 同じく91-92年にアメリカ経済の不況で経営難にあったビッグ3は、その後のニューエコノミーと大型車ブームで業績を回復し、2000年ごろには、GMがスズキ、スバル、いすゞ、サーブ、フィアットといった苦境にあった自動車メーカーを、フォードがジャガー、ランドローバー、ボルボを買収して規模の拡大を図ったわけだが、結局、デトロイトの両雄が、一昨年来の業績悪化と昨年の金融崩壊に伴い、これらの会社を手放し、今や自社自身が存亡の危機に瀕しているのとは、好対照を成している。

何がその違いを生んだのか。ヴェンデリン・ヴィーデキング ポルシェ社長が2006年に著した「Anders ist besser (逆転の経営戦略。株価至上主義を疑え。二玄社刊)」がちょうど出版されたので、手にとって見ると、その運命を分けた経営の考え方の違いが浮き彫りになってくる。

本書が執筆された直接の動機は、ポルシェがVWの株を買収し、経営権を握るという常識を覆す行動に出たことに対する、アナリストやメディアの批判に答えるためだと思われるが、そこには、ポルシェを瀕死の瀬戸際から再生させたこの優れた経営者の確固たる哲学とヴィジョンがあることが良く分かる(一般的に日本で読める経済・経営関係の書籍は、ほとんど米英のもので、ドイツやフランスのものは少ない。) ヴィーデキングが繰り返し述べているのは、企業にとって最も大切なのは、「株式価値」ではなく「顧客」であり、顧客価値を生むのは、従業員でありビジネスパートナーであるサプライヤーだ、という信念である。ポルシェは、4半期ごとの業績を発表することを頑なに拒んでDAXの指標銘柄からはずされているが、それは、どうにでも操作できる(!)四半期の決算書をよく見せるという罠から経営者を解放し、長期的な競争力と永続的な成功を収める唯一の基盤 -それは顧客のブランドへの「信頼」、を確立するために全力を傾けるためだという。 「商品やサービスに満足した顧客はその企業にとっての血液である。顧客は、株主、従業員、経営陣より上位に置かれねばならない(P.65)」と著者は繰り返し述べている。

これは、どこかでよく聞いたような話しではないか。そう、かのピーター・ドラッカーも「企業の唯一の目的は、顧客の創造である」と単純明快に述べたし、米国を始め世界でベストセラーになった「ヴィジョナリー・カンパニー(Built to last)」も、企業の成功の秘訣は、長期的な視野に基づく継続的顧客価値の創出にあると説いた(90年代半ばに出版された”Built to last”は、多くの企業内教育の教科書となったし、実際学ぶところが大いにあったが、そのvisionary companies として上がっていたブルーチップ企業の中には、Boeing, Sony, IBM, HPなど(FordやCitycorpもリストに入っている) その後10年のうちに苦境に陥ったことを思えば、本当に企業の長期的繁栄は容易ではない。

2006年といえば、日本でも一時盛んに言われた「株主価値による経営」や成果主義のマイナス面が強調され始めた頃だが、ヴィーデキングは強硬にこれらを否定し、企業のトップが従業員の雇用や満足に責任をもち、大企業が社会の模範となるべきという社会的倫理の重要さを強調している。株価至上主義を突き進んで今回のバブル崩壊に至ったアメリカや、アメリカ型モデルに追従しようと努力した結果、平衡と美徳を失いつつある日本の企業との違いが際立っている。 著者は、ドイツ企業や社会の現状にも、大いに疑問を持ち、、ドイツの大学の調査やアメリカの経済学者ケネス・ガルブレイスの言葉を引きながら、「大企業に愛想をつかす人が増えて」おり、国民の大多数が「企業はビジネス(利益)自体が目的となり、私達(従業員、市民)の生活を支配し、一部は法律すら守らないと考えている」と指摘する。 
ヴィーデキングの理想とするドイツの「社会的資本主義」は、「社会的弱者と強者の間で均衡をとり、両者ともに利益を享受できる環境を目指しており、この国をリードする企業人が、他人につきつけているのと同じ厳しい道徳的規範を自分自身とその企業に課さなければ、人々からの信頼を取り戻すことも、ひどく傷ついたイメージを修復することもできないだろう。未来が突きつけてくる挑戦に市民が打ち勝つには、広くこの国の商工業界が一体になったサポートが必要なのだ」(P.134)ということになる。このあたり、企業(民間)と政府(お上)の役割を明確に分離して考えるアメリカや日本と、ドイツの企業に対する意識の違いが見える。

また、本書では、ドイツ南西部シュワーベン地域(ポルシェのあるシュトッッガルトを含む)に多い、ドイツ型の「同族企業」の経営が成功している事例を幾つか紹介しているが、これは、ポルシェやBMWといった一族による経営が、むしろ雇用や地域文化へ多大な貢献をし、永続的に繁栄するケースが多いしている。さらに、終盤の「一例としてのポルシェ」の章は、破綻寸前だった同社が、トヨタ式リーン生産や改善を日本人コンサルタントから必死で学び、再生した経緯をかなり詳しく語っており興味深い。

今や破綻寸前のGMも、かつて顧客中心思想と優れたブランドビルディングの模範と賞賛された「サターン」を生みながら、それを永続的に発展させることができていない。最新の報道では、ポンティアックやサーブとともに、サターンが売却リストに上がっているという。その哲学やプロセスは、本当に革新的であったのだが、どこでボタンを掛け間違えてしまったのか。

もちろんポルシェの今日の繁栄も、同社の販売の過半数を占めるアメリカ市場の繁栄がなければ、あり得なかったものであり、現に10月の同社のUSAでの販売は半減しており、年明けから1週間の生産休止を発表している。また同社は、2008年の業績で、売上高に匹敵する1兆円近い利益を予想しているが、その利益の8割は、ヘッジファンドを手玉に取ったといわれるオプション取引で、瞬間的に一株1000ユーロを超えたフォルクスワーゲン株の乱高下による利ザヤによる(自動車販売での利益は1000億円少々。)したがって、ポルシェも過去15年の世界の株式ブームや金融資本主義と無縁であったわけでは到底ない。

しかしながら、ヴィーデキングが本書の中で、明解に株価至上の経営を非難し、日本や他の先進国に共通するドイツの財政赤字、教育の質の低下、年金や健康保険への不安に対して、企業と政治家が市民の「信頼」を取り戻し、明るい未来を築く模範となるべきだ、と提言していることのは説得力があり、ポルシェ経営陣とそのブランド、そして同様の企業理念を持つドイツ企業への信頼と期待を抱かせることは確かに思われる。(了)



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