TPPについては、その加盟国が経済力の弱い中小国がメインで、アメリカと日本でGDPとして90%を占めるから、日本の加盟による経済効果(輸出増)については、早くから疑問が呈されていた。 実質はアメリカによる日本の農業市場の開放、保険や医療での参入を迫るものとして、日本の参加の是非をめぐって、最近与党内でも意見が真っ二つに割れた。
そこで出てきたのが、安全保障と絡めての議論で、脅威を増す中国に対抗するためには、アメリカの望むTPPに参加せざるをえないという論法だ。経産省をはじめ、政府やメディアはこれに乗って、先の野田首相のAPECでの協議参加表明にいたった。
著者の中野氏は、TPPは、リーマンショック後のアメリカの輸出倍増政策の一環であり、来年の大統領選挙を控えたオバマ政権が、農業票獲得、輸出振興による国内の雇用増をアピールするための貿易協定だと断言する。 つまり、標的は日本に他ならない。 日本政府はTPPによって「国を開き」、自由貿易を強化するメッセージを発信することが重要で、その背後には、アメリカよりはるかに関税の高いEUとFTAかEPAを結ぶことが思惑だとするが、著者は、これはあまりに議論に飛躍のある無理なこじつけだとする。
TPPは、日本のGDP増の効果どころか、デフレ下の日本の農業を過酷な価格競争に落としいれ、食料品価格の破壊によって、デフレを加速させる危険性がある。 日本経済の最大の問題は、消費(投資)を抑制するデフレが10数年も続いていることであり、これを加速させるような自由貿易促進や構造改革は、デフレをさらに悪化させるだけだ、と著書は警告する。 デフレ下では民間(企業、家計)は自己防衛のために、投資よりも貯蓄に走るのは仕方なく、需給ギャップを埋めるには、公共投資しかないという(但し、どうした分野に投資すべきまでは本書では踏み込まれていない。)
はっとさせられたのは、第4章「輸出主導の成長を疑う」だ。日本では長く、輸出産業が外貨を稼いでいるから経常収支黒字で、それが還元されて経済が成長していると思われてきた。 しかし、為替が変動し、財や資本の流動がグローバル化した現在、経常収支の黒字は、為替の高騰につながり、それによって輸出は難しくなる(現在の円高がまさにそれ)。 現在GNPに占める輸出の割合が2割に満たない日本では、国内需要の増大こそが最大の課題であり、輸出によって経済が好転するというのは幻想。 むしろ輸出依存の大企業は、海外での競争に勝つために、国内生産のコスト削減と労働分配率が低下する「底辺の競争」に帰着するので、国民は豊かにはなれない、という指摘は目から鱗が落ちる思いであった。
つまり、日本は輸出主導の経済成長の幻想を捨て、内需を拡大することでデフレを脱却し、それが消費を促進して、結果として輸入が増えるというのがあるべきサイクルであり、TPPによる関税の撤廃や競争の促進は百害あって一利なし、というのが著者の主張である。
輸出型大企業が支配する経団連、その利害を支援する経産省という日本経済の高度成長期の構造は既に日本の国民とってプラスにならない、という正面切った指摘は初めてのものではないだろうか。 輸出企業が儲けても、その利益の多くは海外市場での再投資や内部留保に向かい、国内の雇用や賃金は増加しない、それが2002年からの小泉改革時代に「実感なき戦後最長の経済成長」を生んだ背景にはあったのだ。
国内総生産の8割以上が内需であり、国債もほとんどが国内で消化されている日本は、国民の自己認識とは違って、世界で3番目(つい最近までは2番だった)の巨大なマーケットであることを、私たちはしっかり認識できずに来た。 この認識の大転換がはかり、少子高齢化で市場は縮小するのみといった「内向きで自虐的な」マインドを捨て、日本人が自国の経済力に自信を持つことが、消費と投資を活性化し、デフレから脱却するすべである。 本書はそのような画期的な指摘をしていると思うのだ。 今年3月に出版されてから8ヶ月で八刷を重ねてきた本書は一読に値する。