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21年ぶりのリスボン

2008-07-06 |
リスボンは思い出深い街だ。もう20年以上昔になってしまったが、初めて欧州に仕事で来て、しかも3週間も長期滞在したのが、ユーラシア大陸の西端に位置し、大航海時代に大西洋の海原に多くの冒険家を送り出したこのポルトガルの首都だった。

20年も経てば、街も人も変わるのが当然と思うが、確かに道を走るクルマは、随分と立派で新しいものになり、夏休みシーズンに入ったせいか、旧市街のアルファマやリベルターデの目抜き通りは、海外からの観光客の姿が随分と目立った。 通貨がエスクードからユーロになり、為替レートのせいもあって、物価は高くなってしまって、掘り出し物を探す買物の意欲もなくなり、昔の味わいは随分と薄れてしまったようでもある。 だが、親切で人懐こいこの街の人間は、昔とあまり変わっていないようだ。

クルマで道路工事に遭遇して困ったと思えば、道端でタバコをふかしていた見知らぬ伯父さんが手招きで迂回路に導いてくれる。 夜、入り組んだ隘路のバイロ・アルトのファドハウスに行くときは、ハイヤーの運転手は下の広場から親切に店まで道案内をしてくれたが、特にチップなど見返りを期待することもない。 金曜の夜中の1時のバイロ・アルトの石畳の路上には、若者のグループや男女のカップルがひしめきあって、愉しげに飲んだり話したりしていている。 東京では、こんな風に自然に、健全に若者が(中年ぽい人も混じっているが)、集う場所は想像がつかない。 六本木や銀座は社用族や仕事帰りのサラリーマンばかりだし、渋谷や恵比寿も雰囲気が違う。

この街で育った若い女の子は、素直で笑顔が自然で、ちょっと会話しただけでも、その素朴な魅力にこちらまで肩の力が抜けてくる。 20年前に来たときも、そうした人懐っこさに惹かれたのを思い出す。 ここの人は、表と裏がなく、まるで損得の計算などしないようで、友達のように見知らぬ人に接してくる。 西欧では、最も辺鄙で隣国のスペインと較べても派手さも豊かさも劣るが、人間が素朴で親しみやすい。

新鮮な素材の味を生かした、日本人の口に合うと定評のある、海老やタコなどの魚介料理はとても美味しかったし、ファドハウスで飲んだ10年もののポルトは、まろやかでそのやさしい甘さが、好ましかった(一杯15ユーロの値段は、チャージ込みとしても最早安いものではないが。)

今回は、クルマで20キロにも及ぶヴァスコダ・ガマ橋を渡り、南のSetubalとその近辺の海外沿いをドライブしたが、エメラルドグリーンの遠浅の海は、まるでニューカレドニアかどこかのような風景であった。太陽は高く、日差しは強く、日向にいると相当暑いが、湿気はあまりなくて快適だった。

僅かな時間の滞在であったが、やはりこの街の空気は何か落ち着かせるものがある。 青い空と海があり、美味しい海の幸があり、同じく海に囲まれた日本人に通じるおおらかさと、寛容と、それに真摯さのようなものが。 かつて来たときに知り合った友人とは、もう音信もなくなり、訪ねるすべもなかったが、同じような心の通う出会いが可能だと思わせるのだった。


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