花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

新型コロナウイルス感染症COVID-19と嗅覚障害

2020-03-27 | 医学あれこれ


新型コロナウイルス感染者における嗅覚障害や味覚障害の報告が各国から出てきている。3月27日現在、PubMedでCOVID-19/SARS-CoV-2と、Anosmia(無嗅覚)/Hyposmia(嗅覚低下)/dysgeusia(味覚障害)等の用語を掛け合わせて検索をかけたがヒットする論文は上がって来ず、いまだanecdotal evidence(事例証拠)蓄積の段階である。アメリカ耳鼻咽喉・頭頸部外科学会(American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery;AAO-HNS)は3月22日付で、アレルギー性鼻炎、急性および慢性鼻副鼻腔炎などの気道疾患を合併しない嗅覚障害、味覚障害例に対する注意喚起を行い、これらの症状を感染徴候として捉え隔離やウイルス検査を考えるべきであるとの警鐘を鳴らしている。
Anosmia, hyposmia, and dysgeusia in the absence of other respiratory disease such as allergic rhinitis, acute rhinosinusitis, or chronic rhinosinusitis should alert physicians to the possibility of COVID-19 infection and warrant serious consideration for self-isolation and testing of these individuals.

嗅覚障害をもたらすウイルスは、今回可能性が示唆されているSARS-CoV-2だけではない。《感冒後嗅覚障害》は上気道のウイルス感染後、鼻漏や鼻閉などの急性症状が消退したのにもかかわらず嗅覚障害が持続する状態を示す。患者さんは感冒罹患後から長期間経過した後に受診する為に、その時点でのウイルス同定は困難であることが多いが、ライノウイルス、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルスなどの関与が報告されている。ちなみに感冒当初、鼻副鼻腔粘膜が腫脹する時期の嗅覚障害は、吸入した空気が嗅裂部に到達できずに匂い分子が嗅細胞の受容体と結合できないために生じる。
 2017年、日本鼻科学会発刊の『嗅覚障害診療ガイドライン』では《感冒後嗅覚障害》(p514-516)について、中高年女性に多い、味覚障害合併が多いが大多数は味覚検査で異常を認めない風味障害である、病態は嗅粘膜および嗅覚伝導路にウイルスが感染し直接組織を傷害、またはウイルスに対する免疫応答(局所に浸潤した炎症細胞が放出する組織障害因子が関与)が2次的に嗅粘膜を傷害して発症する「嗅神経性嗅覚障害」(sensorineural olfactory dysfunction)の一種であると論述されている。予後に関しては、従来は回復困難と考えられてきたが、月~年単位の治癒経過を辿り嗅神経細胞が再生して嗅覚の自然回復があるとされている。治療は本邦では亜鉛製剤、漢方製剤(当帰芍薬散、人参養栄湯ほか)、ステロイド点鼻、内服ビタミン製剤、代謝改善剤を使用することが多い。また嗅素を用いた嗅覚刺激療法(olfactory training)(4種類の合成の香り、レモン(lemon)、バラ(rose)、ユーカリ(eucalyptus)、 クローブ(cloves)を一日2回ずつ嗅ぐ嗅覚訓練)の有効性が報告されている。
 嗅覚障害、味覚障害例において、鼻副鼻腔内に器質的病変がなければ即新型コロナウイルス感染を疑うべきか、障害例の全例にウイルス検査が必要かという問題は、今後さらなる検討が加えられる必要がある。さらにSARS-CoV-2を含む原因となるウイルスの種類により、もたらされる嗅覚障害や味覚障害の病態および障害予後に差があるのかも現時点ではいまだ不詳である。