
《傷んだ林檎┃気虚と陽虚のメタファー》(2015/1/15)の記事の中で、改めて形式知と暗黙知の概念を振り返ったことがある。その中で、「方証相対」という全身の症候を総合した証を適応方剤に直結させる考え方があるが、ある方剤が有効であると考えられる身体像のイメージもまたメタファーであり、言葉でつたえきれない理解があることを知るが故であると記した。臨床経験を積んでゆく中で、漢方医は共通の認識を越えて各自独特の展開を見せる方剤のイメージを少しずつ育ててゆく。ひとつの方剤を念頭に置いた時、現在の私の頭の中に白昼夢のように浮かんでくる情景を描いてゆこうと思いたったのが、今回追加したカテゴリー「漢方方剤の風景」である。
東洋医学、西洋医学に限らず、私が今佇んでいる場所は通過点に過ぎない。まだまだ学ばねばならないことは山ほどある。まさに「終わりなき修練の道」であることを年経るごとにますます痛感するこの頃である。