女は絵を描いた
池を描いた
川を描いた
海を描いた
けれども池も川も海も
大きな水たまりになってしまう
少女だった頃
白い画用紙に水色のクレヨンで
線を引くようにして雨を描いた
雨と雨はつながったり離れたり
重なったり曲がったり
ついには
クレヨンの雨だらけになって
少女はわっと泣きだした
あらあら また水たまり
母の声がする
泣きたくなるといつも
母の声が聞こえてくる
雨を描いている
飛沫のような衝動が
ときおり白い記憶を引っかくのだ
女は乱れてはいけません
母の声が聞こえる
雨がふると女は
ぼんやり雨を眺めてしまう
えのぐを滲ませていくように
雨の重なりの中に浮きあがってくる
髪も乳房もすっかり濡れて
顔が流れてしまうほどに泣いている
雨に打たれる少女
そんな絵を描いてみたい
雨よ降れ
もっと降れ
濡れて濡れて
うんと濡れるがいい
おもいきり泣くがいい
泣けばいいのだ
雨はますます激しくなって
女は体が濡れてくるのを感じた
髪から腕から滴っている
いつのまにか足元には
小さな水たまりができている
(2004)