ミミママの感謝と有難うのブログ

自然に感謝・人に感謝。そして有難う!!
そんな毎日を過ごせる事に感謝!

草には敵わない。

2021-04-24 12:43:37 | 庭の花・日記
昨日スコップで掘っては深い根っこも取ったスギナ。
スコップで掘っていても、プチプチって根が切れる
音がする。多分まだ残っているという事?

この草の名前が分らない。これまた多い。
花にこれに似た物があるが?

これが花。

ホウレン草の周り。ここは一面アカザが一杯。昨日も
少し取ったが残りを又今朝取った。

馬鈴薯を植えている場所にはコブシが一杯。
これは次回、雨の後に取ろうと考えている。

帰ろうとしたら露草。これまたすぐに大きくなるので
ついでに取った。
この草達を取る前は、アスパラの中のスギナを取った。
その都度今日は草取りしないと思い素手で出た。結局2回、
爪まで真っ黒にしてブラシに石けんで磨いた。磨いても
灰汁がついて黒い。

もう草は取らないと思って出たが、次はこのコオニタ
ビラコが目についた。これは引っ張れば抜けるから土は
つかないと考えたが・・・・・・。いつもこんな調子だ。
草には敵わない。既に腰が又痛んでいる。無理は止め!
午後は、枇杷の袋掛けでもしようかな?結局何かしら
する事があるんだよね。

腰を丸める草取り姿勢も悪いが、背を伸ばしすぎる
姿勢も脊柱管狭窄症には禁物。袋掛けも、余程考え
ながらしなくっちゃ!困ったもんです。

***
草に感謝することって有るかなぁ?何もないので私の
おまじない。(ハワイの、オ・ポノポノ だっけ?)
全ての事に感謝します。有難うございます。許して下さい。
ごめんなさい。愛しています。

コメント (2)
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大好きだった祖母の好きだった高野桜

2021-04-24 06:09:04 | 庭の花・日記
祖母の好きだった谷空木。祖母は高野桜と言っていた。
とても大事にして、挿し木にもして何人にも上げた。
勿論我が家のも挿し木してもらった物。





大好きだった優しい祖母を思い出す。

隣の庭のツツジ。「これはOO、これがOO」と
名前を教えてくれたのに、良く覚えていないでごめんね。
これは淀川といっていたなぁ。

今一番我が家で咲き誇っている物。私の大好きな
マーガレット。切り花にしても長持ちがするので助かる。
ストロベリーキャンドルが、あちこちで繁っている。
勿論大好き!!

祖母は自分が好きな物は、きっと他の人も好きだろうと
勝手に思い、誰にでもある人だった。今の時代には
そぐわないかもしれないが、戦後のみんな余裕のない
時代には、貴重な人だったと思う。

生き方全てが奉仕の精神で溢れていた人だった。例えば
私が子供の頃覚えているのは、雑巾を縫う暇なくタオルの
まま使っていると聞けば、それは使い難いだろうと、
せっせと古タオルで、雑巾を何枚も縫って持って行った。

お弁当袋を縫いたいときけば、家にある程よい大きさの
端布(母が家族の服は縫っていたので端布がある)を持って
行って上げていた。小さな事から上げたら切りがない。

内容は変わっていったが、その精神は一生続いた。私が
大人になって、学校で紅白玉が不足していると聞いた時は、
私達も手伝って、100個だったか作って持って行った。

花は特に好きで、咲き始めると、家には少ししか残ら
ないでも切り花にして近所に配って歩いた。苗も勿論、
花木は挿し木して根ついたら要る人には誰にでも。

小学校の時は、2,3日おきには切り花を持たして
くれた。長く持つようにと、咲き始めた一番良い状態
のを惜しげもなく切ってくれた。鼻が高かったよ。

葬儀の時には、昔縫い物を教えてもらったとか、お世話に
なったとか、父母もびっくりするくらい意外な人など、
多くの人がお参りしてくれた。

みんなその日の生活に、自分の事だけに精一杯の時代、
祖母は、お金はかけられないが、いつもみんなに心を
かけていたようだった。そして勿論孫の私達にも
優しい人だった。そんな祖母が大好きだった。

そんな祖母みたいなお婆ちゃんになりたいとずっと思って
来たが、今の時代は余裕が出来て、価値観が様々すぎて
要らぬ世話と怒られそうだ。

どんぐり眼や天然パーマを受け継いだのは、私だけだ
よね。その心も少しは受け継いでいるつもり。ばあちゃん
大好き!有難う!



コメント
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