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西やん67歳、日々の出来事独り言

手術の思い出(再掲1)きっかけ~発病まで

2022-10-14 23:01:16 | 手術の思い出
こんばんは。

昨日、ふとアクセス履歴を観ていたら、「手術の思い出」を観て下さっている方がいらっしゃって。
私も読み返してみたら、いろいろ思い出して、再掲載しようと思いました。
私が23歳の時の話なので、もう40年以上前の話です。
内容は、その時のまま掲載します。

【きっかけ】
今日、仕事先に来たら、お世話になっている先輩が、今週末3日間で入院して手術すると本人から聞きました。

1週間位前に、先輩が盛んに脇腹から腰のあたりが痛いと言っていたのですが、病院での診断は、胆石が胆嚢の内部を傷つけているそうで、形も、丸くなく、尖っているそうです。それで、胆嚢ごと切除するそうです。でも、それでも3日間。

一昨年、息子が肺気胸になり、肺の一部切除と縫合の手術をしました。内視鏡での手術で、時間は3時間ほど。その半分は麻酔が覚めるまでの時間でした。

手術にもよりますが、今から34年前。私は胃を3分の2切除する手術をしました。今なら切らないで済んでいる病気なのかもしれませんが、その事を思い出したので、記録として残していきたいと思います。

【発病】
今から35年以上前になりますが、大学4年で就活をしていました。その時につき合っていた熊本出身の人との事を考え、当時の『寿屋』(今はないのですが)の面接を受けに熊本市の本社に行き、大阪に戻って、大学に寄り掲示板を見たら、私立男子高校の教員の募集かあり、商業科教員の教職課程もとっていたので、迷わす教員に応募して、採用されました。

勤めた学校は豊中市にある男子高校。正直、がらの良い学校とは言えなかったのですが、一年勤め、2年目に2年生のクラス担任になりました。5月のある日の朝、自分のクラスの教室に行くと、四人の生徒が喫煙していて、当然、停学となり、停学明け前の日曜日に四人の生徒の家に家庭訪問に行くことになり、自分の車で出かけたのですが、朝何も食べてないのに胃が重い感じがしていました。

夕方までかけて、四人の家を回り、大阪の茨木市鮎川にある田んぼの中のアパートに帰ったのが、19時頃。その頃は妻(元)と同棲していたのですが、帰っても食欲がなく、朝と同じ胃が重い状態が続き、21時頃に吐血。茨木市鮎川は高槻市との境目で、家から見える出来て間もない救急病院へ彼女の運転で行き、点滴と腹部を冷やし、処置室に居ましたが、その後も一時間に1回の吐血が続き、そのまま入院しました。


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