tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

格差の拡大:マルクスの時代、ピケティの時代 2

2015年02月27日 10時41分10秒 | 経済
格差の拡大:マルクスの時代、ピケティの時代 2
 前回、マルクスの時代における資本に増殖による格差の拡大、労働者の貧困は、経営者革命と福祉国家の発明によって克服されたと書きました。
 ピケティの基本的な指摘も「r>g」です。つまり資本収益率(r)は経済成長率(g≒賃金上昇率)より高いから資本は増殖し、勤労所得との格差が拡大すると言っています。

 本来の経済活動では、資本は投資されて、付加価値を生み、付加価値は労使間で分配されますから、労使交渉で、分配が適切であれば、格差は拡大しません。これは 専門経営者の誕生と労使関係の進歩によって可能になりました。労働分配率が高すぎる国が多いくらいです。

 国家レベルでは、所得に対する累進課税と、それに支えられた福祉政策で富の配分は調整され、北欧や日本では、今の政治家の言う「分厚い中間層」が生まれ、格差社会化は克服されました。

 それなのに今、世界中で格差化が進んでいるようです。
 それでは今、「r」:資本収益率は高いのでしょうか。ご承知のように米、欧、日、みんな「ゼロ金利時代」です。財団法人などは皆青息吐息です。巨大な蓄積資本GPIF(日本の公的年金基金)でも国債の利回りが低すぎるので、株式投資を増やそうとしています。

 サマーズに代表されるように、資本にも収穫逓減の法則が適用されるはずで、資本収益率も次第に低下するという主張は根強いと思います。これに対してピケティは、戦後の高度成長期に縮小した格差は「1970年台後半以降」は拡大に転じたとし、特にアメリカでは本に書いた以上の不均衡の拡大がみられるとし、「この時代、みな格差拡大に気付いているのに」と言っています。

 こう見て来ますと、資本が不足で、資本の価値が高く資本収益率が大きかった時代と、資本(マネー)が世界中であり余り、資本収益率がゼロに近い中で、富の偏在、格差拡大が著しいという今とでは、格差拡大のメカニズムが全く違ってしまっていると考えた方が良い様です。

 1970年代後半といえば、ニクソンショックでドルがペーパーマネーになり、アメリカが毎年の赤字を外国からのファイナンスで遣り繰るために、マネー資本主義を資本主義のデファクトスタンダードしようと動き始めた時期ではないでしょうか。

  マネー資本主義は、従来の資本主義と異なり、資本を投下して付加価値を創りその付加価値の中からリターンを得るという回りくどいことはしません。 為替や株価、金利などの変動を利用してデリバティブ(金融派生商品)を創り、レバレッジを利かせて、直接「カネでカネを稼ぐ」 金融工学を発展させたのです。そして、その専門家がノーベル経済学賞を貰うような状況を作り出しました。

 この方法は「付加価値生産」を経由しませんから、基本的にゼロサムで、富をA氏からB氏へ、A国からB国へ移転するだけです。いかに経済活動のように見せかけても、本質はギャンブルでしかないということでしょう。

 そこでは、マネーマーケットに支配力を持ちうる巨大資本やルールを決める胴元が有利ですから、巨大資本はますます巨大になるようです。
 いつも書いている「キャピタルゲインは格差拡大を齎す」ことの現実の結果です。

 かつての「実体経済」中心の資本主義と、今「のマネー資本主義」の時代の格差問題を共通に資本収益率という物差しで計っていくと、何か現実を読み切れないのではないかと感じます。
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 因みに、経済学では、1000円で宝籤を買って100万円が当たれば、資本収益率は1000倍といった計算で良いのでしょうか、それとも、計算はそうだけど・・・・でしょうか。

格差の拡大:マルクスの時代、ピケティの時代 1

2015年02月26日 10時26分53秒 | 経済
格差の拡大:マルクスの時代、ピケティの時代 1
 格差問題が世界的に問題になっている中で、ピケティ人気は続いているようです。やはり我々庶民は格差の拡大には敏感で、格差縮小を言うピケティに共感します。
 ピケティの実証したことは、資本主義社会では通常、金持ちは益々金持ちになり、それは世代を超えて続き、それにストップをかけたり逆回転させるのは、経験的には、戦争、恐慌、それに加えて、第二次大戦後の高度成長期だったということです。

 かつて、マルクスも資本家は富み、労働者は貧困に喘ぐと言ってマルクス主義を説きました。マルクスもピケティも、社会正義を掲げて論陣を張ったということでしょう。

 ところで、マルクスの時代の資本の増殖過程、資本家がますます富み、格差が拡大するプロセスというのは基本的にこんなことだったあのではないでしょうか。
 資本を持つものは事業を起こし、労働力を安く使って大きな利益を上げ、それで事業を拡大し益々利益を上げる。資本家の資本は蓄積・拡大、増殖する一方で、労働者は安い賃金で酷使され、搾取の対象となり、何時までも貧しい。
 こんな資本主義は長続きするはずがないとマルクスは正義感を持って資本論を書いたのでしょう。

 しかし資本主義は変わりました。企業経営では 経営者革命で資本家は後退、経営は「経営者」の手によって行われ、賃金は労働組合との交渉で決まり、政治では社会保障制度が生まれ、福祉国家の概念が生まれ、格差の拡大は止まりました。戦後の高度成長期が典型です。

 北欧は福祉国家といわれ、日本は一億総中流といわれました。結果は資本主義が生き残り、全体主義に堕した共産主義は崩壊しました。
 これで資本主義は健全な経済社会を齎すシステムとなり、世界経済は安定するかに思われましたが、事態は思わぬ方向に発展し、ピケティの格差拡大論が人気を博すような困った状態になりました。

 その理由は(繰り返し述べていますが)マネーゲーム、金融工学が正常な経済活動だとする「マネー資本主義」の跳梁です。
 マルクスの言葉を借りれば、今世界経済の中で我が物顔に振る舞っている「妖怪」は「マネー資本主義という妖怪」です。そして、これは「正義の味方」ではなく、資本主義の産み落とした「 鬼子」で、所得・資産格差の拡大を齎す元凶です。

 ピケティの時代の格差拡大のメカニズムは、マルクスの頃とはだいぶ違うようです。今日では資本は「生産活動」を経由することなく、資本が直接に資本を生んでいるのです。(以下次回)

賃金問題の理解に必要な2側面

2015年02月24日 10時08分42秒 | 労働
賃金問題の理解に必要な2側面
 今月中旬、春闘に関わる賃金問題について書いて来ましたが、関連する質問などもあったので、賃金問題の二側面について書き足しておきたいと思います。

 賃金問題というと、通常は、年功賃金、職務給、成果給、職能資格給などといった「賃金制度体系の問題」と理解されています。この問題については昨年12月下旬に シリーズで書かせて頂きました。
 これは、賃金の「人事管理の側面」ということが出来ます。いかなる賃金制度体系が従業員全体に最も理解され受け入れられやすいかという問題です

 もう一つの賃金問題は、企業経営の中で、賃金その他トータルの人件費として、「どれだけの支払いが可能か」という「総額人件費管理」の問題です。
 これは「賃金の企業経営の側面」ということが出来ます。人件費支払能力などともいわれますが、経営管理(コスト管理)の分野にも属し、 労働分配率が重要な指標です。

 企業の中でも、人事部・労務部などでは、望ましい人事管理に適応した賃金制度を作り、年々賃金水準を引き上げて、従業員に喜んで働いてもらいたいという思いから、人員構成から勤続・職務・成果などを積み上げて、「総額でこのくらいの原資が必要」といった「積み上げ式」の人件費計算をして予算を作ります。

 一方経営管理部門は、売上高、付加価値計算から、人件費と利益などの資本費の計画を立て、人件費はこのくらいの枠で経営計画に組込むべきといった経営見通し(経営計画)を立てます。

 この両者が巧く一致すればいいのですが、通常は人事サイドの積み上げ計算の方が大きい額になるのではないでしょうか。
 この問題は、人事(personnel)対財務(finance)の調整課題などと言われますが、春闘の時は、これらは一体の問題として取り組まなければなりません。

 もちろん、春闘の時は総額人件費の問題を中心に労使交渉で論じ、増えた原資(特にベア分)を賃金体系の中にいかに配分するか(賃金体系や手当制度の改定)は、春闘決着後、結構時間のかかる問題になる場合も少なくありません。
 
 今後春闘が定例化してくる時代を迎えて、この賃金における二側面を統合的に理解して取り組めるような、人事・財務双方を理解できる人材の育成が大事になるような気がします。

日本経済に落とし穴があるとすれば

2015年02月22日 12時07分00秒 | 経済
日本経済に落とし穴があるとすれば
 前回、日本経済は順調な成長路線に入るだろうと書きました。このまま特に何かが起こらない限り、間違いないでしょう。
 もし、落し穴、安定成長を阻害する要因があるとしたら、何でしょうか。何に気をつければいいのでしょうか。頭の体操をしてみましょう。

1、一番肝心なのは、為替レートを安定させること。$1=¥120がらみで安定させられれば、日本経済の安定は大方保障されたようなものでしょう。
 しかしこれはそう簡単なことではありません。例えば今問題になっているギリシャ。4か月後どう決着するかわかりませんが、国際投機資本はこれを大きなビジネスチャンスにしようと金融市場を出来るだけ大きく揺さぶるような動きをするでしょう。

 日本経済自体、貿易赤字が減少して、経常黒字が増える可能性が高くなってきます。EUの例を見ても、これは 円高要因です。内需拡大をどう進めるか、これは重要な経済政策になるでしょう。
 円高になっても、円安になっても、変動に対応するためには手間も時間もコストもかかります。実体経済をマネー経済が破壊する今の資本主義です、政府・日銀の巧みな対応が必要です。

2、外交関係では、先ず日中、日韓の関係を悪化させるようなことをしないこと。もちろん経済は政治と関係なく動く部分がますます大きくなっていますが、総理をはじめ政治家が、わざわざ経済成長の邪魔をするのは愚かなことです。
 さらには、燃え盛る国際紛争に、余計なコミットをしないこと。日本は、平和であれば、みんなが豊かで幸せになれるということを身をもって示すことが使命と考えるべきでしょう。武力による貢献などを考えることは、平和主義の日本の自殺行為です

3、日本国内の 官と民のバランスを直していくこと(指標はプライマリーバランスの回復)も重要です。容易ではないでしょうが、先ずは政府が国民の信頼を得ることから始めるべきでしょう。アメリカ流の、格差拡大をアメリカン・ドリームで糊塗するような真似をやめ、ジャパンアズナンバーワンと言われたころの基本的考え方に戻る事が大事でしょう。

4、最後にこれが一番大事ですが、経常赤字垂れ流しのアメリカ経済は、またいつか必ず蹉跌します。経常赤字である限り、アメリカがリーマンショックと同じことを繰り返すのは避けられません。
 これはギリシャの比ではありません。世界中が震撼することになります。これを避けるためには、あらゆる機会を通じて、アメリカにGDPの範囲内の生活をすることを納得させるしかありません。
 これは日本の政府には、残念ながら出来そうもないので、いつか来るアメリカ発の経済ショックにどう対応するか、柔道ではありませんが「受け身」の練習をするしかないのでしょうか。

 問題はいろいろありますが、ここ当分は、日本経済は順調だと思っています。その間に国内の諸問題にしっかり取り組み、技術、経済、文化、外交能力を一層発展させ、外的ショックに強い国づくりに励むことが最も大事でということでしょうか。

良好な日本経済の実体、株価はおまけ

2015年02月20日 12時17分54秒 | 経済
良好な日本経済の実体、株価はおまけ
 新聞が「日経平均15年ぶりの高値」と大見出しです。確かに、株価が上がれば、企業心理も改善し、人々の心も何となく明るくなるという効果はあるでしょう。
 株価低迷より余程結構ということは間違いありませんが、株価が上がるほど、資産格差が拡大するということも事実です。因みに、株式保有人口は僅か760万人(推計)だそうです。

 日本の株価は長期的には、日本経済の動向の反映で、日経平均はバブル期の絶頂で、38900円、バブル崩壊で暴落しましたが、今回15年ぶりに回復したという2000年のITバブル時期に20000円台を記録、ITバブル崩壊で下がりましたが、「いざなぎ越え」で18000に到達、リーマンショックで暴落、今回の円安政策による景気回復で18300円という具合です。

 ということで、株価はオマケみたいなもので、オマケの付く・付かないは今後の日本経済次第です。虹(株価)は太陽光線より綺麗ですが、太陽(実体経済)が隠れれば消えます。
 ですから我々が問題にすべきは株価ではなく(これは国際ギャンブラーに任せて)日本の実体経済をこれからいかに健全に育てていくかでしょう。

 幸い、日本経済の現状は、財政赤字を除いて、健全です。財政赤字も「国民と政府の間の貸し借り」で外国に迷惑はかけていませんから、ギリシャやアメリカとは違います(前回指摘)。
 GDPがマイナスだとか、輸出が伸びないとか、輸入関連・中小企業は大変とか、企業は海外生産ばかりとか、物価上昇が2パーセントに行かないとか、消費が伸びないとか、色々な意見があります次第に正常化が見えてくると思います。

 2年間で$1=¥80 から100円、120円と急激な円安を実現したわけですから、その上に、3パーセント消費増税ですから、経済の現場が混乱するのは当然です。しかし、日本人の我慢強さ・思慮深さ、混乱からの復元能力の高さを考えれば、上記のような現象は、政策の急激な変動への対応の過渡期の現象で、少し時間がたてば、結果は見えてくると思います。経済成長が確実になれば、物価などは2パーセントも上がる必要はないのです。

 安倍総理も、結果を焦って、「賃上げ、賃上げ」などと言わずに、日本の労使に任せて安心していた方がいいように思います。
 すでに経済成長は10-12月期でプラス2.2%(年率)に転換しました。輸出の増勢は明らかです。製造現場の国内回帰、非正規従業員の正規化、輸入物価の価格転嫁、それを認めようとする輸出大企業の方針などなど、実体は徐々ながら確実に進んでいます。

 ピケティーの本は売れましたが、本当に読んだ人はあまりいないようです。日本人はそれよりも、日常の経済活動を通じ、格差の少ない社会を実現するよう、地道な努力を続けることの方が得意なようです。
 これからの日本経済の健全な発展には期して待つべきものがあると思っています。

ギリシャ問題の行方

2015年02月19日 10時09分12秒 | 経済
ギリシャ問題の行方
 ギリシャの政権を握った急進左派連合のチプラス首相は、なかなか強硬のようです。確かに「緊縮終了」の旗を掲げて当選したのですから簡単に譲歩はできないでしょうが、問題はどこまで、どのように頑張れるかでしょう。

 先日「 日本化を心配するEU」でも書かせて頂きましたが、ギリシャをはじめ、EUの懐を当てにして、身の丈よりも贅沢な生活をしてきた経常赤字の国々が、緊縮というEUやIMFの意向を受けて、漸く身の丈に合った生活に戻り、経常収支の黒字化を実現し、借金の返済も可能にという状態になった所で、ギリシャの政権交代が起こったことは、やはり残念というべきでしょう。

 チプラス首相がいつの時点で単純なポピュリストから、経済合理性を多少でも理解出来る「まともなリーダー」になれるのか、全くわかりませんが、思い出すのは1981年でしたか、フランスでミッテランがジスカールデスタンを破って大統領になった時のことです。

 あの時は、欧米主要国がスタグフレーションに呻吟し、レーガン大統領やサッチャー首相が登場改革を断行した時期でした。
 ミッテランは左派代表でしたから選挙の公約には「最低賃金の大幅引き上げ」などを掲げ当選しましたが、最終的には経済合理性に目覚め、賃金凍結までやって、コストを抑え、フランス経済の健全化を果し、後には歴代大統領の中で、ドゴールに次ぐ評価を得たといいます。

 一国経済を健全にし、外国に迷惑を掛けないためには、国民が自らの生産したGDPの範囲で生活することを納得する政治をする意外に方法はありません。
 チプラス首相が、ミッテランのように、何時かそれに気が付くかどうかが、ギリシャが1人前の国になるかどうかの分かれ目でしょう。

 もし、ギリシャの無理が通れば、緊縮政策で再建に頑張る他の国々でも、連鎖反応が起きることは容易に想像されます。場合によっては、EUの結束自体にひびが入りかねません。
 EUは徹底して経済合理性を貫こうとするでしょう。チプラス首相が、当面元気がいいのは解りますが、どこで「経済合理性には勝てない」ことを理解するか、その日が早く来ることを願う所です。

  いつも言っていることですが、このアドバイスはアメリカにもそのまま当て嵌まります。違いはギリシャが小さな国で、アメリカは覇権国、基軸通貨国ですから横車も通しやすいということです。

重要な1人当たり人件費の上昇(個別企業の対応)

2015年02月17日 10時42分33秒 | 経営
重要な1人当たり人件費の上昇(個別企業の対応)
 これまで「賃上げ」と言ってきましたが、「企業にとっての正確な表現」をすれば、それは「1人当たり人件費」の上昇です。
 人件費は、月例賃金や残業代、ボーナスといった現金給与の外に、企業負担の社会保険料、福利厚生費、通勤費などの現物支給、教育訓練費など人を雇用することに掛かるすべてのコストの合計です。

 これらのうち、残業代やボーナス、教育訓練費などは(一部または全部)景気によって増減する変動費の性格も持ちます。社会保険料などは賃金にほぼ比例します制度改正があれば±α)。定期昇給も従業員の年齢構成によりますが、通常、総額人件費を押し上げる要因になります。

 こうした要因を、過去の経験値を参考にしつつシミュレーションし推計して、賃上げを何パーセントしたら、1人当たり総額人件費、そして総額人件費ががどのくらい増えるかを推計するのは、人事担当者のノーハウに属します。

 このところいわゆる「失われた20」年の中で、正常な経済状態の中でまともな労使交渉を行うような経営環境が失われ、そのためにこうしたデータや経験の積み上げによるノーハウの集積が失われ、いわば労使共に「春闘における現場力」が損なわれてきていしまっているのは問題です。

 幸い為替レートが$1=¥115~120辺りで安定したことで、日本経済もデフレ不況を脱し、ようやく正常な経済状態を回復し、いよいよ、安定した成長路線に乗ろうという時期になりました。かつて、日本の優れた労使関係が、日本経済を優れたパフォーマンスに導き、エズラ・ボーゲルをして「ジャパンアズナンバーワン」と書かしめた実績を、あらためて再現する時期に来たようです。

 春闘ベースの賃上げ率を中心に労使交渉をした場合、それがわが社において、一人当たり人件費をどの程度押し上げるか(パーセントの把握)はいずれにしても重要です。
 特に最近の客観情勢を考えれば、たとえ賃上げをしなくても、非正規従業員の正規化を進めれば、平均賃金は上がります。
 しかしこの場合、従業員のモラール向上による生産性の向上の効果も大きいという報告の多くあります。

 従業員の年齢構成によりますが、定年延長や再雇用の際の賃金水準の決定(通常は減額)も、定期昇給分の影響率に関わります。
 
 このところ日本企業は従業員の教育訓練にも急速に熱心になって来ています。これは人件費に入りますが、実は従業員への投資です。将来回収が可能です。

 そして最終的に最も慎重に計画しなければならないのが、「労働分配率の動向」です。何故なら、労働分配率の動向は、企業の将来を決める決定的な要因になるからです。
 
 経済が正常に成長する時代には、年々ベースアップと賃金制度・体系によって決まる定期昇給の2つの要因による「総額人件費」の増加が一般的になります。
 ならば、わが社の経営の現状、あるいは経営計画の中で、人件費支払い能力、適正総額人件費、とは何かという問題が、経営の重要課題になります。これは「適正労働分配率」の概念と同じものです。
 技術開発、営業戦略と並んで、賃金・人件費管理が企業な最重要課題になってきます。賃金とモラールの関係を考えれば、これは従業員のやる気につながり、技術開発、経営戦略のベースにもなる重要な課題です。

2パーセント賃上げ要求と日本経済

2015年02月15日 15時16分09秒 | 経済
2パーセント賃上げ要求と日本経済
 昨年10月 「連合の要求基準は健全の範囲」と書きましたが、日本の労働組合は日本経済における「賃金、物価、生産性」の関係について、知悉しているように思います。

 昨年の春闘で、連合は1パーセント以上を要求し、定期昇給分も加えて最終集計で1.7パーセントを獲得したと発表しています。

 これから類推すれば、今年は2パーセント以上の要求で、3パーセント弱の賃上げになるのでしょうか。政府の経済見通しの閣議決定版が12日に出て、雇用者報酬は2.5パーセントの増、雇用者増は0.3パーセントですから、来年度の1人当たり雇用者報酬(1人当たり総額人件費に相当)は2.2パーセントになります。多少控えめでしょうか。

 政府見通しでは民間最終費支出は2.0パーセント増ですが、もう少し増えそうです。経済成長率は多分政府見通しを越えて約2パーセント、就業者の伸び(政府見通し0.2パーセント)を差し引いた国民経済生産性は1.5パーセントを上回りそうです。

 生産性上昇を越えた賃金の上昇は物価上昇になりますが、生産性上昇1.5パーセント強、賃金コスト上昇3パーセント弱で、物価への影響は1.5パーセント弱、円安の価格転嫁の積み残し、消費税の積み残しを加えても、政府・日銀の望む2パーセントにはいかないでしょう。政府見通しは1.4パーセントです。GDPデフレーターは原油輸入価格の低下を見込んで、1.2パーセントです。

 もともと2パーセントのインフレターゲットは高すぎると私は思っていますが、来年度経済は、健全さを逸脱しない春闘の結果の上に、健全な安定成長路線を進むことになるのではないでしょうか。

 勿論、こうした経済の見通しは天気予報とは違います。経済主体である政府、国民、労使の努力で変わります。国民がその気になって行動すれば、着実に改善も実現できます。
 
 ここ当分、日本経済はそれ自体としては、健全な安定成長路線を進みうると見ています。もしそれを阻害するようなことが起こるとすれば、それは海外からの原因でしょう。

 ギリシャなどのユーロ加盟国の問題もありますし、出口の見えない国際紛争もあります。しかし、最も注意すべきは、「今世界で一番順調な経済」といわれるアメリカ経済が、内実は、拡大する内需の裏で着実に進行している「双子の赤字」によって、「何時かは躓く」という問題を担っているとではないでしょうか。
 次回はミクロの面から春闘を見てみましょう。

2015春闘:賃金は中期的に安定上昇がいい

2015年02月13日 10時11分06秒 | 経済
2015春闘:賃金は中期的に安定上昇がいい
 経済には好況も不況もあります。企業でも順調に売り上げが伸び、付加価値が増加するときと、そうはいかない時期があります。しかし企業はゴーイング・コンサーンとして、常に継続してステイクホルダーに対して、その要望に応えて行かなければなりません。

  企業は多目的の存在なのです。それらの目的を果たすためには、継続的な付加価値の増大を実現することが必要です。
 それを支えるのは従業員のやる気と資本提供者(株主、銀行など)の協力、自己資本の充実です。

 その中で最も重要といわれるのは、従業員のやる気です。動機づけられた従業員とやる気の無い従業員では、働き(生産性)が何倍も違います。
 賃金はその動機づけの中で最も重要な要素の一つです。

 従業員がやる気を出し、生産性が向上し、賃金が上がり、従業員は安心して企業を信頼し、更なる生産性向上に進むといった好循環がベストでしょう。

 勿論生産性の向上には、従業員のやる気は勿論ですが、 資本装備率の向上が決定的な役割を果します。これは資本蓄積によって可能になるのですから、従業員への分配(人件費)と利益など(資本費)への配分のバランスが、企業経営の要諦です。

 経済が安定しているときは、特別な事情がない限り、いわゆる「均衡成長」が基本でしょう。付加価値が1割増えたら、賃金も利益も1割増えるという形です。これは労働分配率の安定と言い換えることも出来ます。
 こうした基本的な立場から、このところの日本経済の状況、わが社の状況を踏まえて、今春闘でどの程度の賃上げが妥当なのかを考えてみると、こんな所でしょうか。

 個別企業にはいろいろな事情もありますから、先ずは日本経済の場合です。
 政府は来年度の経済成長率は1.4パーセントと言っています。中期的には2パーセントの経済成長も可能と思われますし、それを目指すぐらいの気概が大切です。
 
 賃上げは消費を牽引しますから、生産性向上に見合った適切な賃上げこそが、経済成長の原動力でもあります。ならば、中期的な目標として、2パーセント経済成長、2パーセント賃上げというバランスはどうでしょうか。

 企業の場合は、自社の事情に応じた適切なプラス・マイナスが必要でしょう。日本経済としての基準が見えてくれば、それを参考にして検討することが出来ます。
 たまたま今年の連合の要求は2パーセント以上ですが、2パーセントをどう考えるか、その結果、日本経済への影響はどうなるか、次回その辺りも考えてみましょう。

2015春闘:経済成長に役立つ賃上げとは

2015年02月11日 22時49分19秒 | 労働
2015春闘:経済成長に役立つ賃上げとは
 「過ぎたるは及ばざるが如し」という諺があります。賃上げも同じです。合理的な賃上げの幅、経済や経営にとって適切な賃上げの幅というのはあるはずです。

 人間は豊かで快適な生活をするために経済活動を行ってきました。A.マズローの欲求5段解説で言えば、人間の欲求は、生理的欲求→安全欲求→社会的欲求→承認欲求→自己実現欲求と進んでいくということになっています。
 それらの欲求を満たすたすことが動機づけになって、人は働くというのです。

 企業というのは、このサイクルを出来るだけ巧く回していくために、人間が考えたシステムと定義するといいと思います。企業はその本来の目的に忠実でなければなりません。
 ですから、成果が上がれば、それを企業を支える人たちに適切に配分して、支える人たちを動機付け、さらにいい貢献をしてもらうように考えます。

 企業を支える人たちとは誰かというと、人間と資本です。人間には賃金を払い、資本(実は資本を提供してくれる人)には資本費(金利、賃借料、利益)を払います。(注)
 企業が成長すれば、こうした配分は大きくなります。従業員や資本提供者は満足し(動機づけられ)より確りと企業を支えてくれます。

 ここで、「企業が成長すれば」というのは、経営学で言えば、「企業の生産する付加価値が増える」ことです。国の場合は付加価値はGDPですから経済成長です。
 ということで、賃金を上げるというのは「付加価値生産が増えているから(国なら経済成長しているから)その配分である賃金を増やそうということです。

 こう見て来ると、賃金を増やすのは、企業なら付加価値の増加、国ならGDPの増加に従って増やすのが合理的ということになります。
 ただ、賃金は通常1人当たりですから、比較対象は1人当たりの付加価値(付加価値生産性)や働く人1人当りのGDP(国民経済生産性)の向上です。

 ということで、賃金引き上げの最も基本的な基準は「生産性の向上」になりますが、経済や経営は物理や化学の実験と違って、予測と現実の誤差も大きく、それをうまく均すのが経済政策ということでしょう。

 結果的に賃金に配分し過ぎたか、資本費に配分し過ぎたかは「労働分配率」に現れます。生産性上昇率<賃金上昇率ならインフレ傾向、生産性上昇率>賃金上昇率なら消費不振(デフレ)です。
 幸いなことに、日本経済は差し当たって、安定した成長路線を進みそうです、というより進めなければなりません。そのためには、賃金と生産性の関係も中期的に安定(労働分配率も安定)したものにしていくようにすべきでしょう。
 さてそのためにはどう考えるべきでしょうか。

(注)資本費の内、金利は借入金に、賃借料は借りている実物資産に、利益は資本提供者に対応するものです。このうち、利益の一部は配当として株主に直接支払われ、残りは会社の自己資本として、社内に蓄積されます。蓄積の大きい会社は株価が高いので、それは株主へのリターンということになります。

今春闘、どんな賃上げをすればいいのか

2015年02月09日 14時22分53秒 | 労働
今春闘、どんな賃上げをすればいいのか
 今年は未だ国会への予算案の提出がないので、政府経済見通しの「閣議決定版」が発表されていません。ということで、「賃上げ、賃上げ」と笛を吹いている政府が、どの程度の一人当たり雇用者報酬の伸びを見ているかの数字はありません。

 昨年1月に発表された平成26年度の政府経済見通しの雇用者報酬は2.0パーセントの伸び、雇用者の伸びは0.5パーセントで一人当たり雇用者報酬の伸びは1.5パーセントというものでした。

 近似的に類推出来る毎月勤労統計の平成26年1~12月の現金給与総額は、事業所規模5人以上で0.9パーセント増、同30人以上で1.6パーセント増(規模間格差は大きいようですね)となっていて、一方、雇用者数の方は、労働力調査で1~12月の前年比較で37万人、0.7パーセント増となっています。 やはり1人当たりの賃金水準は1パーセント弱の上昇といった様子が見えてきます。

 今週中には、閣議決定の経済見通しが発表になり、昨年度の1人当たり雇用者報酬の実績見込み、来年度の見通しが発表されるでしょから、またその時点で確かめたいと思います。

 指摘されていますように、消費増税で2パーセント強の消費者物価上昇があります。当然実質賃金はマイナスです。しかしこれは、国民の実質購買力を増税分3パーセント減らして、国の財政再建の足しにしようということでやったものですから、実施した年にその分実質賃金にマイナスとなるのは既定のことです。消費者は甘受せよでしょう。

 来年度は消費増税の影響はほぼ消えますから、賃金と物価の関係は平常に戻ります。円安もこれ以上は余り進まないでしょうからその影響も価格未転嫁分だけになります。原油も急には上がらないでしょう。

 さて、環境条件がまともになった所で、2015春闘の賃上げは、何を基準に、どう考えて行けばいいのでしょうか。
 政府も賃上げをしてくださいと言うだけで、どのくらいとは言いません。連合は2パーセント以上といいますが、経団連は、出来るところは賃上げしましょう、賃上げの方法は多様です、ベースアップも選択のうち、と言っていますが、何を基準にどのくらいとは言っていません。

 そこで実際に賃金交渉をし、賃金決定をする企業としては、どう考えるかです。賃金支払能力という言葉があります。これはマクロの日本経済にも当てはまりますし、ミクロの個々の企業にも当てはまります。
 次回この辺りを考えてみましょう。

日本化を心配するEU,ジレンマの原因

2015年02月05日 12時09分19秒 | 経済
日本化を心配するEU,ジレンマの原因
 ギリシャの総選挙の結果、緊縮反対派が勝利を収め、どうなるかと心配されましたが、債務の国債化などの妥協策も出て、小康状態のようです。

 このブログでも書いていきましたが、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリア、などなどEU圏の国々がユーロの導入のお蔭(?)でGDP以上の生活をエンジョイし、結果は経常赤字の拡大、黒字のドイツが援助といった構図になって、EUそのものにひびが入りかねないといった懸念までありました。

 IMFやECBは、赤字の国を支援すると同時に厳しい緊縮経済を要求し、その成果でこれらの国も何とか黒字転換を果し、EU全体としても黒字体質になって、EU経済としては「これで一安心」ということになりました。

 しかし「ああよかった」と思うのも束の間、健全になったユーロは買われてユーロ高、EUの物価は国際的に見て割高になり、国際競争力がどんどん落ちて、かつての円高日本のようにデフレ経済に転落の恐れが出てきたわけです。

 折角IMFの言うとおりに緊縮政策を取り、経済が健全になって、本来ならば、その努力が評価されるべきところですが、褒められるどころか、ユーロ高にされて、デフレ経済に苦しまなければならないという「罰」が与えられたことになります。

 これではたまらないとECBは金融緩和策という選択になります。
 競争力がなくなった時、異次元金融緩和で、(経済活動を刺激するのではなく)通貨安にすることでデフレ化を防止するというのは、アメリカが開発し、日本の真似し、今回はECBも導入という、マネー資本主義時代の定番の経済政策なわけです。

 折しもギリシャで緊縮派が敗れ、さらには苦しんで赤字を脱却した他の国々でも緊縮反対派が改めて活発な動きを・・・という事になりそうな気配もあると言われます。
 IMFは赤字の国には緊縮要請をしますが、国際投機資本が跳梁する中で、それがどんな意味を持つことになるのか、解ってやって居るのでしょうか。

 日本では水野和夫さんが「資本主義の終焉」を書き、来日中のピケティさんの「資本論」が世界中で読まれるような状態を早く何とかしないと、テロや紛争で大変な世界が、経済でも先が見えなくなるようなことにならないでしょうか。
 原因はG20などでもすでに指摘されていますが、放置できない問題でしょう。

国連の役割ではないのか

2015年02月03日 12時42分18秒 | 国際政治
国連の役割ではないのか
 キーボードのキーを打つのも憚られるようなISIL(マスコミではイスラム国)の、人にあらざる様な行動を知らされるにつけ、人類全体の人道的な総意を集め、出来るだけ早くこの問題を解決して欲しいと誰しも思うのではないでしょうか。

 この問題は、基本的には国と国との争いではありません。しいて類似性を探せば、日本にもオウム事件のような、残虐非道な集団があり、これは国の警察権によって、排除され、法の裁きを受けることになりました。

 ISILが地球人類社会に対し、人命を無視するような行動を取るのであれば、これは人類社会が人道的な見地から徹底排除し、安倍総理もいわれる様に、「法の裁き」を受けさせなければならない問題でしょう。

 アメリカ中心の有志連合によって対応しようという方法は、当面とりうる已むを得ない手段かもしれませんが、本来であれば、国連という究極のLegitimacyを持った人類の組織が、戦争ではなく、地球人類のための警察活動として解決すべき問題のように思います。

 ソマリア沖の海賊問題の際に、「軍隊と警察」を書かせて頂きましたが、かつてより、国連中心主義を標榜する日本です。非常任理事国継続も決まったようです。
 責任、権限にどうしても曖昧さの残る国と国との戦争の形ではなく。国連の意思と権威によって、こうした問題に対応できるよう努力することが、長い目で見た本当の国際貢献にも繋がるのではないでしょうか。

春闘の問題点、何を基準に賃上げを決めるのか?

2015年02月01日 21時09分13秒 | 労働
春闘の問題点、何を基準に賃上げを決めるのか?
 春闘の賃金交渉で、最も難しいのは、いかなる内容の賃上げをした場合、総額人件費はどれだけ増えるかという問題です。

 賃金体系の設計、人員構成(含採用)、ベアの内容、査定昇給の分布、手当制度の改定、国の社会保障制度の変更などなど、色々な要素が影響して、総額人件費の増加が決まって来るわけです。

 しかし企業が最終的に判断しなければならないのは、労使の話し合いで決めた賃金交渉の「結果」がどのくらいの人件費負担増になるかです。
 もちろんこれは、人件費(特に月例賃金部分)が固定費と考える日本的な伝統によるもので、人件費を変動費と考える経営では人員削減で随時調節が可能です。
 日本企業ではこうした人件費の柔軟化を残業代と賞与部分でやるのが精一杯です。

 一般的とか平均的に言えば、定昇部分で人件費が何パーセント増えるかは経験値があり、ベアはそのまま上積み、あと手当の改定や採用・退職の影響を推計などなどの手続きで総額人件費の増を推計、経営計画と賃金交渉との整合性を図ることになります。

 ところで問題は、総額人件費の増加の限度を「何を基準にして」考えて行くかという点でしょう。
 安倍さんは「賃上げをしてくれ」といい「経団連は、可能なところでは賃上げを考慮してほしい」と言っていますが、「何を基準に賃上げを考えるか」については一切触れていません。結局は「企業のご判断にお任せします」ということでしょう。

 政府が賃上げに介入するのはもともと異常ですが、経済団体は担当責任者の立場です。「賃上げをしてください」、「額や率はお任せ」では賃金政策は不明瞭で、企業の方も困ってしまうのではないでしょうか。

 昔の日経連は「生産性基準原理」などと言って、春闘の賃上げの基準は、国民経済生産性に置くべきだと言っていたと記憶します。それに企業自身の支払能力を勘案して、日本経済にも、自社にも合理性のある賃上げをと主張した資料も出ていたはずです。
 これに対して、労働側には、物価上昇をカバーする賃上げプラスアルファ(生活向上分)論があり、対立があったことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。

 円安や消費増税で、賃上げは物価上昇に追いついていないのが現実です。この問題への対応のあるべき論はこのブログでも書いて来ました。実体経済と整合した賃金の在り方を考えた場合、賃金上昇の原資は生産性向上以外にないことも事実でしょう。
 今後の春闘が賃上げをするかしないかではなく、日本の実体経済、企業の経営分析の数字に基づいた合理的な論争になっていくことを期待したいと思います。