幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第四十七回
このまま寝入られては、マヨネーズの報告が出来ない。弱った! と思っていると、ふと、胸元の如意の筆が幽霊平林の目に入った。ここは試してみる絶好のチャンス到来! と思え、陰の手でスゥ~っと指に挟むと、ひと振りしてみた。すると、どうだろう。あれほど泥酔していた上山がスクッ! っと、テーブルから顔を上げた。それも泥酔の赤ら顔ではなく、素(す)のいつもの顔色である。
「おやっ? どうしたんだ…。おお! 君か」
『課長、大丈夫ですか? 偉く酔っておられたようですが…』
「ははっ、誰が? 私がかい? ははは…馬鹿云っちゃいかん。このとおり、酒など飲んでおらんよ」
上山の記憶は、消えたか飛んだように、まったく無くなっていた。この瞬間、幽霊平林は胸元へ戻した如意の筆の霊験のあらたかさを思い知らされるのだった。そして、そのことを今、上山に云うべきか迷っていた。
『今日の報告を取り敢えず、しようと思いまして…』
結局、幽霊平林の口から飛び出したのは単なる報告の言葉だった。実のところ、微妙に迷っていたのだが…。
「おお、そうだったな。で、その後は、どうよ?」
『三日目で、すっかり元どおりです。もう完璧に近い状態です。あの中位相処理したマヨネーズ、効果抜群ですね』
「そうか…。そんなに効くか。こりゃ、滑川(なめかわ)教授、喜ぶぞ!」
『これだけ効くんですから、課長もどうです。あっ! しまった。霊界へ置いてきました…』
「ははは…、君らしいなあ。その軽薄ささえなけりゃ、キャリア組の君なら私の上の部長になってたかも知れんな」
『からかわないで下さいよ』
幽霊平林は幾らか口惜しい気分になった。とはいえ、幽霊の自分では状況が変化しないことは、もう十分、身に染みていた。自分は見えないのだし、この世では存在していないのだと。