幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第四十九回
このことは、やはり上山には伏せた方がいいだろう…という結論に達したとき、人間界の上山が幽霊平林を呼んだ。その瞬間、刹那(せつな)の閃(ひらめ)きが起き、幽霊平林は引き寄せられるかのように人間界へ姿を現した。そして、現れた瞬間、間髪入れず上山へ云った。
「課長! これ見て下さい」
云い終わるや、幽霊平林は胸元へ挿した如意の筆を手に取ると、目を閉じて軽く振った。すると、どうだろう。上山の前に置かれた湯呑(ゆのみ)から湯気が上り始めた。
「なんだ! どうしたって云うんだっ! お前! …いや、君。神通力か何か、身につけたのか?」
『いえ、そうじゃないんです、課長。これです…』
幽霊平林は霊界司から授かった如意の筆を上山の前へ差し出した。
「……、その輝く筆は、何だい?」
『霊界で授かった如意の筆という霊験あらたかな筆です』
「ほう、如意の筆か…。見ただけで何やらご利益(りやく)がありそうな筆だが、これがどうかしたのか?」
「はい。霊界司様は、これで人間界の大悪を滅せよ、と申されました」
「そんな大仰な…。私と君は、元に戻りゃいいと、ただそれだけで動いてきたんだぜ」
『ええ、それはそうなんですが…。課長は、いいとしても、僕の方は霊界に受け入れられる普通の御霊(みたま)の姿になる必要があるんです』
「なるほど…。私にはよく分からんそちらの霊界の話だな」
『人間界の大悪とは何なのか、これは僕も訊(き)く必要はあるんですが…』
「で、私にどうしろと云うんだい、君?」
『どうしろ、などと…。まだマヨネーズの一件も片づいてませんし…』
「そうだよ。中位相処理をしたマヨネーズの一件を片づけてからにしようや」
『はい、分かりました。課長は、ひとまずマヨネーズをやって下さい』
「やるのはいいが、飲み込んだ途端、君に会えない普通の状態に戻ったらどうするんだ?」