水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

生活短編集 28 雨漏(あまも)りするボロ家 

2014年04月06日 00時00分00秒 | #小説

 朝からポツポツ…と降り出した雨滴(うてき)が、昼過ぎにはザザァーと本降りとなり激しさを増した。こうなると、手の空いた子供は忙(いそが)しくなる。屋根のあちらこちらと、雨漏(あまも)りが始まるからだ。子供達は、それぞれが鍋と茶碗を持ち、天井を見上げながら滴(しずく)が落ちる床(ゆか)板へそれらを置いていく。床に畳は入っていない。夏は冷んやりとしていいのだが、冬場は冷たい上に、床下から隙間(すきま)風が吹き上がり、たいそう寒かった。
 雨は勢いを増し、しばらくすると、床(ゆか)の上を見てでないと茶碗や鍋を蹴飛ばしそうで歩けなくなった。
 中岡家の家族は夫婦と子供が六人である。日々、貧しい生活ながらも、この家に笑いが絶えたことはなかった。旦那の太治は三 反(たん)五 畝(せ)の田畑で農業をしている。妻の初江はその太治を手助けしているが、身籠(みごも)っていて、この春にはもう一人、七人目が生まれる予定だ。太治の信念は、ボロ家でも楽しい我が家である。家族に囲まれ、幸せに笑って暮らせるボロ家があれば、それでいい…という信念である。
 小一時間、降った雨はようやく小降りとなり、夕方近くには幸い、やんだ。太治は、ひとまずホッ! とした。やまないと小屋で家族が寝なければならない。というのは、茶碗や鍋が置かれた上に布団は敷けないからだ。テレビもラジオもない中岡の家では、楽しみは家族全員でやる双六(すごろく)遊びである。家族全員が参加し、60wの裸電球一ヶが照らす灯りの下で、ワイワイと食後、八時過ぎまで楽しむのだ。これには特典が付いていて、勝った者は翌日のおかずが一品、増えるのである。昨日は三男の太三が勝ち、朝一番で飼っている鶏の卵をせしめた。一番上の兄とすぐ上の姉はそうでもなかったが、幼い弟や妹達は羨(うらや)ましそうに太三の皿に乗った卵焼きを見つめた。太三はその羨望(せんぼう)の眼に耐えられず、弟や妹達に卵焼きを分け与えた。結局、太三が食べられた卵焼きは、ほんの一口だった。それでも、家族の笑い声は絶えず、長閑(のどか)なひとときが流れていった。これが中岡家の家風である。この家の中は、一歩外へ出た途端、殺伐とする世間とは異質の生活風景が存在していた。

                                     完


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