「一毛作になってしまった田畑には菜の花の黄色が一面に広がる光景は、もう見ることが出来ませんでした。そればかりではありません。レンゲ達が賑(にぎ)やかに咲き誇る桃色もです。いったいこの国はどうなっていくんだろう? と少年は不安になりました」
「そこまで…。次は但馬君!」
「はい!」
小学校の国語の時間である。教室では教科書の朗読が続いていた。教師の山岡の声がして優(すぐる)が座り、健太が立って読み始めた。
「そんなことでもありません。僕がこの前行った田舎(いなか)のじいちゃん家(ち)の前に広がる田んぼは一面、菜の花畑でした」
「どこにそんなことが書いてあるんですか! 健太君」
「先生、すみません。でも、僕は本当のことを言いました…」
教室内は大笑いで沸き返った。クラスで人気者の健太が夏休みに両親に連れられて帰った田舎の景色だ。山岡は一瞬、おし黙った。
「…。そうなんでしょうが、教科書どおりに読んでください」
「はいっ!」
健太は優の続きを読み始めた。健太が最初、口にしたことと真逆のギャップがある内容だった。健太は読みながら、こういう所もあるんだろうな…と、素直に思った。
放課後になり、健太が下校の途中、見える田んぼには、確かに何も植えられていなかった。健太は教科書どおりだ…と思った。そのとき、忘れ去られたように一株、咲く菜の花が健太の目にとまった。そういや、二年前、ここには一面、菜の花が咲いていた…。健太は二年前を思い出した。耕していた俊作じいさんは都会の息子さんに引き取られ、その後、耕す者は誰もなくなり、耕作放棄された田んぼだった。健太の黄色一面の記憶と現実はギャップがあった。今は春先でそれほどでもないが、夏場から秋までは草が生い繁り、通学路まで迫った。健太は現実を忘れようと、頭を激しく振りながら道を駆け始めた。
完