播磨(はりま)嘉彦は世界的な新発見でノーベル生理学・医学賞を授与され、今世紀における日本きっての逸材となった。彼の発見は、ふとしたことがきっかけで偶然、見つかった。世界は、その新発見を[ハリマーの猫]と呼んだ。猫から導かれたこの発見は、ロシアのノーベル賞受賞者、パブロフの犬をも凌駕(りょうが)する世紀的な発見となった。
話は彼の発見前に遡(さかのぼ)る。
うららかな一日が始まろうとしていた。飼い猫のぺチが、どういう訳か今朝は早くから喉(のど)をゴロゴロと鳴らしてご機嫌がよい。はて? と播磨は考えた。思い当たることといえば、きのう買ってやったマタタビだが…、昼前に与えただけだし、今朝は全然、やっていなかった。きちんと戸棚に収納してあるから、可能性は小さい…というより、ほとんどない、といえた。では…と播磨は巡った。そして、あることに気づいた。播磨はぺチの治療で動物病院へ通ったことがあった。
「可哀そうですが、この腫瘍は次第に大きくなります。余りよくないですね」
川西獣医は播磨にそう告げた。
「そうですか…。私も医師ですからその辺は覚悟しておりましたが…。そうですか」
「はい。抗生物質のお薬は、いつものようにお出ししておきます。少しは増しでしょう」
播磨は、ガックリと肩を落とし軽く頭を下げた。
そんな出来事が播磨の記憶にあった。そして、ふと見れば、今、ぺチの腫瘍は消えている。そんな馬鹿な! と播磨は驚いた。考えられるのは…? そのとき播磨の記憶がふたたび甦(よみがえ)った。研究室から持ち帰った、とある物質があった。とある物質は播磨が人体用に研究を進めていた遺伝子操作で生み出された新種のウイルスだった。一週間前、彼はその薬剤をぺチに筋注したのだった。うっかり、そのことを播磨は忘れていた。
播磨がノーベル賞を受賞したきっかけは、そんな話である。その後、彼は本格的に学会への論文作成と新種ウイルスの治験(ちけん)を進めた。そして、顕著(けんちょ)な薬効と安全性により認可された薬剤は、広く世間で用いられるようになった。それ以降、世界の患者は激減していった。その功績により、賞の受賞となったのである。世界は、その新発見を[ハリマーの猫]と命名したのだった。
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