2034年、世界を震撼(しんかん)させた鳥インフルエンザが医学の進歩でようやく沈静化し、世界の人々はパンデミックスの恐怖から解き放たれた喜びで胸を撫(な)で下ろしていた。その喜びもつかの間、今度は奈良公園の鹿が相次いで死ぬという原因不明の事態が起こった。即刻、国立医療研究センター研究所の調査班SADが派遣された結果、新たな新種のウイルスが発見された。SADは、ただちに現場の消毒等を開始し、周辺への観光客等、人々の立ち入りを禁止した。マスコミは鹿インフルエンザ発生を新聞、テレビ等を通じ、華々しく報じた。
「安心して下さい! 鹿インフルエンザは、どうも馬にだけ感染するようです…」
感染症制御研究部内の感染研究室では、研究員の高桑が室長の中山を前に興奮して話していた。
「馬鹿か…」
「えっ?」
高桑は自分のことを言われたと思い一瞬、顔を強張(こわば)らせた。
「いや、失敬! 君のこっちゃない…」
その言葉で少し落ち着いた高桑は、物静かになり中山の言葉を噛みしめた。
「あっ! なるほど…。鹿から馬で馬鹿ですか」
「そう。君が少し入り込んでるんで、駄洒落(だじゃれ)で凝(こ)りを解(ほぐ)してやろうと思ってな」
「有難うございます。でも僕、そんなに凝ってませんから!」
高桑は意固地に言い返した。中山は高桑の性格を知っているからか、それ以上は言わなかった。
鹿インフルエンザの猛威は凄(すご)く、瞬く間に奈良の鹿の四分の一近くが死んでいった。このままでは神の遣(つか)いとされる鹿が死滅すると、ウイルス感染がないと断定された陰性の鹿の全国移送が決定し、ただちに開始された。
一週間後、妙なところから鹿インフルエンザの特効薬が判明した。それは馬の毛から抽出された成分だった。感染した鹿にその成分を元に作られたワクチンを筋注したところ、鹿は元気になったのである。まさしく、馬と鹿は切り離せない…と研究室内は笑いで沸き返った。その後の研究で犬と猿でもやはり同じ研究成果が出た。
完