水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

生活短編集 37 無駄のない動き 

2014年04月15日 00時00分00秒 | #小説

 人は動物だから動く。植物だって少しずつだが動いている。要は、生物は皆、動く訳だ。ただ、人間はその動き方が緻密(ちみつ)なのである。これは、よく言った場合の例(たと)えである。悪く言えばズル賢(がしこ)い生物…となる。その人間にも幾つものランクがある。先天的レベルの馬鹿、天然に近いお馬鹿さん、世間並み、幾らか又はある程度の賢者、秀才レベルの賢者、百年以上に一人出るか出ないかと言われる天才…と、まあこうなる。これだけランクがあれば、やはりとんでもないことを起こす人も現れる。なんだ、かんだ…どうたら、こうたら…で警官隊と衝突、流血の惨事、激しく車が燃える光景、銃の打ち合い・・など、これはある国で起きている現在の惨状だが、こうした行為は人々が生きていく上で完璧(かんぺき)に無駄な動きだ。破壊の前方に平和や人々の生活の向上はなく、生れるのは悲劇ばかりなのだ。そうと分かっていても集団となれば、人はそれをやる。
『0秒12の差の金メダルです!!』
 テレビのアナウンサーが興奮の声で話している。
「ふ~~ん、0秒12か…。両手を叩く速度の差だな。それで金と銀か! どっちも金やれよっ!!」
 睦彦が珍しく興奮している。
「私はダイヤの方がいいわ。ねぇ~~」
 妻の照代は天然気味で、しばしば睦彦を困らせた。おいおい! オリンピックの話だ! と言うのも無駄に思え、いや、逆に火に油だ、危ない危ない! …と睦彦は瞬間、口を噤(つぐ)んだ。下手(へた)に返せば、恐らくこの前、強請(ねだ)られたダイヤの指輪を買わされることは目に見えていた。睦彦の頭脳は無駄のない動き・・をしたのである。
「なんだ、もう明日、閉会式らしいぞ…」
 睦彦はリモコンを弄(いじ)ってチャンネルを変えた。緻密で無駄のない動きを頭脳が命じたのである。言動、行動とも自身の気持を少しカムフラージュする行為でもあった。妻の「ねぇ~~」という言動を逸(そ)らして遠ざけたのである。剣道なら、打ち込まれた竹刀(しない)を払い、逆に小手を決める…ような動きだ。
「皆さん、頑張ったわね…」
 功を奏したようだ…と睦彦は、ひとまずホッとした。その直後、照美が手にした袋から昨日、買ったネックレスを取り出した。
「ねぇ~~、似合う?」
「…」
 睦彦は逆に一本とられていた。夫の一瞬の油断を見据(みす)え、天然の妻が放った無駄のない動きだった。

                                  完


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