すでに秋が始まっていた。秋ですよっ! とか言わずに訪れるのが四季である。まあ、それは当然の話で、季節にいちいち語られたのでは五月蠅(うるさ)くてかなわない。ところが、縦溝(たてみぞ)家の中だけは少し様子が異(こと)なった。余りの住み心地のよさに、夏は去らず、縦溝家に腰をドッカ! と下ろしていたのだ。もちろん、縦溝家の敷地を一歩出れば、心地よい秋の空気が漲(みなぎ)り、清々(すがすが)しい秋 日和(びより)だった。そんな縦溝家の閉められた窓から、一家の主(あるじ)である播夫(まきお)は怨(うら)めしげに外の様子を窺(うかが)っていた。窓を開ければ、ムッ! とする夏の暑気なのだから仕方がなかった。だが、播夫が眺(なが)める空は、鰯雲の浮かぶ秋の空なのだ。縦溝家の暑気と秋空には大きなギャップが存在していた。
「ほんとに! 信じられんよ…」
播夫がそう愚痴を呟(つぶや)こうが呟くまいが、縦溝家の夏は現実だった。
『いや、私もそろそろとは思ってるんですがね。つい…。このままレギュラーで居座ると、秋、冬、春さんから怒られてしまいますね、ははは…』
そのとき播夫の耳に小さな声が届(とど)いた。播夫は、空耳(そらみみ)か…と一瞬、思った。
『居心地がいいものでしてね。ははは…いいご家族です!』
「なにが面白いんですっ! いったい、あんたはっ?!」
播夫は怒りぎみに訊(きき)き返していた。
『私は夏です。ただ、それだけのものです…』
偉大な夏にしては下手に出ていた。相変わらず聞こえる空耳に、播夫は体調が悪いのか…と思え、保険証を出そうとした。
『あなたは悪くありません、健康ですよ…』
「それなら、あんたが悪いんだ! 休んでくれぇ~~!」
播夫は大声で叫んでいた。家族全員が、何ごとがあったのかと播夫の部屋へ駆けつけた。
次の日から縦溝家にも、ようやく秋が『こんちわっ! 遅くなりましたっ!』、と訪れた。だが、秋もレギュラーで居座りそうだった。
完
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