水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

世相ユーモア短編集 -51- 予約

2025年01月11日 00時40分00秒 | #小説

 最近の世相は、何かにつけて予約が幅を利かせている。それだけ人と人とのコンタクトが取りにくくなった・・と考えれば、何故か寂しい気分になるのは私だけだろうか。今日、お話するこの男、篠口もそんなことを思う一人だった。
 朝の通勤電車である。篠口はいつものように地下鉄に揺られ職場へ向かっていた。篠口が勤める区役所の、とある課はここ最近、住民の予約に追われていた。
「はいっ! 次の方…」
 開庁と同時に、その日も大勢の住民が受付へ押し寄せた。
「ええ~~っと…はいっ! 予約票は?」
 住民が予約票を受付台へ置くと、篠口は馴れた手つきで予約票を確認して受理し、処理し始めた。それもそうで、篠口が予約の受付係になってから三年ばかりの月日が流れていたのである。不器用な者でも三年も同じ仕事をしていれば身体が自然と覚えるというものである。
「はいっ! 次の方…」
 篠口は次から次へと立ち並ぶ住民の受付を処理していった。
「はいっ! 次の方っ!」 
 二十人ばかりを受理し終えたとき、篠口は相手を見ず、思わず声を出してしまった。
「ははは…私だよ、篠口君。おはよう…」
 篠口はその声に慌てて相手の顔を見上げた。受付台の上には予約票が置かれ、前には課長の鼓原(つづみはら)が立っていた。
「あっ、課長! おはようございます。今日は?」
「予約だよ、予約!」
「はあ…」
「嫌だな、君! 今日はプライベートで予約に来たんだよ」
「ああ、そうでしたか。そう言っておいて下されば、先に処理してましたのに…」
「ははは…馬鹿を言っちゃいかんよ、君っ! 公私混同はダメだろ?」
「ははは…ですよね。私も明日」
「そうなの? 君のは誰が受付するんだ?」
「さあ、そこまでは…」
 同じ課内の者とは分かっていたが、誰になるか…までは篠口にも分からなかった。
 と、いうことで、予約は今の世相でコンタクトを取る手段として必要不可欠になっています。ただ、どこか機械的で味気ないのが残念といえば残念です。^^

                   完


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