幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第九十二回
幽霊平林は、そんな上山の動きには関知せず、また両の瞼(まぶた)を閉ざした。そして五分ばかり、ひたすら念じた。上山の目には、幽霊平林が、ただ目を閉ざして瞑想しているとしか映らないのだが、彼は彼なりに必死に考えてきたことを念じているのだった。五分が過ぎ、幽霊平林は徐(おもむろ)に目を開けると、如意の筆を二度ばかり軽く振った。上山はそれを眺(なが)めながら、額(ひたい)の汗を拭った。
『さあ、終りました…。結果は少しずつ表面化するでしょう。恐らく、数日中には、その最初の兆候が現れることでしょう。メディアのニュースで流れるはずです』
「そうか…。もういいのか?」
『はい。一応は済みましたから』
「一応? と云うと?」
『はい。ですから、ソマリアでの内戦、いや争いごとは、すべて無となるはずだ、ということです』
「なるほど…。それじゃ、続きは日本で見届けるとしよう。じゃあ、戻してくれ」
『折角ですから、何かお土産でも、いかがですか?』
「いや、そんなもんはいい。早く戻してくれ。この四十六度の気温は、さすがの私にも堪(こた)える!」
『分かりました。では…』
幽霊平林は、また瞼を閉ざすと瞑想に入った。
やがて目を開けた幽霊平林は、如意の筆を二、三度、振った。瞬時にして、二人の姿はソマリアから消滅した。
ここは上山のキッチンである。消えた二人は、バッ! と、これもまた瞬時に現れた。
「ふぅ~、こりゃ涼しいわ。やはり日本は、いい国だなあ。暑い、といっても、もう残暑の二十八度だからなあ」
上山は溜息(ためいき)を漏らしながら、壁面の温度計を見遣った。
『ええ、それはそうです。いや、僕は無事に戻れてやれやれなんですよ、課長』
幽霊平林の声は精彩を欠いた。
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