秋の風景 水本爽涼
(第六話) 静と動
九月を過ぎた頃から日増しに日没が早くなったように思う。秋の夜長は凛と空気が澄んで読書には快適だ。僕はそう本は読まないが、父さんは結構、静の読書派である。じいちゃんは正反対の動で、もっぱら剣道と畑作りを人生の生業(なりわい)としているから、本などは一冊も読まない。って云うか、新聞等も含み書物に一切の関心を示さないのだ。
「頭でっかちなどは、この世では無用の長物だ。人間は、実践あるのみ! 結果がものを云い、ものを生み、ものを救うんだぞ、正也。よ~く覚えておきなさい。まあ、頭脳労働は頭でっかちとは、また違うがな。兎も角、試行錯誤、…ちょいと難しいか。要するに、まず動いてやってみて、失敗するのはいいんだ」
「うん!」
今夜は、じいちゃんの離れへ用もなく行ったのが運の尽きで、延々と長い講話に付き合わされる破目となってしまった。
「まあ、恭一がそうだ、という訳じゃないが…」
じいちゃんは一応、父さんを立てて、そう付け加えた。無論、本心では読書派の父さんを嘲(あざけ)っているのは疑いのないところだろう。事実、会社休みの今日は、居間でハイボールを片手にサラミを齧(かじ)り、小説を読み耽(ふけ)っている父さんがいた。じいちゃんは、それを垣間見て、離れへ引き揚げた経緯(いきさつ)がある。今夜に限っては両者の暗黙の了解は成立せず、将棋は指されなかった。いや、じいちゃんは指す積もりだったのだろうが、案に相違して、父さんが本を読んでいたので成就せず、諦めた…と思える。更に、サスペンスタッチで推理を働かせば、その不成就の鬱積が僕への講話となって噴出した…と、考えられなくもない。
「お義父さま、テーブルに置いときましたから…」
「あっ、未知子さん。今夜も、すまないですねえ…」
じいちゃんの晩酌は、いつも熱燗が二本の日本(二本)男児だ。父さんの洋酒党を小馬鹿にしている節もある。その実、ビールに限っては、いいらしい。まあ、そんなことはどうでもいいが、母さんの助け舟があったお蔭で、漸(ようや)く僕はじいちゃんから解放されることになった。
寝る前に歯を磨きに洗面所へ行くと、じいちゃんが熱燗で晩酌している姿が目に入った。居間では洋酒を片手に、青みを帯びた父さんの顔がある。対して、台所では日本酒を片手に赤みを帯びるじいちゃんの頭が光る。両者の違いと云えば、毎度の言とはなるが、某メーカーの洗剤Xで磨いたように光るじいちゃんの頭だろう。この頭は、熱燗二本で赤みを帯びるという特性を有している特別天然記念物なのである。じいちゃんはテレビで落語に興じて、動で笑っている。母さんは? というと、家事を終えたらしく、動で疲れ果てて漸く風呂に入り、僕達三人から解放されたところだ。父さんは半ば本を読み終え、まだ静のまま読み続けるようだ。僕は歯を磨き終え、三人の付き合いに疲れきったので、もう寝ようと思っている。
第六話 了