水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十七回)

2011年10月21日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第四十七回
このまま寝入られては、マヨネーズの報告が出来ない。弱った! と思っていると、ふと、胸元の如意の筆が幽霊平林の目に入った。ここは試してみる絶好のチャンス到来! と思え、陰の手でスゥ~っと指に挟むと、ひと振りしてみた。すると、どうだろう。あれほど泥酔していた上山がスクッ! っと、テーブルから顔を上げた。それも泥酔の赤ら顔ではなく、素(す)のいつもの顔色である。
「おやっ? どうしたんだ…。おお! 君か」
『課長、大丈夫ですか? 偉く酔っておられたようですが…』
「ははっ、誰が? 私がかい? ははは…馬鹿云っちゃいかん。このとおり、酒など飲んでおらんよ」
 上山の記憶は、消えたか飛んだように、まったく無くなっていた。この瞬間、幽霊平林は胸元へ戻した如意の筆の霊験のあらたかさを思い知らされるのだった。そして、そのことを今、上山に云うべきか迷っていた。
『今日の報告を取り敢えず、しようと思いまして…』
 結局、幽霊平林の口から飛び出したのは単なる報告の言葉だった。実のところ、微妙に迷っていたのだが…。
「おお、そうだったな。で、その後は、どうよ?」
『三日目で、すっかり元どおりです。もう完璧に近い状態です。あの中位相処理したマヨネーズ、効果抜群ですね』
「そうか…。そんなに効くか。こりゃ、滑川(なめかわ)教授、喜ぶぞ!」
『これだけ効くんですから、課長もどうです。あっ! しまった。霊界へ置いてきました…』
「ははは…、君らしいなあ。その軽薄ささえなけりゃ、キャリア組の君なら私の上の部長になってたかも知れんな」
『からかわないで下さいよ』
 幽霊平林は幾らか口惜しい気分になった。とはいえ、幽霊の自分では状況が変化しないことは、もう十分、身に染みていた。自分は見えないのだし、この世では存在していないのだと。
 


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十六回)

2011年10月20日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第四十六回
『ありがとうございます。しかし、私は、さしずめ何をすればよいのでございましょう』
『その決めはない。ただ、俗世の大悪を滅せよとの霊界司様のお言葉であった』
『はは~っ!! 出来得る限り、この平林、努めさせて戴きますぅ~』
 幽霊平林が云い終わった瞬間、光輪は、跡形もなく消え失せた。訳がどうであれ、ひとまず霊界司に認められ如意の筆(にょいのふで)まで頂戴したのだから、幽霊平林としては、気分の悪かろう筈(はず)がない。喜び勇んで住処(すみか)へと透過して入った。
 その頃、上山は、かなり酩酊していた。というのも、お目出度い披露宴の席で、多くの人から酒を勧められたからで、いつもなら断るところを、立場上そういう訳にもいかず、勧められるままに飲んだ・・というのが原因だった。幽霊平林がスンナリ消えてくれて気が緩んだ、ということもある。自分は正義の味方で、ヒーローになったんだという高揚した気分である。
 幽霊平林が如意の筆を胸に、気分を新たにして人間界へ現れたのは、その夜の八時前である。正確には、七時半過ぎだった。なにぶん、時間が分からない霊界だから、少し早めに現れることにしたのだ。もちろん、目的は滑川(なめかわ)教授に報告している上山のデータ集めに協力することなのだが、気分はどこかヒーローであり、正義の味方の幽霊平林だった。現れた場所は上山の家のすぐ近くで、辺りで時刻を確認してから家へ透過するつもりでいた。家に上山はいた。しかし、すっかり泥酔状態で、幽霊平林が現れるしばらく前に、披露宴の二次会からタクシーで帰着したのだった。当然、すっかり出来上がっていた。そこへ幽霊平林の登場である。深い酔いもあってか、上山の有りようは、いつものように尋常ではない。そんなことは知らない幽霊平林はスゥ~っと家の中へ透過した。すると、酔い潰(つぶ)れてテーブルにひれ伏す上山の姿が目の前へ現れた。一瞬、幽霊平林は上山へかける言葉を失った。しかし、いつまでも無言という訳にもいかない。観たところ、酒がかなり入っていることは分かる。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十五回)

2011年10月19日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第四十五回
『なんです、課長! 僕だって出たくて出た訳じゃないんですぅ~! 今、何かされたでしょ?』
「…んっ? ああ、マイクを離したときに、回したかも知れんな」
『それですよ、それ!』
 勝ち誇ったように、幽霊平林は上山のミスを強調した。結婚さえしていれば、こんなこともないのだろうが…と、上山には瞬間、思えた。
「まあとにかく、ここは拙(まず)い。場所を変えて現れてくれ! 私はもう行くからな。皆さんを待たせちゃな。トイレぐらいに思っておられるだろうから…」
『すみません! そうして下さい。…って、僕のせいじゃないんですけど!』
 幽霊平林は、また少し怒れたが、遠慮しようと霊界へ戻った。戻ると、同時に住処(すみか)を光輪が射して覆った。そしてたちまち、霊界番人の声がした。
『おお、待っておったぞよ。そなたの妻、和枝の御霊(みたま)は見つかったが、今日はそのような小さきことで現れたのではない。霊界を支配される霊界司様のお言葉を伝えるためじゃ。その方(ほう)、ただ今より俗界の悪を懲(こ)らしめよ! とのお達しじゃ。それは、そなたの身が御霊に変わるまでの務めとする、とのことぞ。よ~く、心するように…』
 光輪は、光をいっそう強くして、幽霊平林の住処へ降り注いだ。
『はは~~っ!!』
 幽霊平林は身の引き締まる思いがした。自分が俄かに正義の味方のヒーローになった錯覚も駆け巡った。もう、妻の和枝のことは、すっかり忘れ去っていた。
『この筆を、そなたに遣(つか)わす。汝(なんじ)が悪に立ち向かい、万が一、敗れたり不利になったりしたときに、ひと振りするがよかろう。さすれば、たちまちにして悪事は退散、あるいは滅するであろう』
 その言葉とともに、光り輝く一本の筆が空中を移動して幽霊平林の胸元の襟(えり)へ、スッ! と入った。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十四回)

2011年10月18日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第四十四回
そうなれば早速、上山のところへ…とは思えたが、よく考えれば、今の時刻が分からない。霊界には時の流れがない。だから異次元空間ともいえるこの世界では、人間界と似通ったところがあるものの根本的な点で差異が見られた。だから、上山の人間界が今、いつなのかが幽霊平林には分からなかった。むろん、少し前、上山に呼び出されたのが夜だったから、そこから辿れば真夜中から早朝だとは推測出来た。で、かなり遅らそうと判断した。
「え~~、…で、ありまして、まことにお目出たい媒酌人の栄誉に浴し、恐悦至極でございます…」
 岬と亜沙美の結婚披露宴が、ここ照天ホテルの松の間で華やかに催されていた。このことを幽霊平林は知らない。
 ひと通りの挨拶と乾杯の音頭をとり終えると、上山は前に立つスタンドマイクを左手で持ち、そして話す寸前、なにげなくグルリと左手首を回した。当然、幽霊平林の記憶にインプットされた端末回路は反応し、幽霊平林は引き寄せられるように霊界から人間界へ瞬間移動した。
『あっ! 課長。今、行こうと思っていた矢先だったんですよ』
「…」
 披露宴会場の大勢の招待客を前にしていては、さすがに上山も返せない。仕方なく、右手に持った原稿を軽く振り払う仕草で来賓客へ一礼して檀を降りた。そして上山は、足早に部屋裾へと姿を隠した。そんな上山を当然、幽霊平林はスゥ~っと追った。メイン司会は照天ホテル側が任されているから、ホッ! っとした上山なのだが、まさかの幽霊平林の出現で、ふたたびドギマギさせられたのだ。
「なんだい君! こんなお目出度い席に…」
 上山は早く席に戻らねばならないから、無愛想な迷惑顔で云った。面白くないのは幽霊平林である。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十三回)

2011年10月17日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第四十三回
 光の輪の声は途絶え、消え去ろうとした。
『あっ! 待って下さいまし、霊界番人様!』
『なんじゃ!』
 幽霊平林の声に、光の輪は、ふたたび光を強めた。
『あのう…、こちらにおります亡くなった妻、和枝に会いたいのですが、それは叶いましょうか?』
『おお、そのようなことか。それは容易(たやす)きことなれど、御霊(みたま)で漂うそなたの妻を探すには、ちと、時を要するのじゃ。その理由は、云わずと知れた霊魂の多さよ』
『いえ、会えればそれでよろしゅうございます。時がかかろうとも、お待ち申し上げますので、よろしく』
『あい分かった。調べてみるとしよう。ただし、その御霊が、そなたに会いたくないと、と申せば、この話はなかったことにするぞよ』
『はい、結構でございます。なにぶん、よろしゅう!』
『おお…。それにしても、骨の折れる奴だわい』
『あの、なにか?』
『なにもない! もうよい!!』
 霊界番人の声は怒ったように途絶え、光輪も俄かに消え失せた。幽霊平林はスゥ~っと住処(すみか)の内へ移動して、マヨネーズをなにげなく一口、ペロリと舐(な)めた。住処の外の周りでは御霊が飛び交うものの、それはただの走馬燈のようにしか幽霊平林には映らなかった。そして、自分と上山の謎は? と、ふと考えれば、この疑問に関しては少しも進捗(しんちょく)がないように思えた。自分としては止まれるようになったからいいが、まだ上山の姿は白っぽく薄れて見えている。一方の上山はどうなのだろう…。そうだ! 課長にも、このマヨネーズを口にしてもらわないと…と幽霊平林は刹那、思えた。ひょっとすれば、課長の目から自分の姿が消え、正常に戻るかも知れないのだ。それは上山との別れを意味するが、ともかく試してもらおう…と幽霊平林は思うのだった。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十二回)

2011年10月16日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
    
第四十二回
「いや、それはすごい成果だろう。たった二日で、さ。教授だって一週間から十日は、かかるだろうって踏んでおられたんだからな」
『はあ…、そうですね』
 余りテンションを上げない幽霊平林は、上山の言葉に軽く相槌だけを入れた。
「まあ、とにかくその調子で、もう少し頼むよ。ああ、そうそう。滑川(なめかわ)教授に連絡するのは、朝から夜にしたから」
『はい…。じゃあ、少し前に寄ります。都合ですか?』
「そう、朝は急(せ)くからなあ」
『なるほど、分かりました。それじゃ』
「君も少しは眠れる、いや、休めるだろう」
『ああ、はい…。少しは気分を休められます』
 そう云い残し、幽霊平林はいつものようにスゥ~っと格好よく消え失せた。
 ここは霊界である。スゥ~っと戻った幽霊平林は、とにかく自分の住処(すみか)へ戻ることにした。疲れはないが、少し気分が低いのだった。こういう日は早めに寝る、のではなく止まるにかぎる…と踏んだ訳で、他意はなかった。この日も住処は誰が訪ねるでもなく、ひっそりと陰気さを倍増させて存在していた。崩れかけたボロ小屋が、いっそうその感を深くするが、幽霊平林は幽霊だから怖くはない。中へ透過して入ると、幽霊平林はマヨネーズをペロッ! っとひと口、飲み込んだ。その時、光輪が俄(にわ)かに上の彼方から降り注ぎ、住処の小屋を直射した。幽霊平林は、マヨネーズを飲み込んだ直後だったから、思わず咽(むせ)た。酸っぱ味とかの味覚がない分だけは救われたが、それでも何事だ! とばかりにギクリ! とさせられた。やがて、この前と同様、「霊界番人様だ!」とは思えたが、その目的が、どこか不気味に思えた。
『おお、平林か…。今日、やって来たのは、この前の返答じゃ。霊界司様のご指示は、しばらくの間、そなたの様子を見よとのお達しである。よって、そなたが俗世の姿で漂うこと、しばし許されたと考えよ。では、のう…』


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十一回)

2011年10月15日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
    
第四十一回
「では、報告しますが、昨日の時点では、やはり少し効果があったようで、揺れが少なからず小さくなったということですが、まだ顕著な効果とまでは云えないと…」
「なんだ、ややこしい云い回しだのう。要は、少しは効果が認められるが、まだ、はっきりしない、ということだろうが…」
「はい!」
「初めから、そう云えばいいんだ」
「すみません」
「なにも謝らんでいいがのう」
 滑川(なめかわ)教授は怒らず上山を宥(なだ)めた。
「はあ…」
「まあともかく、あと一週間ほどは連絡してくれ」
「はい、分かりました」
「このデータによっては、君が口にして見えなくなるってこともあり得るんだからな」
「はい。出来ればそう願いたいんですがね。…平林に会えなくなるのは寂しい限りですが…。それと、明日は夜八時頃に…」
 上山は、そう云うと携帯を切った。駅ビルが目の当たりに迫っていた。
 その次の日の夜、上山は幽霊平林を呼び出し、昨日と同じように中位相処理されたマヨネーズの飲用後の変化を訊(たず)ねた。
『いやあ、これは大したもんですよ。昨日からですから、朝昼晩で六回ですよ。さきほども口にしたところですが、抜群の効果です。もう、ほとんど動きません』
「えっ? どういうこと?」
『ですから、ほとんど動かないんですよ。…止まれる、って云った方が分かりやすいんですかね?』
「ああ、そういうことか。止まれるようになったってことだな」
『ええ、ほとんど、ってとこです。まだ完璧とまではいかないんですけどね』


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第四十回)

2011年10月14日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
    
第四十回
思わず上山はワイシャツのネクタイを緩めた。その緩めたタイミングが丁度、七時半と重なった。これはもう偶然、などとは云えない! と上山には思えた。当然、上山がネクタイを緩めた瞬間に幽霊平林が現れた。この朝は幽霊の決まりポーズではなく、片手に霊界のメモ帳を携えていた。空いたもう片方は、幽霊ポーズをかろうじて維持していた。霊界番人が指摘したように、本来なら人魂の形態であらねばならないものが、幽霊の形を保ったまま死に続けている平林だった。
『お約束の報告です。え~っと、ですね。少なからず揺れは小さくなったように思うが、未だ顕著とまでは云えず、です』
「うーん、もう少し平たく云ってくれよ。なんか今一、伝わらないんだよな、堅くって。下手な小説じゃないんだから」
『いやあー、参ったなあ。課長もなかなか云いますねえ。僕の早とちりです。堅い方がいいんじゃ…と思ったもんで』
「別にいいんだけどさ。朝のこの時間帯だろ? 手っ取り早く聞いて、手っ取り早く頭に詰め込みたいからな。教授に携帯しやすいようにさ。会社へ出る前だから、そう時間もないんだ」
『ああ、お時間ですか…。なんでしたら夜の七時半でもいいんですけど。その方が課長もよろしいでしょ?』
「ああ、そうしてもらえたら有難いがな。君はいいのか?」
『はい、僕が忙しい、ってことは、あり得ませんから…』
「ふ~ん、そうなんだ。それじゃ明日からは夜の七時半で頼むよ、ごくろうさん」
 そう云い終えるや、上山は椅子を立った。家を出る時間には、まだ少しあったが、気が急いたのか、上山は家を出た。そして、駅へと歩く道すがら、携帯を握った。
「あっ! 滑川(なめかわ)教授でいらっしゃいますか? 私、上山です」
「上山? おお! で、どうだ?」
「はい、昨日の報告を聞いたところなんです。今、よろしいでしょうか?」
「ああ、私はいつでも構わん」


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十九回)

2011年10月13日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
    
第三十九回
そうだとすれば、期待が持てるのだ。マヨネーズの飲み込みは、彼にとって不安というよりは、少し楽しみに思えていた。あとは、ほどよい時間を意識的に探れば事は足りた。そう思うと、幽霊平林は霊界のメモ用紙に経過の記録を書くことにした。そして、さっそく今、口にしたことを記した。筆記具は霊界鉛筆である。もちろん、ボールペンもその他の筆記具、いや、人間社会で一般にある物は、食べる物だろうと店だろうと全(すべ)てがあった。ただ、頭に霊界の二文字が付くことと、ネーミングが陰気だということのみの違いはあった。
『そうだな…、この小屋にも霊界時計は一個いるな…』
 幽霊平林は独りごちた。2Kmほど飛べば、霊文具の専門店、弔文屋があるのだが、今のところ霊界鉛筆で事足りている幽霊平林なのだ。もちろん、霊界万年筆や霊界ボールペンも持っているのだが、人間界からどういう訳か死んだときにこちらへやってきたもので、理由が分からない幽霊平林だった。
━ 少なからず揺れが小さくなったように思うが、未だ顕著とまでは云えず ━
 幽霊平林が、最初に記したのは、この二行である。それ以上の変化は、これといってなかった。とはいうものの、一応の効用はあったようだ…とは思えた。止まれないものの、少し揺れが小ぶりになったような感覚だった。明日の朝七時半には上山のところへ現れて、報告することになっている。
 その頃、上山は軽く一杯ひっかけて、そろそろ眠ろうか…とベッドに入ろうとしていた。幽霊平林の報告は会社へ出勤する前だから、少し早めに寝ようと酒をひっかけたのだ。結果は爆睡である。幽霊平林の出現から片時でも解放されたという安堵感もあった。
 次の朝、上山は酒を引っかけたにもかかわらず早く目覚めた。心の奥底に七時半! という約束の時間が刻まれていたに違いない。いつものように手馴れたパターンで出勤までの家事プロセスを済ませ、フゥ~っと、ひと息ついた。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第三十八回)

2011年10月12日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
    
第三十八回

加えて、霊界に入るとき、平林が霊界番人から云われたのは、姿と声を次に見聞きすれば、必ずよからぬことがある、と言明されていたのだ。
『その方(ほう)のみ、いかなる理由にて俗世の姿であるのか、答えよ』
『はは~っ! 訳など、さっぱり分かりません。こちらがお訊(たず)ねしたいくらいのもので、ただ、浮かんでいるのみ、なのでございます~』
 平伏姿勢(幽霊としては最敬礼の姿勢の九十度、前方へ回転した姿勢)で、幽霊平林はそう云った。
『左様(さよう)か…。そなたの意志ならば、ただちに霊界から追放し、地界の者とせよ! との、お達しなれど、そなたの意志でない、となれば致し方ない。これよりたち戻り、その旨(むね)を伝えるとしよう。ではのう…』
 そう告げると、霊界番人である光の輪はスゥ~っと消え失せた。幽霊平林は、ともかく危機が去ったことで、幾らかの安息感を得た。そして、フゥ~っとひと息つくと、住処(すみか)へ置いたマヨネーズのことを、ふたたび思い出し、中へと戻った。
『課長が云ったとおり、とりあえず口にするか…』
 幽霊平林はそう呟(つぶや)くと、マヨネーズのキャップをとり、ひと口、吸った。人間なら味覚の酸(す)っぱみを感じるのだが、幽霊には人間の感覚がないから、ただの物として飲み込むだけである。
『しかし、ここでは朝昼晩がないから、口にする頃合いが分からないなあ…』
 思案の挙句、幽霊平林は適当な頃合いを探るべく、人間界へ時折り現れることにした。時間さえ確かめれば、すぐ消えればよい…という発想だった。ともかくマヨネーズを飲み込んで、しばらく時が流れた。飲み込んだときは、まだ体は止まれない状態の幽霊平林だったが、時が経つにつれ、少し体が安定したように思えた。そうはいっても、止まれないことに変わりはない。これがマヨネーズ効果なんだろうか…と幽霊平林は思った。そうだとすれば、期待が持てるのだ。マヨネーズの飲み込みは、彼にとって不安というよりは、少し楽しみに思えていた。あとは、ほどよい時間を意識的に探れば事は足りた。


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