水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第206回

2013年05月20日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第206
回)
「ははは…明後日(あさって)からね。それはよかたい。いや、別に土産は期待しとらんですから」
 保が家賃を支払いにいくと、藤崎は地方訛りを含めて、暗に土産を請求した。言わなきゃよかった…と、保は後悔した。
 保と沙耶はその二日後、車に揺られていた。快晴の空が青く澄んで、心地よかった。二人ずれの恋人気分も一層、保のテンションを高めた。
「こりゃ、いい眺めだ、車でよかったよ。下はそう混んでないし…」
『ええ。私はいいけど、混めば気分が疲れるわよね』
「ああ。時間とかあるからな…」
 ゆったりと座り、保は缶コーヒーをグビッとひと口、飲み、一端止めた車のエンジンキーを捻った。車は中林に前日、借りていた。マンションの前には十分過ぎるほどの駐車スペースがある。マンションの住人なら賃借料なしに停められた。こういうところに管理人、藤崎の人柄が出ていた。
 ドライブ感覚だから保も沙耶もテンションが昂(たかぶ)り、ルンルン気分になった。下を走っているのだからドライブインはなかったが、適当な店を探して食事を済ませ、保は走行した。もちろん、沙耶は保が店にいる間、車の中にいて、本を読んでいた。一冊500ページほどを10分で読破するハイペースである。沙耶が伴(とも)にいないのは、物足りない保だったが、注文しないで同席されるのも変に思われるから、痛し痒しに思えた。そんなこともありながら、夕方前には岸田家の邸宅に着いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第205回

2013年05月19日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第205
回)
「ほっほっほっ…、里彩、言うのう。だが里彩よ、このことは勝(まさる)達には内緒じゃ。言うでないぞ」
「はいっ! おじいちゃま」
里彩は素直に笑顔で返した。そんな二人の遣り取りなどまったく知らず、その頃、保と沙耶は田舎の岸田家へ帰る計画を立てていた。
「25日以降だな、家賃があるし…。ちょうど27日から連休だし、それでいいか?」
『私は、いつでも…。27から29の二泊三日ね』
「連休で込みそうだけど、一応、調べるか。今から予約取れそうか?」
『ちょっと、待って…』
 沙耶は電話線のモジュラージャックを自分の手の平で握ると、ほんの数秒間、目を閉じた。
『大丈夫。まだ予約席があったから、二名分予約しておいたわ。駄目だった?』
「いや~、そんなことはないさ。逆だ。ははは…。しかし、今回は車で行こう! 下を走る。予約はキャンセルな」
『分かった。で、下って?』
「下は下だよ。…普通道」
『ああ、そういうこと』
「ああそういうこと、ははは…」
 笑って暈した保だったが、正直、沙耶の判断力の正確さと学習能力の上達の早さに少し戸惑っていた。沙耶は電話線のモジュラージャックをふたたび手に握り、目を閉じると予約をキャンセルした。
 呆気なく早く、日が巡った。


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連載小説 代役アンドロイド 第204回

2013年05月18日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第204
回)
『田舎のお家(うち)って広いの?』
「ああ…。俺が言うのもなんだけど、明治の豪邸だ。部屋数は結構ある」
『お兄さんは何してるの?』
「勝(まさる)兄さんは司法書士事務所をやってる」
『皆さん、頭いいのね』
「ははは…、沙耶に言われりゃ世話ねえや」
 保は笑い、沙耶も感情システムで笑った。最近の沙耶は学習システムがかなり有効に働いて、対応データを蓄積していた。だから普通の人間と比較しても違和感はなく、遜色もなかった。
 とある田舎の岸田家である。保が沙耶に言ったように、この岸田家は明治の時代が歴然と残り、荘厳で閑静な佇(たたず)まいの中に存在していた。その中の一角に、忘れ去られ使われずに放置された、開かずの間ならぬ開かずの部屋があった。部屋の所々には蜘蛛の巣が張ってはいたが、機材は最先端のものが数々、置かれている。そして、長左衛門と保が長ロイドと仮りの名をつけたアンドロイド、傍(かたわ)らには里彩の姿が、そこにあった。
「おお、X-1号よ、話しおったな。…成功じゃ」
『有難うございます。精一杯、務めさせていただきます。よろしくお願いいたします』
「少し挨拶、硬いんじゃない?」
里彩がX-1号に突っ込んだ。


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連載小説 代役アンドロイド 第203回

2013年05月17日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第203
回)
『ああ…長左衛門ね。なかなか手強(ごわ)そうよ。保が怪獣って呼ぶだけのことはありそう。あのメカの技術力は半端じゃないわね』
「だろ? だから俺もビクビクなんだよ」
 さすがにドアは閉じたが、保は玄関で靴を脱ぐのも忘れて話していた。
『長左衛門が作ったアンドロイドの程度までは私の言語認識システムで解読出来なかったわ』
「怪獣が作った長ロイドか…、末恐ろしいな。当分、田舎には帰れんぞ」
『そんなこと、ないわよ。私がいるじゃない』
「ああ、そうだったな。沙耶に調査してもらうか、ボランティアでな。ははは…」
 沙耶のフォローで、保は少し気分が楽になった。
『私と同じアンドロイドを作るって、相当、手強(ごわ)いわね』
「じいちゃんは、あれでどうして、ただの昔人間じ」ゃないから怖いんだ。工学技術は恐らく俺以上だろう。ただ、最新のメカ情報や技術は俺の方が一枚上だと思う。でも、じいちゃん、90だぜ。普通、90でPCをプログラム出来る年寄りって、そういないだろ?」
『ええ、そりゃそうだよね…』
 沙耶も長左衛門の力量は認めざるを得なかった。
「こんなこと言い合ってても埒(らち)が明かないからやめよう。迎撃は沙耶に任せるとして、俺は作戦を練ろう。まず、アンドロイドを家のどこに隠してるかだ。ニ、三、心当たりはあるけど、まあ、兄さん夫婦や里彩が出入りするとこじゃ作れないし隠せないからな」
 保はいつの間にか靴を脱いで上がり、冷蔵庫から缶ビールを出してプルトップを引いていた。シュパッ! と、いい音がした。グビグビと、ひと口ふた口飲むと、保の疲れはドッと消えた。


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連載小説 代役アンドロイド 第202回

2013年05月16日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第202
回)
「や、やはり、体育会系の女子は違うね。は、ははは…」
 教授の声は笑っていたが、顔は引き攣(つ)っていた。
「ははは…、トイレへ行きたかったみたいです。漏れそうって言ってましたから」
 保は咄嗟(とっさ)に出鱈目を言った。自分でも考えていなかった発想だったから、口にした保自身も驚いた。
「ああ…、そうでしたんか。それにしても早かったですな」
 アフロの後藤が、のんびりとした口調で言った。教授も但馬も合点したのか頷いて笑みを浮かべた。
「それじゃ、昼にしよう!」
 保は沙耶の手弁当を開け、三人は外食で研究室を出た。
 その後は夕方まで事もなく順調に時は巡り、昼までの出来事が嘘のような静けさで推移し、LED電灯が灯る頃となった。
「それじゃ、お先に…」
「お疲れ! 偉く早いな岸田君。ははは…キャド、頼んだぞ」
 教授は意味深な笑顔で研究室を出る保に声を投げかけた。
「えっ? ああ、はい!」
 後ろ姿の保は驚いて振り返ったが、昼までの話はすっかり忘れていたのだった。保はマンションへ戻ると、玄関ドアを開けるなり言った。
「じいちゃん! どうだって?」
 その声に僅か2秒で沙耶が現れた。


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連載小説 代役アンドロイド 第201回

2013年05月15日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第201
回)
「お前さ、解析システムで、じいちゃんがなに考えてるか分かるか?」
 ここは微笑むところだと感情システムが作動したのか、沙耶は笑みを浮かべて優(やさ)しく言った。
『そりゃ分かるわよ、100%。それが、どうかした?』
「ちょっと、頼みがあるんだ」
『今?』
「いや、今は拙(まず)い。マンションで言う」
『そう、分かった』
 目敏(ざと)い後藤に気づかれないよう、保はパソコン画面を見つめ、沙耶は室内を見回しながら呟くように言い合った。保と沙耶はその後、語ることなく、時間が過ぎていった。
「岸田君、この前の飛行車の話、面白かったから、キャドで図面を起こしてくれよ」
「はい、分かりました…」
 保は山盛教授に従った。
「頼んだよ。…おっ! もう、こんな時間か」
 教授と保の接近を牽制(けんせい)したのだろう。小判鮫の但馬が二人の話に割って入った。
「おお、そうだね。昼にしようか…」
 教授が但馬の言葉に釣られた格好で、腕を見た。
『保、私、そろそろ帰るね。じゃあ…』
「んっ? ああ…」
 保が言い終わったとき、沙耶はすでに研究室にはいなかった。時速300Km以上の瞬間移動である。ああ…また、やってくれたか、と保はテンションを下げた。保以外の全員は唖然として、しばらく棒立ち、し続けた。


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連載小説 代役アンドロイド 第200回

2013年05月14日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第200
回)
「保! 言い忘れたが、例のモノが完成したぞ! ワッハッハッハッ…」
  長左衛門はそう言うと、ふたたびドアを閉ざした。恐れていたことが起こったぞ…と保は思った。長左衛門の実態は保を遥かに超越し、工学博士・名誉教授の称号を持つ未曾有の大発明家だったのである。長左衛門が完成したと言ったのは、アンドロイドの新作だった。となると、沙耶と敵対すれば、互角の勝負となることは必定なのだ。保は、そうならないことを願った。長左衛門は保がアンドロイドを完成させたことを未だ知らない。保がホッ! とした背景には、もう一つ、そういった事情があった。沙耶がアンドロイドとバレないか心中は冷や冷やだったのだ。保は思った。仮に、じいちゃんが作ったアンドロイドを長ロイドとすれば、沙耶VS(バーサス)長ロイドの構図が描ける…と。沙耶と長左衛門が作った長ロイドが最悪、敵対したとしても、沙耶が負けるとは思っていなかった。それだけ自身はあった。それにしても、さすがは怪獣長左衛門だけのことはある。保と同様、どうも世間には秘密裏に製造していた痕跡があった。それをまったく気づかなかった保は、俺としたことが…とミスを悔(くや)やんだ。長左衛門がマスコミに公表しないのも保と同じで、やはり血筋と思えた。姪(めい)の里彩が今回、上京しなかったのは、どうも長ロイドの番をしているのではないか…と保には思えた。
「沙耶!」
 保に呼ばれ研究室のアチラコチラと見回っていた沙耶が振り返った。
『なに?』
 保に無言で手招きされ、沙耶は保の席へ近づいた。


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連載小説 代役アンドロイド 第199回

2013年05月13日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第199
回)
この二人の会話は、長左衛門と教授からは少し離れているが、もちろん小声の会話だ。
『分かったわ。じゃあ、そうする』
「って、滅茶飛ばしで来てくれたのは俺をガードするためだろ?」
『あっ! そうだったわ。忘れてました』
「…ったく、頼むぜ」
 そのとき、後藤が保と沙耶を遠目に見て言った。
「そこのお二人さん、なにブツクサ話したはるの?」
 保も沙耶も一瞬、氷結して黙りこんだ。出来の悪い後藤に見られていたとは手抜かりだ…と保は自己批判した。沙耶は何もなかったように頬を膨らませて感情システムをコントロールしている。いたって冷静なのだ。そこがアンドロイドで、人間のように表情を表に出さないし、発想もしない利点に思えた。ブラブラと沙耶は研究室を見回っている。過去に数度、訪れていて、ほとんどすべてのデータは集積済みだから、取り分けて見回ることはないのだ。今回の場合は、飽くまで後藤に対するカムフラージュだった。一方、教授と長左衛門は大層、話が盛り上がっているのか、後藤と保、沙耶の話はまったく聞こえていない態だった。ただひとり、取り残されているのが但馬で、どこの話へも参加できず面白くないのか、苦虫(にがむし)を噛み潰(つぶ)したような顔でパソコンのキーを叩いていた。
「では! 私はこれにて暇乞(いとまご)いを! 保!! 元気でのう! また、寄るでのう!!」
 ひととおり教授との積もる話が終わったのか、長左衛門はそう言って山高帽を被るとドアを開けた。保にすればやれやれで、寄らなくていいよ…と思いながらも笑顔で片手を振った。
「また、お越し下さい。歓迎いたします!」
 山盛教授は長左衛門が父親の同窓と聞き、送り出す態度が丁重だった。入口ドアが閉じられると、保はようやく解放されたように両手を広げて背伸びした。そのとき、また入口ドアが開いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第198回

2013年05月12日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第198
回)
「おお、これは岸田君の…。それに誰でしたっけ? ナントカさんのお従兄妹さんでしたな?」
『若林です』
「そうそう、そうでした。岸田君の友達のお従兄妹さん。歳をとると忘れっぽくていかん、ははは…」
「孫がいつもお世話になっとります」
 そこへ、長左衛門が話に割って入った。
「あっ! 先だっては態々(わざわざ)…。で、今回は?」
「いやあ~、この大学の…。私、これでも卒業生でしてな、ははは…。自慢話は余り好かんのですがのう。実は、二寮会で久々に一同が会することになりましてな、ホッホッホッホッ…」
「ああ帝大の…。聞いております、父から」
「ほう、父上から…。不躾(ぶしつけ)じゃが、貴殿の父上はなんと申される?」
「山盛源太郎ですが…」
「おおお!山盛源太郎君!! これはなんという奇遇じゃ! 私と山盛君は同窓でした」
「はあ! そうでしたか。父が聞けば喜んだと思います」
「今、お父上は?」
「数年前に他界いたしました」
「左様でしたか。それは、ご愁傷でした」
「有難うございます。父と昵懇(じっこん)の方にお会いできるとは、嬉しい限りです」
 教授は柔和な笑みで片手を差し出し長左衛門と握手をした。まるでドラマだ…と、保ロッカーの白衣を着ながら聞いていた。その横には沙耶がいた。
『どうしよう? 私。帰ろうか?』
「おいおい、身捨てるなよ俺を。もう少しくらい、いいだろ? せめて、じいちゃんが帰るまで」
 保は片手を広げて手の平を縦にし、頼み込むポーズをした。


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連載小説 代役アンドロイド 第197回

2013年05月11日 00時00分00秒 | #小説

    代役アンドロイド  水本爽涼
    (第197
回)
「おはようございます!!」『おはようございます』 
「孫がいつもお世話になっております! 私、祖父の長左衛門でございます!」
「…いえ、こちらこそ…」
 但馬は長左衛門の威勢のいい声に、たじろぎ、委縮して立ち上がっていた。じいちゃん、いらんこと言うなあ…と保は苦笑いした。
「まあまあ、そう気にされず…」
「はあ、どうも…」
 但馬は長左衛門に促され、ふたたび座った。完全に主客転倒である。客に席を勧めるのを忘れてしまっている。
「おはようさんです」
 偶然にしては上手いタイミングで、そこへ後藤がアフロ頭を揺らせ、ドタドタと入ってきた。但馬を助けた形だ。
「うわぁ~~、今朝はえらい賑やかですなあ」
 後藤は保達を見て無遠慮に言い放った。歯に衣(きぬ)きせぬ、とはまさにこの男のことだ…と保は思った。
「おはようございます。孫がお世話になっとります!」『おはようございます』
「いやぁ~。…まあ、おかけやして」
 応接セットを片手で後藤が示した。但馬は、そのことにやっと気づき、視線を下げると頭を掻いた。
「ふぅ~、今朝は混んで困ったよ。おやっ! …」
 いつも最後に入る山盛教授がドアを開けた。


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