後期高齢者の旅とひとりごと

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トルコへ一人旅

2006-11-26 14:13:56 | 旅行記

塩野七生著 コンスタンチンノーブルの陥落 を読んで、1,000年余続いた東ローマ帝国(ビザンチン帝国)(西暦395~1453)(日本史では古墳時代~室町時代)が15紀オスマン帝国にコンスタンチンノーブル(今のイスタンプール)が占拠され滅亡したその歴史と遺跡が見たくなりイラクと国境が接していることもあり多少危険ではあったが、ビザと航空券がとれたので(翌年からビザは不要になった)歴史の舞台となったトルコへ向かう。<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ocnblog06-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4101181039&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>http://astore.amazon.co.jp/ocnblog060c-22

帰国後宿泊したイスタンプールのホテルのそばでテロによる爆弾事故があったので各旅行社のツアーをとりやめたようだ。

2003.10.29

関西空港AM11.40~成田経由イスタンプール空港20.35着今日の最終目的地であるイズミール行きのフライト便が遅れてイスタンプール空港で3時間近くまたされてイズミールの

プリンセスサーマルホテルに入ったのが0時30分ごろになった。

長旅で疲れ入浴後ビールをのんで寝る

10.30

ホテルでブレークファースト後観光バスに搭乗、客は20人ぐらいであった。日本人ばかりで中年の夫婦が多かったが大阪から来たおとしよりの夫婦と仲良くなりこちらはひとりなので以後食事のときもご一緒させてもらった。ワインの好きなかたでこちらも好きであったので昼時も夕_005食時もよく飲んだ。トルコワインは安価でおいしい。

_008いよいよ東ロー マ時代の遺跡見学へ出発、途中イズミールのエーゲ海沿岸にあるコナック広場に下車、オスマン様式の装飾が施された時計台があることろで目の前にはエーゲ海が広がっていた。

その後紀元前281年に建国したというベルガモン王国_024の遺跡が残る町ベルガマへと向かう。小高い丘の上には街を見下ろすアクロポリスや古代の医療施設アスクレピオン_075_1、古代

劇場跡など_041_3 が2,000年の時をへて残っていた。

夕 食はプリンセスサーマルホテルのレストランでトルコ料理のバイキングで乾杯

トルコ料理は世界三大食のひとつと言われるが本当においしかった。

夕食をともにしたおとしより夫婦(という私も70才)とおいしい料理とワインで楽しく語り合った。<frameset rows="80,*" border="0">
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 10.31

朝からエーゲ海沿岸の世界最大級の都市国家遺跡であるエフェス遺跡を見学する。

ローマ帝国の支配下で栄えた街であり紀元前2世紀頃に作られたというヴァリウスの浴場(ハマム)跡や1400人収容できるオデオン(音楽堂)、石を敷き詰めたクレチア通り、神殿跡、大理石を敷き詰めた大理石通り,娼婦の館跡、セルスス図書館、公衆トイレなど数多くの遺跡がのこっていた。_104 _156

公衆トイレについては2,000年もまえに水洗トイレがあったのには驚かされる

_131石に20センチぐらいの穴があけられて1メートル間隔でならべられ穴の下には水がながれるしくみである。穴の上にお尻を置いて用をたすようになっている。

特に24,000人の人が収容できたという大劇場跡は圧巻であった。

トルコ料理店でバイキングの昼食、トルコ料理は野菜もおおく日本人にはあうようだ。

食後今日の次の目的地バムッカレに向かう、途中サルジュクの街で革製品の店に

よりショッピングとファッションショーを見る。

この店は革製品製造販売店で主にフランスと日本に輸出しているとのこと、値段も日本の半額程度であったのでおみやげに皮ジャンをゲット。

バスにゆられて走っているとまもなく目の前に白い世界が広がってきた。

バムッカレ(綿の城という意味)である。まさしく白い綿を敷き詰めたような世界だ。

温泉水から炭酸カルシュームが沈殿して石灰棚を作っているとのこと。バスから下車して

石灰棚のなかへ入って見るとまさに温泉であった。

白い石灰棚を赤く染める夕日をみながら今日の宿泊するバムッカレリッチモンドサーマルホテルに入る。_189 _199 風呂は温泉であった。

11月1日

今日はトルコの中央部アナトリア地方のコンヤへ向かう。かなりの長旅である。

コンヤは旋回舞踊で有名なメヴラーナ教の総本山のあった古都である。_218

先ずはメヴラーナ博物館を見学、創始者メヴラーナの霊廟やメヴラーナの棺、イスラム教の改組ムハマドのあごひげを入れた小箱などが展示されていた。

コンヤを後にバスに揺られること4時間カッパドキオアへ向かう。

途中シル_234クロードの拠点キャラバンサライ(隊商宿)に立ち寄る。荒涼たる大地を走るうち延々と広がる奇抜な形をした岩の数々、岩の洞窟群、大自然が織り成す奇抜な風景にその不思議さと神秘をかんじる風景だ。 夕刻バスの長旅につかれ今日の宿カッパドキアベリッシアホテルに入る。夕食にワインで乾杯、カッパドキア地方はワインの産地で世界ではじめてワインが飲まれたととのこと廉くておいっしかった。

11月2日

朝起きて朝食前にホテルの付近を散歩する。高台にあるのでカッパドキアの奇岩の連なる街が一望でき異様な景観である。_246 _258

朝からカッパドキアの街を見学、シメジを思わせる三本のキノコ岩や駱駝岩など写真をとりながらその不思議な景観に感動する。

その奇岩の谷間にあるトルコ絨緞の店を見学する。又ターコイス(トルコ石)の店に立ち寄り

おみやげにターコイスのブローチを買う。

その後カッパドキアで最も高い位置にある村ウチヒサールからながめる素晴らしい景観を車窓にみながら地下都市カイマルクに着く。

地下8階の巨大_287な地下都市はキリスト教徒がアラブ人の迫害から逃れるため作られたらしい。内部には台所、食料庫、ワイナリー、教会などがあったらしい。

地下レストランで昼食後カイセリ空港へと向かう。空港への途中レストランに立ち寄り夕食をとる。

夕刻カイセリ空港よりイスタンプールへフライト、着後すぐヒルトンホテルに入るがチェックインする時の警備が厳しかった。おとなりがイラクであるのでうなずける。

11月3日

イスタンプールを代表する巨大モスク ブルー・モスクを見学、オスマン帝国14代のスルタン・アフK000018メットが建てたスルタンの権力の象徴である。

6本のミナレットをもち壁とドームには2万1000枚の緑と青のタイルを用いているので

ブルーモスクと言われる。

ビザンチン聖堂の大傑作アヤソフィアを見学、この大聖堂は長い間ギリシャ正教のの大聖堂であったが1,453年オスマントルコに征服されイスラム教のモスクへと変身した。

トプカプ宮殿を見学する。

トプは大砲、カプは門の意味を表しオスマン帝国の君主スルタンの居城でイスタンプールを一望しポスフォラス海峡を見下ろ小高い丘の上に立っている。_335 _351 _334_1

宮殿内は豪華絢爛で中国、日本、ヨーロッパの陶磁器、銀製品などが沢山展示されていた。特に宝物館に展示されていた大きな緑に輝くエメラルドをちりばめた黄金の短剣や

68カラット_404の巨大ダイヤモンド(世界一)の輝きには圧倒された。市内のレストランで昼食後ポスフォラス海峡のクルーズを楽しむ。海峡をはさんでアジア側とヨーロッパ側に分かれている。ポスフォラス海峡は世界で最も美しい海峡の一つである。アジア側にはモスクやトプカプ宮殿の建物、ヨーロッパ側にはドルマバフチェ宮殿やヨーロッパ風のビルや建物が見える。

_391_1アジア側とヨーロッパ側をむすぶガラタ大橋の上では多くの市民が釣を楽しんでいた。

クルーズを楽しんだあと船着場のすぐ前にあるグランドバザールへショッピングに行く。

非常に大きなバザールで約5,000軒の店が並んでいる。金銀製品、トルコ石やそれらのアク_508 _509 セサリー陶磁器、絨緞や、チャイ(紅茶)、ワイン、シシカバブなどのいろんな食料品を売っているがみな日本よりかなり安価である。

おみやげにナザール・ボンジュー(トルコでは魔よけのお守り)のアクセサリを数種類買う。夕方買い物を終えてガラタ大橋を渡りレストランへ向かう。

トルコ訪問最後の夜はトルコ名物ベリーダンスのショーを見ながら食事する。

ヒルトンホテルに泊まる。

11月4日

ホテルレストランで朝食後ヨーロッパ側のポスポラス海峡岸辺にあるドルマバフチェ宮殿の見学に出かける。トルコ・ルネッサンス様式の豪華絢爛たる白亜の殿堂である。_454

宮殿内には豪華な装飾品、家具、食器類、などの生活用品、が展示され、階段の広場には豪華な2.5トンのバカラのシャンデリアがさん然とかがやいていた。

オスマン帝国スルタンの権力の象徴である。_464_1

宮殿の見学でカメラの持込は有料であった。宮殿の見学を終えイスタンプール最大の貯水槽 地下宮殿へ向かう。

この貯水槽はローマ時代の532年に作られたものでローマ時代の巨大な石造り水道橋(現代800メートルほど残っていた)から引いている。

16時35分イスタンプールに別れをつげアタチュクル国際空港より離陸

11月5日

AM10時30分関西空港に無事帰国

おぼえがきいろいろ

 日本との時差は7時間でトルコの方が7時間遅れ

 お金はトルコリラ 日本円1,000円で約5,000,000リラ

 公衆トイレは有料 観光名所や公共施設のトイレはほとんど有料のためいつも小銭を

 持っていると良い。http://astore.amazon.co.jp/ocnblog060c-22

 チップの習慣あり。


ベトナムへゴルフ

2006-11-24 19:59:15 | 旅行記

2005.2.18からゴルフ仲間4人でベトナムへゴルフに行く。

たまたまインターネットを通じて知り合いになったベトナム在住のY氏がベトナムゴルフカントリーのメンバーでありメンバー紹介で一般より廉くプレーできるとのことでゴルフ場の予約及びホテルの予約もおまかせしてHISで航空券のみ購入して関空よりベトナムのホーチミンへ飛ぶ。空港を出るとY氏が運転手付で車で迎えにきてくれていた。

ホテルがホーチミンの繁華街のすぐ近くで比較的新しくて良かった。(部屋代は三日間で一万円ぐらいで廉かった。)ホテルにチェックインしY 氏の案内で繁華街をぶらつく。

まだかなり暑かったのでホーチミンでもっとも有名なアイスクリーム店(ベトナム語でケムと言っていた) ケムバクダンに入り休憩、その後夕食にはまだ早いのでホテルへ帰り入浴休憩後Y氏とともにベトナム料理のレストランでベトナム料理にしたづつみをうちビールで乾杯、ベトナム美人二人の民族楽器の演奏をききながらの食事は大変満足した。_032 

食後歓楽街へでてY氏のよく知っているクラブにくりだし日本のからおけを歌い遊ぶ。

2軒ほどはしごして飲みつかれてホテルに午前一時ごろかえる。

二日目

早朝Y氏がホテルへ迎えにきてホテルから30分ぐらいのベトナムゴルフカントリーに向かう、ゴルフ場で朝食、コーヒーブレーク後いよいよプレー開始

_070キャデイーは一人づつつき感じの良い若い女の子たちである。

ゴルフ場は日本のゴルフ場にひけをとらず素晴らしいコースレイアウトであった。

日本人は見当たらず韓国人と中国人が多かった。この日は1.5ラウンドまわる。

ゴルフ場からの帰り道マッサージ店により入浴と一時間のマッサージで身体を癒す

料金は1,000円ぐらいであった。_083

夕食は昨夜飲んだ店の女の子達と近くのベトナム人がよく行く評判の良いレストランで食事したがやすくておいしかった。(たっぷり食べて、ビールを飲んで一人1,000円位)

食後女の子たちのいる店に行きからおけで遊ぶ。今日もY氏がつきあってくれたので

Y氏の費用は我々四人でもつ。二次会はベトナムは社会主義国であるので公安が経営していると言う外国人専用のクラブ(ベトナム人は入れない)へ行き遊び、ホテルへは今日も御前様であった。

三日目

早朝Y氏とともにベトナムゴルフカントリーへ、今日も1.5ラウンドプレーする。_089

夕食は又繁華街へでて昨夜とは雰囲気の違うレストランでたべる

食後日本人がオーナーのからおけバーで飲み遊び又きょうも御前様

四日目

今日は少し郊外のロンタンゴルフ場へ行く、小高い山の上にあり素晴らしいゴルフ場であった。このゴルフ場には日本人でY氏の知り合いのシェフがおり昼においしい寿司を食べる。このゴルフ場のキャデイーは給料は無くチップのみであるとのことで一人1,000円づつ渡す。今日も1.5ラウンドプレーしベトナムでのゴルフは終了_101

ゴルフの料金は昼食込みで三日間で一人3万円程度であった。

夜、食後におみやげを買いにデパート行き11時過ぎのベトナム航空で帰国の途に着く

Yさんいろいろお世話になり有難うございました。http://astore.amazon.co.jp/ocnblog060c-22


ベトナムメコンを行く

2006-11-23 13:31:33 | 旅行記

    2004.1.9から2泊3日でベトナムへ兄弟二人で行った。

1日目 

関空11.00ベトナム航空にてホーチンミンヘ タンソンニャット国際空港に現地時間の14時35分に着く(日本との時差が2時間あるので5時間35分かかった)

インターネットで予約しておいた現地のガイドと空港を出たところで落ち合う

ドライバーとガイド(二人ともベトナム人)が三菱パジェロでむかへにきていたので

すぐに荷物を積み込みホーチミン市内へとむかうが予約しておいたオムニサイゴンホテルにチェックインする前に市内を案内してやるとのことであちこち回り途中ガイドのサービス_041_2でベトナムコーヒーをご馳走になる。ベトナムへ来てまず驚いたのはバイクの洪水である。車よりもバイクのほうが多いとのこと ホンダのバイクが多いのでベトナムではバイクと言わずホンダと言っているとのことである。

夕方オムニサイゴンホテルにチェックインしガイドと滞在中のスケヂュールについて打ち合わせをする。ベトナム航空へ帰国便のリコンファームを済ませ夕食はガイドとともにベトナム料理店へ行く。

生春巻き、エビ、蟹、なべ料理etcどれも美味であった。大きな料理店であったが日本人はだれもきてなくほとんどベトナム人であった。ベトナムのレストランはアルコール飲み物が持ち込みOKなので関空でサントリーロイヤル12年を買って持って行き飲んでいたところ店のスタッフが見に来たので飲ませてやったところ非常に喜んでベトナムの酒やドラゴンフルーツ、パパイヤ、ランブータンetcのフルーツをサービスしてくれて歓待してく03_tmpれた。

値段も日本の五分の一ぐらいと廉く初のベトナムの夜に酔いしれてホテルへ帰ったが着ていったベストを店に置き忘れてきたことを思い出し店にTELしたがベトナム語が通じず困っていたところちょうどJALのスチュアデスがホテルにチェックインしていたのでフロントへ通訳をしてもらい無事ホテルまで届けてもらった。もちろんお礼のチップははらった。

二日目

ホテルのレストランで昼食後、昨日と同じガイドと、三菱ランドクルーザーでメコン川のクルーズに向かう。

ホーチミンから約70KMのメコンデルタクルーズの拠点ミートーからチャーター船に乗り込む、船頭とガイドと我々二人でのクルーズである。

_179色く濁った大河メコンに来た。両岸にヤシやみすぼらしい民家がつらなり又ゆきかう船にはココヤシの実や種々雑多な野菜や果物の積荷が満載である。途中小島にある果樹園にたちよりレストハウスで休憩し果樹園で採れる竜眼、ジャックフルーツ、バナナなど食べココナッツヤシのジュースでのどを潤す。

_058

その後昼になったのでカイベイに立ち寄り、海鮮料理のレストランで昼食をとる。

メコンで採れた魚の姿揚げや生春巻き等ガイドとビールで乾杯ベトナムのかわい子ちゃ

んと写真_123をとったりして、客は我々のみであったのでのんびりと食事を楽しめた。

マンゴー、ドラゴンフルーツ、ランブータン、ドリアン、バナナ、パパイア、竜眼などの果物の廉さに驚く。夜の食後のデダートに少し買って帰る。

夕方ホテルでガイドと別れ入浴後、ホーチミン市内の屈指の評判レストラン マンダリンで夕食 さす_200が評判の店だけあってインテリア、サービスも、もうしぶんなく洗練されていた。

料理は野菜の彫刻などをあしらった、見た目にも華やかなもので、二人でフランスワインをワンボトルあけた。値段も日本とくらべて非常に廉かった。帰りに食事につかっていた黒檀の箸(ベトナムでは鉄の木と言っている)を記念に売ってもらった。

三日目

今日はホーチミン市内見物に朝からでかける。

今日のガイドは若い女の子がきてくれた。車とドライバーは昨日と同じである。

市内中心部は東洋のプチパリと言われるだけあって19世紀のフランス統治時代の教会や郵便局_281などがあり綺麗な町並みである。

統一会堂は旧南ベトナム時代の大統領官邸で今は博物館として公開している

内部には当時の内閣会議室や地下司令室が当時のまま_283のこっている。

戦争証跡博物館はベトナム戦争の戦時記録が展示されており当時の残虐な戦争の様子の写真や実物の銃器が多くならべられていた。正視できないものもたくさんあり今の日本の平和に感謝しつつ博物館を後にする。

ベトナム博物館やお土産店をまわり昼頃ホテルに帰りガイドとわかれる。

ホテルにある日本人経営のすし店で昼食をとる。

午後からホーチミンの繁華街へ買い物に行く、ドンコイ通りには喫茶店やベトナムシルク、バッチャン焼きの陶器店など沢山の店があり多くの観光客で賑わっていた。

ベトナムで有名なドンホー版画の売っている店があったので気に入った数点を買う。

又バッチャン焼きのベトナムコーヒーカップと炉とおよびベトナムコーヒーを買いもとめる。

べとなむコーヒーは苦味がありおいしい。ベトナムの人はミルクを入れてのんでいる。

夜はチェックアウト後ホテルのレストランで飲み放題食べ放題のバイキング料理で食事していたところ隣の席で一人で食事中の女性と同席するこになり楽しく最後のベトナムの夜に花が咲いた。

女性は唯一のホテルのスタッフで夕方で勤務時間が終わり自由時間とのことであった。

夜9時ごろまで飲んでホテルをあとに空港へと向い帰国の途につく。http://astore.amazon.co.jp/ocnblog060c-22

く 

 


東北へドライブ

2006-11-10 22:29:12 | 旅行記

第一日目(11月1日)<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=ocnblog060c-22&o=9&p=13&l=ur1&category=books&banner=160AC4NJV4ENC5AEDY82&f=ifr" width="468" height="60" scrolling="no" border="0" marginwidth="0" style="border:none;" frameborder="0"></iframe>

AM5.35自宅(大津市)出発AM8.05同行者宅(野洲市)へ 今回の旅行は二夫婦

(70.68.62.60歳)の四人が一台の車でのドライブ旅行である。

琵琶湖大橋を渡りR161で北陸自動車道敦賀IC(AM7.00頃)から高速に乗り途中の尼御前SAで休憩をかねて朝食をとる。運転を交代してAM11時30分頃新潟中央JCから磐越自動車道にのる。磐梯山SAで目の前に磐梯山を仰ぎながら昼食(4人とも喜多方ラーメンをたべる 一人735円)

その後郡山JCから東北自動車道にて14時30分に仙台宮城ICを出る。

インターチェンジを出てすぐの仙台城(青葉城)跡を見学し16時頃に今日の宿泊予定の

JR仙台駅近くのロイネットホテル仙台に到着する。_028

夕方食事のために仙台駅前の繁華街へでるがさすが東北一の大都市人の多いのに

びっくりする。

海鮮居酒屋はなの舞で仙台名物の牛タン、かき料理etcで今日の無事を乾杯

第二日目(11月2日)

ホテルで朝食後塩釜港から松島湾遊覧船に乗る(島巡り芭蕉コース一人1,400円)

天気もよく素晴らしい景観に満喫する。松島湾には大小260位の島があるとのこと

牡蠣やこんぶの養殖もさかんである。約一時間ほどで松島港に着く_082

松島港の近くには国宝の瑞巌寺や五大堂などがあるが五年前に見学したので今回は

パスJR仙石線の松島海岸駅から朝車を駐車しておいた塩釜港まで移動(本塩釜駅で下車約10分)

その後仙台東部道路と仙台南部道路経由千台南ICから東北自動車道に乗り長者原SAで昼食 4人とも牡蠣乗せラーメン(900円)を食べる とてもおいしいかった。

その後平泉前沢ICで高速を出て中尊寺へ向かう。中尊寺境内は紅葉で染まっていた。

金色堂には藤原清衡、基衡、秀衡の首級がまつられているとのこと黄金色に輝くそのお堂には圧倒される_152

金色堂のすぐ側に松尾芭蕉の句碑 五月雨や降残してや光堂 がある。中尊寺の見学を終えて今日の宿泊地青森に向かうが高速道路は走行車も大変少なくて移り行く山々は

黄金色に輝き素晴らしいドライブであった。17時頃本日の予約ホテルであるホテルJALシテイ青森に到着する。_168

その後ホテルから2分位のところにある青森の観光施設 アスパムをのどく

Aの形をした建物は青森のイニシャルをあらわしているらしい_177

青森駅前通りにある郷土料理店 じょんがら亭で夕食 タツ刺し(真タラの白子)、けの汁

じゃっぱ汁、にしんの塩焼きなど素朴でおいしかった。関西方面から来たという夫婦とも話しに花をさかせ青森の夜を満喫した。

ホテルに戻り女どもはマッサージを頼み男ふたりはワインボトル一本あけて寝る。

第三日目(11月3日)

今日も快晴8時15分ホテルを出発八甲田山へ向かう。ロープウエー乗り場までの道は

八甲田ゴールドラインというだけに山々は黄金色に輝くルートである。

ロープウエーからの眺めは壮大である。ロープウエー山頂駅を出るとさすが寒く道には薄氷がはっていた。遊歩道もよく整備されており1時間ほど散策するがこんなところまで中国人の観光客がきていたのにはびっくりした_236

ロープウエーを降りて東北自動車道の黒石ICへ向かう途中道端でりんご園の88歳のおばあさんがりんごを販売していたので買う(今の時期ジョナゴールドがおいしいのでそれを買う)昼頃に黒石ICから東北自動車道に乗り岩手山SAで昼食(キノコラーメン980円)

北上JCで秋田自動車道に入り素晴らしい黄金色に輝く谷あいをドライブ横手ICで降り

湯沢横手道路からR13のバイパス経由、山形県鶴岡市の今日の宿泊地である休暇村

羽黒に17時ごろ到着する。

入浴後休暇村のレストランで夕食、地元産のワインで乾杯、地元の名産 庄内柿酢で漬けたきゅうり、だいこん、山芋の浅漬けがおいしかった。

たまたま休暇村の夫婦二人旅の企画キャンペーンであるとのこと、地元の名産を後日宅急便でプレゼントするとのことであり、旅行帰宅後だだちゃ豆とラ・フランスのアイスクリームがとどいた。

第四日目(11月4日)

早朝6時から羽黒山ウオーキングに男二人で挑戦する。

休暇村から約10分ほどのスタート地点である随神門まで車で送ってもらいそこから1.7KM2,446段の石段の坂道を登る。

歩きはじめてすぐ平将門が創建した国宝の五重塔や爺(ジジ)杉(樹齢1,000年)_282

樹齢300~500年の杉の山道を約1時間ほどで頂上に到達した。

頂上には日本最大の茅葺建物である朱塗りの三神合祭殿(湯殿山、羽黒山、月山)が鎮座していた。神殿前の駐車場まで車で迎えに来てもらい休暇村へ帰り8時ごろに朝食をとる。朝食後紅花茶のサービスを受け日本海方面からの帰途につく。

休暇村を出るとすぐ近くに庭園の素晴らしい玉川寺(ぎょくせんじ)があり見学する。_323

又、羽黒町内に明治初年に旧庄内藩士たちが刀を鍬にかえて開墾した松ケ岡開墾記念館があり明治8年創建の養蚕場が残っていた。又庭にはダリアの花が咲誇っていた。_009

その後鶴岡市からR7,R345を北陸自動車道の中条ICまで日本海を右手に見ながら

途中にある 道の駅 でおみやげなどの買い物をしながらドライブ

17時ごろ日も暗くなってきたので米山ICで高速を降りてホテルを捜すことにしたが週末のためかホテルはどこも満室でしかたなく柏崎市米山町の山と海に囲まれた小さな集落に民宿があったのでそこに泊まることにした。

夏場は海水浴客でにぎわうそうだが今は釣り客が来るのみとのこと部屋はすいていた。

夕食は小鯛の生き作り、いかの作りやタラの煮付け、あじの塩焼きなど新鮮でおいしかった。地元新潟の酒 越の誉 がとてもおいしかった。

翌朝、柏崎ICより北陸自動車道にのり敦賀ICからR161で16時頃に無事帰宅する。

今回のドライブ旅行は好天に恵まれ思い出に残る旅であった。

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