平成27年の再演の話を聞いた時から、ずっと観たいと思っていた野村万作さんの楢山節考。
先日、名古屋公演が名古屋能楽堂で行われましたので、行ってきました。

楢山節考は民間伝承の棄老伝説を題材にした深沢七郎さんの小説を原作としています。
狂言=笑いが一般的ですが、この作品には笑いは一切ありません。それどころか主人公のおりんは一言のセリフも無いのです。
一言も発せず、動きだけで物語の世界を表現してしまう狂言の技術に驚きながら、指先まで神経が通った演技に引き込まれました。
一人楢山に残ったおりんに雪が降り積もり、寒さの中で過去を回想する場面は、村の掟とか子供の残酷さを感じて複雑な気持ちでした。
でも、おりんがおそらく息絶えて天に召されるのであろう場面は悲壮感を感じず不思議な感覚でした。
万作さんは「セリフを言ってしまったら、普通のお芝居になってしまう」とおっしゃったそうですが、狂言の表現力の広さを改めて感じた演目でした。
名古屋公演が実現して本当に嬉しかったです。
この日のもう一つの上演曲は「呼声」
これは謡がたくさんあって、狂言らしく楽しい曲なので好きなのですが、萬斎さんのシテで拝見するのは初めてだったかもしれません。
とても素晴らしい公演でしたが、残念なことが一つ。
上演中に客席で携帯の着信音がしたこと。
非常識な観客がいたことに地元民として恥ずかしく思うと同時に腹立たしい気分でした。

先日、名古屋公演が名古屋能楽堂で行われましたので、行ってきました。


楢山節考は民間伝承の棄老伝説を題材にした深沢七郎さんの小説を原作としています。
狂言=笑いが一般的ですが、この作品には笑いは一切ありません。それどころか主人公のおりんは一言のセリフも無いのです。

一言も発せず、動きだけで物語の世界を表現してしまう狂言の技術に驚きながら、指先まで神経が通った演技に引き込まれました。

一人楢山に残ったおりんに雪が降り積もり、寒さの中で過去を回想する場面は、村の掟とか子供の残酷さを感じて複雑な気持ちでした。
でも、おりんがおそらく息絶えて天に召されるのであろう場面は悲壮感を感じず不思議な感覚でした。

万作さんは「セリフを言ってしまったら、普通のお芝居になってしまう」とおっしゃったそうですが、狂言の表現力の広さを改めて感じた演目でした。
名古屋公演が実現して本当に嬉しかったです。

この日のもう一つの上演曲は「呼声」
これは謡がたくさんあって、狂言らしく楽しい曲なので好きなのですが、萬斎さんのシテで拝見するのは初めてだったかもしれません。
とても素晴らしい公演でしたが、残念なことが一つ。

上演中に客席で携帯の着信音がしたこと。
非常識な観客がいたことに地元民として恥ずかしく思うと同時に腹立たしい気分でした。
