本日10月17日は、ペルシャ国王キュロス2世がバビロンに入城してバビロンに居たユダヤ人を解放した日で、禁闕の変があった日で、ロンドンのビール醸造所で多数の大樽が転倒して147万リットルのビールが流出する惨事があった日で、横浜市で日本初の上水道が完成して給水を開始した日で、十月事件があった日で、アルベルト・アインシュタインがアメリカ合衆国へ移住した日で、ダライ・ラマ14世にアメリカが議会名誉黄金勲章を贈った日です。
本日の倉敷は晴れのち曇りでありました。
最高気温は二十度。最低気温は十五度でありました。
明日は予報では倉敷は晴れとなっております。
或る夜の事。
狐は横になつて隅の方に――殆ど後ろから見た時には洋灯の影になつて闇が如何しても其の本の表を見せまいと思われる所で一心になつて小説を讀み耽つていた。
狐は今心一杯に小説の中の哀しい懐かしい物語についていつまでも耽ることが出来るのだつた。
さうして自分の現在の全てを幻のように溶かし込んで夢のような息を吐いていた。
同じ部屋の洋灯の光の中心には狐の友人達が横になつて何かを話していた。
友人達はその息も聞こえないような狐について考えなかつたし、又、狐もちんちくりんの狐の体によつて作られた闇の中に閉じ込められてしまつたやうに洋灯の光の方に向き合うとも友人達の話に耳を傾けようともしなかつた。
『おや? 狐はあんな所で本を讀んでいる?』
不意に一人の友人が隅の方に頁を捲る音を聞いて云つた。
『うん。さうだろう』別の友人が同時に隅の方を見た。『狐は本を讀みだすと何も聞こえなくなるからね。傍で悪口を云つても聞こえない』其の友人は笑つて云つた。
『其処は暗いよ』とそれからまた声をかけた。
狐はふと器械的に振り向いた。
しかし誰れの顔も網膜に映らなかつた。
只、明るさが眩しく目についたばかりであつた。
さうして又すぐ狐は暗い哀しい幻につゝまれてしまつた。
狐は赫い花が欲しいと一生懸命に前から歩いていた。
しかし狐の歩いてる所にはなんの花も咲いてなくて道の色は白かつた。
けれどもやがて狐は遠い所に赫い点のやうなものを見つけて急いだ。
さうして小さなダリヤの花を一本見つけた。
それで狐は急いで折り取ろうとするとその花は見るうちに驚くほど大きくなつて牡丹の花のように崩れてしまつた。
驚いて手を引くとずつと前にも前にも赫い血の色の花が一杯に連なつて咲いている。
さうして其れが焔のやうに崩れては燃えてるのだ。
狐は驚いて茫然としてしまつた。
すると狐は足元から蒸すやうな熱さを感じて眩暈がするとそのまゝくら/\と倒れてしまつた。
翌朝、仄かな暁の光と共に、狐は独り目覚めた。
さうして、朝の新しい光に対する歓喜の為に無意識に床の中から片腕を差し伸べて枕際の窓のカーテンを引きあげようとした。
けれども狐は急に驚いたような不快な表情をして床の中に再び引込んだ。
さうして直ちに忌まわしい重苦しいだるい気分になつてどうした訳か時々襲われるように羞かしさが狐の髪の先から足の先までをぞつとさせた。
さうして夜具の中の両足が物に怯えた様に震えた。
狐の腕に墨で悪戯書きが書いてある。
『友人達の仕業だ。おのれ』狐はしわがれた声で呟いた。
僅かに起き上つてはみるけれどもいつものやうに着物を着るだけの元気はなかつた。
狐は讀書に夢中になつて友人達に無防備に体を晒していたことに深い烈しい苦しい恥羞を覚えた。
さうして無防備な姿を友人達に晒した不覚を愧じ自らの情けなさに怒りを覚え、其の身を憤懣の炎で焦がした。
狐は、友人達に無防備な姿を晒した遣瀬なさと恥かしさと不安との為に立上ることも出来ずにいた。
さうして狐の眼は不安に窓の向うの空を見つめたまゝ暫らく震えていた。
狐は自分の躰をそつと見た。
さうして自分の躰に何かしら自分の知らないことがあるやうな気がしてならなかつた。