5月23日、アメリカのバイデンが韓国訪問後、日本にやって来た。日本を対中国・北朝鮮の軍事拠点として強化するためである。欧州をNATOによって要塞化に成功したバイデンは、アジアでも同じことを目論んでいる。そこには、対ロシアとの戦いを「自由民主主義」対「専制主義」としたことで、ロシアと同様に中国を「専制主義」国と見做す戦いは、対ロシアのやり方と同じものとするアメリカの論理が完全に露出している。
アメリカのロシアとの戦い方は、敵と見做す国を強力な軍事ブロックによって包囲し、その脅威に反発した相手を、徹底して非難することで同盟国の支持を取り付け、自らの好戦的体質を隠蔽し、「正義の味方」を演じながら、相手を壊滅させるというものである。そしてできる限り、自国の兵士を使わずに、戦争に勝つことが望ましい。それは、第二次世界大戦後、他国に類を見ないほど突出して世界中で戦争を繰り返し、その都度自国民の犠牲の大きさから反戦の動きが大きくなり、政権存続に赤信号が灯るということを嫌った「知恵」である。
このロシアへのアメリカの目論みどおりに進んだやり方を、アジアでも再現する、それがバイデンが韓日を訪問し、米日豪印のクアッドを日本の首相官邸で行った目的である。
もとより、アメリカにとっては、遅れて台頭してきた帝国主義的資本主義大国である中国を弱体化せることは、帝国主義間の資本間競争という意味で、至上命令と言える。それは、ロシアのGDPが国別順位で11位、アメリカの10分の1以下であるのに対し、中国のGDPは、現在は2位だが10年後にはアメリカを超えるのが確実なほどの勢いを持っていることを見れば理解しやすい。このままでは、アメリカ資本は衰退の一途をたどるのである。勿論、それが共和党トランプ支持者の自分たちの困窮をワシントンを表象とする既成勢力のせいにする怒りのもとであり、共和党の支持拡大の原動力になっているのである。それを、バイデンの属する「リベラル」なアメリカ民主党主流派としては、見過ごすことはできない。当然、中国の弱体化は、最優先課題とならざるを得ないのである。
そのことは、ロシアが非経済大国で軍事力だけ突出しているのに対し、経済力も軍事力もアメリアを凌駕する勢いがある中国には、経済ブロックの強化も欠かせないことを意味している。それが、バイデンが熱心に進めるインド太平洋経済枠組みIPEF になって現れているのである。
軍事ブロックの正当化という虚言
アメリカは、NATOの東方拡大で対ロシアへの軍事的包囲を進めてきた。それを正当化しているのは、主要西側メディアの「ウクライナが侵略されたのは、非NATO加盟国だったから」という言説である。それは、ロシアの侵略阻止には、ヨーロッパ全土をNATOにより要塞化すればいい、という言説につながっている。そして、それがフィンランド・スウェーデンのNATO加盟を後押ししたのが現実である。
それをアメリカは対中国のアジアでも進めようとし、日本でも極右のタカ派である石破茂等が盛んに喧伝しているのがアジア版NATOである。
しかし、NATOという軍事ブロックの正当化は、主要西側メディアで盛んに行われているのだが、それと異なる論調のメディアも存在する。ル・モンド・ディプロマティーク日本語版5月号は、ロシア鍋(フランス語版ではLa Caseerole Russse ロシアのキャセロール鍋料理のこと。鍋料理を火にかけ、そのままにしておけば、煮えたぎり、危険な状態になるという比喩)という記事で反論している。
そこでは、「ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反であり、そこで行われた戦争犯罪を正当化するものは何もない。」と前置きしながらも、軍事ブロックの強化、つまり現実に行われたNATOの東方拡大が持つ危険性が、かねてから指摘されていたことを強調している。それは、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー 教授の「ウクライナ戦争勃発の第一の責任は米国にある」 という発言だけでなく、数多くのNATOの拡大方針に反対する意見が少なからずあったこを物語っている。それは以下のようなものである。
①冷戦時のアメリカ外交政策官ジョージ・F・ケナン 「NATOの東方拡大は、ロシアとソ連の歴史についてあまりにも理解がないことを示しています。当然、ロシアは敵対的反応をするでしょう」
②ウィリアム・J・バーンズCIA長官 「ウクライナのNATO加盟は(ロシアの)最も敏感な“レッドライン”を侵すことになります。(中略)私の知る限りすべての人が、このプロジェクトをロシアの利益に対する露骨な挑戦以外の何ものでもないと見ています」
③元駐ソ連米国大使ジャック・F・マットロック 「NATOに新たな加盟国を迎えるという政府の勧告は間違い」「ソ連崩壊後我々の安全保障にとって最悪の脅威となる連鎖反応を引き起こすおそれがあります」 「ウクライナをロシアの勢力圏から引き離そうとする試み(“色の革命”の支持者が標榜した目的)は愚かで危険な行為だった 」
④米共和党大統領候補パトリック・ブキャナン 「NATOをロシアの軒先まで進めたことで、我々は21世紀の対決のもとを作った」
⑤言語学者ノーム・チョムスキー 「ウクライナが西側の軍事同盟に加盟するという考えはロシアの如何なる指導者にとっても全く受け入れがたいものでしょう」
これらの意見は、ロシアの侵攻以降、主要西側メディアでは、「ロシアのプロパガンダ」と扱われるが、侵攻以前は、傾聴に値するものとして多くのメディアで登場していた。それは西側の多くの国で、ウクライナのアゾフ大隊が危険な民族主義過激集団(ネオナチとまでは言わないまでも)として扱われていたが、侵攻後一斉にその扱いが消されてしまった(日本の公安調査庁でも削除された)ことと同じである。まるで、歴史修正主義者が「南京大虐殺はなかった」「アウシュビッツは、ソ連の捏造で本当はなかった」と、都合が悪いことはなかったことにするかのように、である。
実際に起きたのは、これらの危険性の現実化だったのである。ロシアを敵と見做して自分たちを軍事ブロックで要塞化すれば、ロシアも同様な行為に出て、いくらNATOは防衛的だと叫んでも相手は信用せず、攻撃される前に攻撃したいという欲求が抑えられなくなる。それが、プーチンの狂気となって噴出したのである。
そもそも、軍事力による侵攻の抑止は、侵攻されれば、反撃できる強力な武力を保持することとその武力を使用する意思を相手国に示すことの両方によって成り立つ。反撃する能力と意思を相手方に理解させることで、相手方の侵攻を事前に抑止する、という考え方である。それは防衛目的と言っても、当然、相手国内の基地への攻撃能力も含む。現実に、NATOも中国もロシアもスウェーデンも敵基地攻撃能力を有している。そこには、互いに相手を信用していないので、相手が先に攻撃してくるかもしれないという疑心にかられる危険性が潜む。それは一種の綱渡りであって、いつ転落してもおかしくない、つまり開戦の危険性が永続することになるのである。
アジア版NATOではなく、日本だけが米軍の最前線基地化へ
アジア版NATOが創設されれば、対中国との関係に、同様の危険性が生まれることを意味しているが、アジア版NATOの創設と言っても、アジア諸国はアメリカ一辺倒にはならない国がほとんどである。現在のアメリカとの軍事同盟は、アジア太平洋地域では、ANZUS(米豪ニュージーランド)、AUKUS(豪英米)、日米安全保障条約、米韓相互防衛条約、台湾関係法、米比相互防衛条約があるが、クアッドのインドにしても、アセアン諸国も等距離外交を機軸としているので、アメリカ政府の言いなりにならない。太平洋地域のニュージーランドの労働党政権も、今のところ反中国のオーストラリア新労働党政権もアメリカ一辺倒とはならないだろう。韓国新右派政権もアメリカ重視を打ち出しているが、「共に民主党」系の野党勢力も強く、新政権の思いどおりにはなりにくい。結局、アメリカ政府に好都合で言いなりになるのは、日本政府だけである。ここに、日本が対中国・北朝鮮のアメリカとの軍事同盟の最前線になる危険性があるのである。
アジア版NATOが創設されれば、対中国との関係に、同様の危険性が生まれることを意味しているが、アジア版NATOの創設と言っても、アジア諸国はアメリカ一辺倒にはならない国がほとんどである。現在のアメリカとの軍事同盟は、アジア太平洋地域では、ANZUS(米豪ニュージーランド)、AUKUS(豪英米)、日米安全保障条約、米韓相互防衛条約、台湾関係法、米比相互防衛条約があるが、クアッドのインドにしても、アセアン諸国も等距離外交を機軸としているので、アメリカ政府の言いなりにならない。太平洋地域のニュージーランドの労働党政権も、今のところ反中国のオーストラリア新労働党政権もアメリカ一辺倒とはならないだろう。韓国新右派政権もアメリカ重視を打ち出しているが、「共に民主党」系の野党勢力も強く、新政権の思いどおりにはなりにくい。結局、アメリカ政府に好都合で言いなりになるのは、日本政府だけである。ここに、日本が対中国・北朝鮮のアメリカとの軍事同盟の最前線になる危険性があるのである。
自民党は以前から、現行憲法内であろうが、改憲後であろうがおかまいなしに、日本の敵基地攻撃能力を模索し、それを「反撃能力」と言い換え、軍事力強化に邁進してきた。現に、岸田首相は、日米首脳会談でバイデンに「検討」を約束するなど、アメリカの軍事戦略に呼応して、日本の最前線基地化を推し進めている。このまま進めば、日本の最前線基地化は避けられないだろう。
今頃、危険性に気づいても遅い
朝日新聞は、5月25日の天声人語で、「ロシアの蛮行を許した背景には」「米欧はNATOを東へ東へ拡大してきた。国民に被害者意識をあおるプーチンに勢いを与えた面もある」と、この新聞では初めて、NATOの東方拡大を問題に挙げた。ウクライナ問題では、ひたすらロシアだけが悪いと強調し、アメリカ政府高官・政策ブレインや日本の防衛研究所教授、右派論客などの論説しか載せず、アメリカ政府の広報のような報道しかし来なかったことを考えると、大きな変わりようである。恐らくは、欧米のNATOによるロシアへの封じ込めが、対中国にも応用され、軍事力強化による対応をアジアでも適用してくることの危険性に、ようやく気づいたのだろう。
5月26日になって日本共産党「赤旗」電子版も、アメリカの軍事戦略と呼応した形の敵基地攻撃能力を「米国の戦争で発動の危険明白」と書き始めた。この新聞も、ロシアの侵攻以後に限れば、「ロシアだけ悪い」論に沿って、NATOの動きを一切批判しなかったにもかかわらず、である。
これらのことは、戦争の善悪だけを問題にし、そこに至る過程は無視し、それを問題にするのは、侵攻の正当化だなどと主張していた日本の「護憲・平和」勢力は、その主張を変えざるを得ないことを意味している。
「ロシアだけが悪い」と、相手を悪魔のように罵れば、そこには外交的解決などという手段は出てこない。悪魔との取引などあり得ず、力によって自らを守る、さらには力によって「悪魔」を壊滅させるという発想しか生まれない。それがヨーロッパで現実になったのである。当然それは、対中国・北朝鮮にも応用され、軍事力に依存する姿勢を強固にする。それに、今頃気づいても、遅い。
7月の参院選では、軍事力強化方針の自公維が圧勝するだろう。日本の軍事力は、既に世界第5位(軍事分析会社グローバル・ファイヤーパワー による)にまでなっているが、さらに強化され、日本は最前線基地化に邁進することになるのである。勿論それは、アメリカ同様の低レベル社会福祉などの社会の不平等を肯定することを意味し、新自由主義が強化された社会ということでもあるのだが。