夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

香港の憂鬱(2) ~抗議デモの行く末~

2019-11-26 15:26:56 | 政治
①香港の現実
 このれほどまでに多くの人びとが参加するデモの背景には、何があるのか? この問いに多くのメディアが共通して指摘するのは、所謂格差による不満である。例えば、香港のジニ係数は0.537と異常に高い数値で上昇し続けているが(20011年の数字。高いほど収入格差が大きい。先進国では0.4未満。台湾2000年0.326、中国本土でもOECD資料Income Disitrbution Databeseでは2018年0.514)、特に返還前の1990年以降貧困層が急増したという。逆に、富裕層は増大し、2018年には3000万ドル以上の資産を保有する超富裕層が最も多い都市となっている。また、不動作価格の高騰から家賃が異常に高く、賃金は横ばいで、中低所得層の生活苦は著しく増大しているという。
 さらに、社会保障制度が最貧困層に対する最低保障が主で、中間層には新自由主義的自助努力が奨励され、極めて貧弱である。(東京外大澤田ゆかり「福祉国家から見た華南の社会保障」等参照)。

②デモ隊の根源にあるもの
 抗議デモの中心になっているのは学生であるが、香港の大学は学費が異常に高い。公立の香港大学ですら、年間日本円で250万円の学費が必要である。その学生たちが低所得層の子弟であるとは考えづらく、多くは中所得層の家庭環境にあると思われる。しかし、中所得層でも上記のような社会状況が背景にあり、英BBCが指摘するように(Web日本語版2019.9.30)、特に若者は、就職難、低賃金、不動産価格の高騰の経済的不満を募らせ、それが彼らを動かしているのだと考えられる。
 しかしそれ以上に、彼らの抵抗運動の根源にあるものがある。それは「香港ナショナリズム」である。
 香港は150年間イギリスの植民地であって、1949年、大陸に中国共産党主導の中華人民共和国が成立してからは、共産党を嫌って移住してきた人々がかなりの人数におよぶ。1945年に人口60万人だったものが、1956年には260万人に増大したことがそれを示している(現在は739万人)。それは、BBCが香港の「アイデンティティーの危機」と呼ぶように(同2019.11.19)、香港市民の多くは自らを、中国共産党主導下の中国人とは異なる、「香港人」という認識を持っているという。それはまさに「香港ナショナリズム」とも呼ぶべきものだ。彼らにとっては、今や中国本土からの「侵略」と捉えられる状況にあり、そのことが、北京政府からの政治的・市民的自由を要求する精神的土台になっていると考えられる。11月24日、区議選が行われ、「民主派」が8割以上の議席を占め、抗議デモへの支持が示された(「親中派」の得票率は4割あり、小選挙区制のため「民主派」が圧勝となったが、「親中派」の支持も根強い)。若者主体のデモに、年齢を問わず支持が広がるのはそのためである。
 香港の抗議デモの特徴は、世界中で起きている抗議デモと異なり、政治的領域に限っての抗議しか行われていない。背景に経済的困窮を抱えているにもかかわらず、賃金や住宅等の経済政策の問題には一切触れていない。それは5大要求やデモ隊の落書き、プラカード等でも明らかである。すべて、反北京、反中国共産党に収斂される。このことも、この運動の根源が「香港ナショナリズム」にあることの証左である。

③抗議デモの行く末
抗議デモへの支持の拡がりを見て、北京政府は少しは譲歩してくるかもしれない。また、香港は中国本土と西側資本との窓口になっているので、香港の役割は北京政府にとっても経済的に極めて重要なことは認識しているだろう。それ故に、一定の民主主義的措置を認め、デモで拘束した者の一部を解放するかもしれない。
 しかし、どんなに抗議デモに支持が広がろうとも、大幅な公的住宅供給などの生活改善ならば認められるだろうが、その要求が政治的領域に関する限り、香港政庁は要求を飲むことはあり得ない。もともと、逃亡犯条例は単なるきっかけに過ぎず、大きな意味を持つものではない。だから、政庁側はあっさり撤回したのだが、デモ隊の最大の要求は西側で通常行われている普通選挙であり、この要求は、香港政庁が答えられる権限を越えている。50年間の「高度な自治」を北京政府が約束したとしても、香港は中国領土であり、中央の統治権から完全に自由にはならないからである。完全な自由選挙が実施されれば、香港独立を主張する首長も、台湾のようにアメリカの軍事支援を要求する首長の実現も可能になってしまうこともあり得るので(現にデモ隊は独立を掲げ、アメリカ政府に支援されている)、「高度な自治」といっても、北京政府は一定の歯止めをかけざるを得ないのだ。さらに言えば、もし政治的自由の拡大を認め、50年間の終了の後に、それまでのことは「はい、おしまい」と北京政府が言えば、かえって火に油を注ぐことになりかねない。最近の「しめつけ」は、北京政府が一国二制度終了後のことも考えて、それに対する地ならしでじわりじわりと「しめつけ」を強化していると考えられる。その最中に、普通選挙の要求を飲むことなど、ゼロに等しい。
 一国二制度の50年間、このような抗議デモが度々行われ、今後も「民主派」は制度的な民主主義の要求し続けるだろう。しかし、デモの混乱により経済は悪化するだろうし、その後のことは誰にも予想できない。
 一国二制度を盾に「民主派」を支持する西側政府は、制度終了後にはその根拠を失うことになる。またその時に、中国本土そのもので何が起きているのかも誰にも予想できないのだ。

④香港抗議デモの政治利用
 西側(アメリカとアメリカと軍事同盟を結ぶ国々という意味である)の右派は、この抗議デモを最大限利用しようと努めている。例えば、極右の産経新聞は連日、デモの模様を、警官隊の暴力行為を始め、いかに「民主派」が中国の独裁的圧政と戦っているかを伝えている。安倍政権の反民主主義的姿勢を支持しているにもかかわらず、中国には民主主義があるべきだと言っているのである。公平な普通選挙が香港でなされるべきだと言いながら、自分と他の自民党議員の選挙応援組織を優遇した安倍首相の「桜を見る会」問題は一切追及しない。中国によって香港の言論の自由が脅かされていると言いながら、過去の日本の植民地主義を批判する言動を抑圧する勢力を全面的に擁護しているのである。明らかに矛盾しているのだが、このことは何を意味するのかといえば、産経新聞が香港抗議デモを支持するのは、民主主義を求めているからではなく、デモが反中国であるから支持しているということである。何故このようなことが起きるのだろうか?
 そこには、中国には民主主義の制度がなく、西側には「自由民主主義」制度があるという理由がある。確かに、そのとおりである。しかし、この「自由民主主義」は、常に二重基準で使われるのだ。西側と敵対する勢力には徹底して厳しく民主主義を要求し、西側と主に経済的に友好関係にある国には民主主義の観点からの批判は控えるというものだ。例を挙げれば、サウジアラビア等の中世的専制支配国家、事実上の「一党独裁国家」であるシンガポール、軍政のタイ、南米の極右政権等に対しては、批判はまったくされないか、極めて控えめである。かつては、アメリカ政府は南米のチリのアジェンデ左派政権をクーデターで倒したピノチェット軍事政権を始め、多くの軍事独裁政権を支援したが、ニューヨークタイムズ等の主要アメリカメディアは、そのことを批判的には報道しなかったのだ。
 同じことが中国に対しても行われているのだ。西側と敵対する国は悪ければ悪いほど、相対的に自分たちの「正義」が立証されるという論理である。中国が悪い国なのだから、中国に対して強硬に臨む政策が正しいということなる。さらに「独裁国家」の中国に対しては、強大な軍事力で臨むのが正しいという論理が導き出されるのだ。ジョージ・W・ブッシュの「悪の枢軸axis of evil」も、その論理で成り立っている。
 またそこには、中国が「社会主義」だから非難されるという事情もある。
中国とはどんな国なのかと言えば、中華人民共和国成立後、毛沢東自らが提唱した「新民主主義」を早々と捨て去り、社会主義の建設で多くの失敗を繰り返して、鄧小平以降は、完全に社会主義建設を放棄した強大な資本主義国家である。中国共産党は「特色のある社会主義」と言うが、徹底した国家管理による資本の集中・集積を通じ、発達した資本主義システムが既に形成されている。西側との違いは、資本主義システムに対する「徹底した国家管理」がなされているかどうかだけである。そしてその「徹底した国家管理」は中国共産党の権力集中による基本政策として行われている。中国共産党は人民の実生活を向上させたと言うが(確かにめざましく向上したのは事実であるが)、それは資本の増強と市場の拡大によってなされたものである。
 「社会主義」が何でああるのかは、人によって様々であるが、このような社会で社会主義が実現したというのも、社会主義の建設に向かっているというのも、少なくともマルクスの言う社会主義から考えれば完全に虚偽である。マルクスの思想に関しても、様々な解釈の違いがあるが、社会主義が資本主義の終焉なくしてはあり得ないのは、自明の理である。(因みに、マルクスは社会主義と共産主義という用語を明白には区別していない。)
 実際、ほとんどの社会主義者にとっては、彼らの掲げる社会主義は中国のような(旧ソ連も含めて)社会ではないことだけは確かなのだ。しかし、右派は、両者は同じものだと攻撃するのである。トランプが民主社会主義者を自認するバーニー・サンダースを、ベネズエラのマドゥロ政権の政策的失敗を利用し、これがサンダースの社会主義だと攻撃するやり方も、それに当たる。
 極右の産経新聞の場合も、中国が社会主義であり、その中国が「悪」であればあるほど都合がいいのである。そのイメージを増殖し、社会主義を掲げる勢力を攻撃できるからである。そこには社会主義にも多くの意見の相違があることや、何が社会主義なのかなど厳密なことはどうでもいいのだ。だから、日本の民主主義が後退しようとどうしようと、攻撃材料として香港のデモを擁護するのである。

⑤形式的な民主主義の問題
 この抗議デモは実のところ、普通選挙の実施という形式的な民主主義を要求しているに過ぎない。香港が新自由主義的不平等社会なのは、返還後加速されたとは言え、イギリスの植民地時代からの政策によるものだ。この普通選挙の実施だけでは香港社会のとてつもない不平等の問題を始め、多くの問題の解決することはできない。そこには別な視点が必要なのだ。トランプが世界最大の「民主主義国家」と褒めたたえるインドでもジニ係数は0.5以上であり中国とさほど差はない。インフラはまったく進んでおらず、大都市は空気汚染が世界最悪、数億人がトイレがないので野外排泄(BBC 2016.13)を強いられているという現状である。フランシスコ教皇が「貧困者やホームレス1500人招き昼食会 」は、「一党独裁国家」ではなく、先進国の「民主主義国家」での出来事なのだ。仮に形式的な民主主義が達成されたとしても、さらなる難問が押し迫ってくるのである。
 さらに形式的な民主主義は、事実上の「一党支配」を可能にする。言論の自由あり、普通選挙の制度があったとしても、常に与党が選挙で勝つという仕組みを作れば良いからだ。典型的な例はシンガポールであるが、ここでは与党人民行動党PAPが選挙では負けない仕組みが作られている。報道は形式的には自由なのだが、メディアの人事権を握る、経営を支配するというやり方でPAPに有利な情報しか流させない。選挙制度も「集団選挙区」という得票数の高かった政党がその選挙区内の議席を総取りする という与党有利な制度を変えようとはしない。野党労働者党が勝った地域での予算を削減するなどのやり方である。それらによって、PAPは「一党支配」を続け、民主主義がないと非難されることもない。
 日本もシンガポールに準じている。自民党はNHKの人事権を握り、テレビが不利な情報を流すと偏向報道と非難する。与党有利な小選挙区を拡大する。自民党と親密な関係にあれば、物理的精神的な利益を得られる等々によって、事実上の一党支配を永続させている。
 一般的な言い方をすれば、世界中で政治権力を握る者と社会的強者(主に巨大資本)によって、特にメディアコントロールがなされ、選挙に勝つことによる、バーニー・サンダースが言うところの寡頭政治oligarchy(主に多額の金融資本を持つ少数者による支配)が横行している。それが、現実のとてつもない不平等社会をつくりあげているのである。それらのことに、香港の人びとはいずれ気づくだろうが。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

香港の憂鬱(1) ~抗議デモはどう報道されているか~

2019-11-04 16:14:08 | 政治
 香港の若者を中心とする抗議デモのは収束する気配を見せない。11月2日にもデモ隊は中国の通信社新華社の香港支社を破壊したというニュースが配信されている。
 香港以外でも、世界中で抗議デモは頻繁に起きており、フランスの「黄色いベスト」から気候変動危機に対する「絶望への反逆」、最近ではチリ、レバノン、チュニジア、イラク等いたるところで行われている。しかし、これらのデモと香港のそれとは大きく異なる点が二つある。ひとつは欧米メディアの報道姿勢が他の地域のデモと大きく異なることだ。(日本メディアは欧米メディアのものを転載しているだけである)欧米メディアは香港デモには極めて好意的なのだ。他の地域のデモでは、破壊・暴力行為を厳しい姿勢で報道するが、香港ではむしろ警察の暴力的取締りの映像の方が頻繁に流されるのだ。それらのことは「文春オンライン 2019.9.5現地ルポ デモ隊の”醜い真実”をあえて書く」でも詳しく描かれているし、「黄色いベスト」の場合に先鋭化したグループの繁華街での破壊行為の映像を何度も流したことと比べれば、明らかである。
 勿論、政庁・警察側も覆面禁止やデモ許可地域を極端に狭め、違反者を殴る蹴る、催涙ガスを至近距離で吹き付ける、挙句の果ては実弾を使うなど、他の先進国ではあり得ない香港警察の「弾圧ぶり」は事実であると思われる。しかしそれでも、他の地域におけるデモとの扱いが明らかに違うのは、デモを報道する頻度である。米ニューヨークタイムズ、CNN,BBC,英ガーディアン、仏ルモンド等Web版で、どれをとっても香港デモの記事が書かれていない日はない。デモンストレーションは他の人びとに訴えるのが主眼であり、メディアに掲載されること自体がひとつの目的でもある。逆に言えば、そのデモを扱うこと自体が好意的であるとも言えるのだ。日本において安倍政権に反対するデモを、政権に近い産経、読売新聞が無視し、毎日、朝日、東京新聞が報道するのも安倍政権に対する見解の違いの反映であることを考えると理解しやすい。
 もうひとつの香港デモと他の地域での違いは、例えば、「黄色いベスト」、「絶望への反逆」、チリ、レバノン、イラク等多くのデモは、エリート層、富裕層に対する不平等への怒りが根底にあるのだが、(「絶望への反逆」は本質的には資本主義システムによる地球環境破壊に対する抗議という意味を持つ)香港デモは5大要求でも分かるとおり、純粋に民主主義制度だけを問題にしている点である。したがって、他の地域のデモには必ず左派が部分的にも参加しているのだが、香港デモでには左派は皆無である。それは、「黄色いベスト」をhard left(確固たる左派)のメランションが全面支持を表明しているが、香港デモを全面支持しているのはトランプ政権であることからも明らかである。
 誤解を招かないように書かねばならないが、香港デモ隊が敵視する中国政府はもはや左派政権とは言い難い。ナショナリズム、自国資本の擁護、覇権主義、authoritarianism( 権威主義)に凝り固まった政権を左派と呼ぶわけにはいかないのだ。また、純粋な民主主義制度の要求は人民の正当な権利であり、正義でもある。
 
 そのような事情があるにしても、敵が「一党独裁」の中国であり、左派色がないことが、右派メディアから中道左派メディアまで欧米メディアが一色になって好意的な理由であると考えられる。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする