夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ウクライナ侵略(invasion) 「戦争狂の殺人鬼と化したプーチン」

2022-02-26 11:23:49 | 政治

ロシアによる侵攻を伝える英BBC


 2月24日早朝、プーチンは軍事作戦を命令し、ウクライナに軍事侵攻を始めた。まさに、状況は、ロシアが作り出したウクライナ危機からウクライナ本格的侵略(full-scale invasion)に変化した。
 このプーチンの選択は、西側の予想したシナリオの中でも最悪なものだったのは間違いない。西側は経済制裁をかざすことで、本格的軍事侵攻というシナリオを何とか回避できるのではないか、という読みがあったからだ。それは、バイデンがプーチンが侵攻を準備していると言いながらも、ウクライナに大規模な軍事支援を行わなかったし、ドイツのショルツやフランスのマクロンが直前まで、プーチンとの首脳会談に臨んでいたことでも明らかだ。本格的軍事侵攻は、ロシアの経済に重大な苦境をひき起こし、NATOはプーチンの要求とは真逆に、結束を固め、ロシアとその同盟国を今以上に完全包囲する体制をつくる。合理的な判断からは、ロシアにとって利益にならないことを選択するとは想像していなかったに違いない。それは、常に冷静なショルツが侵攻直後に激怒したという報道でも分かる。ショルツもマクロンも、西側メディアが報道するように、プーチンが以前から侵攻を決断しているのにもかかわらず、交渉の余地があるという素振りを見せたのは演技に過ぎなかったとは、想像していなかったのだ。結果的にこの二人は完全にメンツを潰されたのだが、それを想像していれば、決して会談には臨まなかっただろう。

 世界は今以上に軍拡の時代に入る
 このロシアの動きに最も重要なのは、交渉や経済制裁では、侵略行為を思い止まらせることができなかったということだ。この見方は、ほとんどすべてのメディアが伝えている。しかし、それ以外に何があるかと言えば、強大な軍事力を保持し、すぐに反撃するという意思を見せつけるという「抑止」という選択以外にはない。ウクライナで言えば、NATO非加盟で、ロシアから見れば脆弱な軍事力しか持たないことが、プーチンの侵攻を決断させた、ということになる。
 プーチンはロシアが核大国であることを脅しに使い、NATOがロシア軍と交戦すれば、核戦争にも繋がりかねないから、西側は直接攻撃して来ることはないと読んでいる。その読みどおりに、バイデンは早々とウクライナに直接米軍を派遣することはないと言ってきたし、NATOとしても、加盟国の軍備は増強に急いでいるが、直接ロシア軍と交戦することはしようとしない。また、ロシア側も決してNATO軍と交戦しない戦術をとっている。
 このことは、危機を迎える前に、西側は軍事同盟国を拡大し、強大な軍事力を敵対する相手側に見せつけることで、侵略を思い止まらせるという論理を加速させる。強大な軍事力を持った同盟国側には、敵対する相手は攻撃できないという論理である。要するに、世界は今以上に軍拡の時代に入るのである。

 日本には、改憲の追い風となる
 改憲の最大の目的は9条を含めた平和憲法の改変にある。いつでも戦争ができる「普通の国」にすることである。その改憲に、今回のロシアの侵略は追い風になるのは明らかだ。
「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して」とは、日本国憲法の前文だが、ロシア・中国は「平和を愛する諸国民」ではない、というのは説得力を持つことになる。いつ侵略してくるかも分からないから、それ以前に、侵略を思い止まらせる強大な軍事力を持つべきだ、という論理が正論としてまかり通るだろう。改憲勢力である自公維に、風の流れに乗ろうとする国民民主党も加われば、改憲はぐっと早まったと言うしかない。
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「中・ロが悪ければ悪いほど、西側の右派政党は支持を拡大する」

2022-02-24 13:06:57 | 社会
 

 中国とロシアに対する批判は、西側の政府、主要メディアでは、他の事象に比べて最も大きく主張されていることである。それは、新聞は第一面で、テレビはニュースと情報番組で中国・ロシア批判に関して大きく時間を割くことで明らかである。それには確かにこの時期に、北京冬季オリンピックが開催され、ロシアがウクライナに最大限の軍事圧力をかけているので、耳目を集めるという事情がある。しかしそれ以前から、中国は香港とウイグル自治区の人権問題で、ロシアは反政権派の活動家ナワリヌイの問題で、徹底的に批判され糾弾され続けてきたのである。
 世界では、イスラエルは抵抗するパレスティナ人を年中行事のように殺害し、イエメンでは、サウジ主導の連合軍が数万人を殺害し、国連が最大の人道危機と呼ぶ事態に陥り、南米チリは大規模抗議デモの数百人が治安当局に殺害され(その後当然のように、チリでは2022年1月に抗議デモ側の左派政権ができた。)ているにもかかわらず、西側政府と主要メディアは、それらの事柄の数十倍の関心を中国・ロシアに向け、批判と糾弾を繰り返してきたのである。
 勿論、中国とロシアには批判されて当然の理由がある。それは、左右の政治的な立場を問わず、西側のほとんどすべての政治勢力が批判していることでも明白である。右派政権と政治家はもとより、左派の英国労働党の影の外相は、ロシアに今すぐに制裁すべきと言い、アメリカのバーニー・サンダースは2月8日に英紙ガーディアンに、プーチンを「(ウクライナ)危機に最も責任のある」「嘘つきでデマゴーグ 」「腐敗した権威主義的指導者 」とする寄稿文を載せ、日本共産党は、赤旗に中国・ロシアを批判する記事をたびたび載せている。
 
 中・ロ批判とナショナリズム
 しかし、この中・ロ批判は、右派の支持を拡大する契機ともなる。なぜなら、それはナショナリズムの高揚と結びつくからである。
 日本の新聞各紙の中で、香港の言論弾圧や人権問題など、中国に対し最も激しく批判しているのは、産経新聞である。これは、産経新聞が日本の新聞の中で、最も言論の自由を重んじ、最も人権を尊重すべきと主張しているからではない。極右の産経新聞は、学術会議の政府による任命拒否を肯定しているし、死亡したリィシュマさんに関する入管の人権侵害を問題にすることはない。要するに、日本国内の言論や人権侵害は問題にせず、もっぱら中・ロにだけは激しく批判する。なぜこのような報道姿勢になるかと言えば、中・ロ批判が右派に有利な材料だからである。中・ロが悪ければ悪いほど、右派に支持は集まるからである。
 それは、敵対する相手が悪ならば、相対的に自分たちは正義になるからだ。そこにはナショナリズムがある。自分たちは正義であり、尊敬されるべき存在だ、という意識がある。敵対する悪と戦う自分たちは正義、自分たちは尊い、という意識がある。それは、相手が悪ければ、悪いほど、高まる。だから、産経新聞は中・ロを激しく批判するのである。
 もとより、中・ロの政権の基本イデオロギーもナショナリズムである(その意味では、中国共産党は党名とは正反対の右派政党である。)。偉大な中華民族の復興も大国ロシアの復権も、完全にナショナリズムである。両国ともその手段として、軍事力の増強と対抗する勢力に軍事的威嚇を繰り返す。それに対峙するのも、おうおうにしてナショナリズムとなり、軍事力で対応することが声高に叫ばれる。それは言うなれば、右派の専売特許である。ここに、右派に支持が集まる理由がある。中・ロに軍事的対抗を主とした強硬姿勢を主張する右派は、支持を獲得しやすいのだ。
 右と左の中・ロに対する対応の違いを表している好例がある。オーストラリアとニュージーランドである。オーストラリア自由党、自由国民党、国民党の右派連合政権とニュージーランド労働党の中道左派政権との対中国政策は大きく異なる。オーストラリ亜政府は中国に対抗するため、日本、米国、オーストラリア、インド の対中国政治・軍事的枠組みであるクアッド(Quad)に入り、アメリカの原潜を配備することも決め、オーストラリア公共放送ABCは連日中国批判を強めている。それに対してニュージーランド政府は、アメリカ主導の機密情報共有制度ファイブ・アイズにか加盟しているが、クアッドには加盟せず、2021年には中国と自由貿易協定(FTA)を拡大するなど、反中国対抗には慎重な姿勢を見せている。 
 このような左派の姿勢は、ますます軍事的威嚇を強める中・ロに対抗する上で、支持を維持するのは難しい。上記に挙げたバーニー・サンダースの寄稿文は、左派としての基本的立場である戦争を回避することに全力をあげるべきであり、軍事的対応を後退させることを強調しているのだが、それも、ガーディアンの他の多くの意見(oponion)欄で見られるように、強力な軍事的対応をロシアに見せつけることで、侵略を抑止すべきだという意見にかき消されてしまう。(ここで言う強力な軍事的対応とは、ウクライナに世界最強の軍隊であるアメリカ軍主体の大規模兵力を提供することを意味しているが、それはプーチンが最も嫌うことで、そのことが逆に、それが実現する前のロシアからの大規模侵攻を誘発させかねない。)中・ロの軍事的威嚇が強まれば強まるほど、西側は右派の強力な軍事的対応という意見が支持されるのである。


 ウクライナ危機の現在
 22日にプーチンは、ウクライナ東部のロシア系住民独立地域の「国家承認」に踏み切った。ロシア軍がその地域に、駐留できるとも言い切った。これは、アメリカが2か月も前から繰り返して叫んでいるウクライナ全土への「近日中の大規模侵攻」とは異なり、アメリカの予想どおりには動かないことを示しているが、アメリカは「大規模侵攻の始まり」という見方を譲らない。ウクライナ政府は非常事態宣言を発令した。しかし、このロシアの動きは、対グルジア(現ジョージア)戦争と酷似しており、親ロシア地域を「国家承認」したことと同様であり、ロシア軍はその地域でのグルジア軍を撃破したことから考えれば、その地域での(勿論、その地域拡大を含む)ウクライナ軍は撃破すると主張しているのである。しかし、それ以上の地域への侵攻はしないということも意味している。なぜなら、それ以上の侵攻は、相手側の抵抗により、ロシア側の人的・物的損害は小さくないからだ。その後、グルジアはロシアに対して、ロシアにも西側にもつかない中立的な立場をとるようになっている。要するに、ロシアの周辺に西側との緩衝地帯をつくることが、ロシアの利益だとしているのである。このことは、ウクライナでも同様だと考えられる。プーチンは、ロシア軍が大規模侵攻をいつでもできるという最大限の軍事的威嚇をすることで、ウクライナにこれ以上西側との軍事的協力をすることは、ウクライナの利益にならないことを分からせるという戦術をとっていると思われる。したがって、アメリカの言うように「近日中の大規模侵攻」という選択はせず、サイバー攻撃と同時に、ひたすら威嚇し続けるという戦術をとるだろう。しかし、ウクライナ側はロシアの狙いとは正反対の動きを見せている。現在のウクライナのゼレンスキー政権は、それ以前のポロシェンコ政権のような極右ではない。しかし、2014年当時、影響力をもったウクライナ民族主義を掲げるネオナチ集団も、今は極めて少数派になっているが、それも息を吹き返しかねない。ウクライナ政権にも、反ロシア強硬派の右派の影響も強まるだろう。ますます、ナショナリズムが強めるのは避けられないのである。
 
 西側左派の冬の時代は続く
 かつて社共共闘大統領を生み、社会党政権が長く続いたフランスでも、4月の大統領選では、自称中道マクロンと右派が有力で、世論調査では左派は惨憺たる結果が示されている。ポルトガル総選挙でも、中道色を強める社会党が勝利し、左派は激減し、極右は議席を伸ばした。ドイツ総選挙も同様に、左派党は得票率を大幅に減らした。アメリカも、共和党の支持は硬く、民主党左派は影響力を下げ続けている。日本も同様に、立憲、共産は支持を落とし、右派の維新が伸長しるなど、右傾化は著しい。
 このような西側左派の退潮に、中・ロの問題はナショナリズムを高揚させ、さらに悪影響を及ぼすだろう。左派が伸長し続けるのは、中・ロとは離れた位置にある中南米ぐらいである。中・ロが悪ければ悪いほど、それに影響される地域では、左派は支持を失う。西側左派は、今後も冬の時代、それも厳冬期を覚悟しなければならない。
 
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ウクライナ危機「プーチンの狙いは100%裏目に出た? プーチンの隠された狙い」

2022-02-17 10:05:28 | 社会
  昨年来、ロシア軍はウクライナ国境沿いに大部隊を集結させ、今年になってからは、ベラルーシにも軍を派遣し、さらに黒海にも海軍を動員して、ウクライナを三方から攻撃するかのように軍事的威圧を強化している。
 プーチンの狙いは、まずウクライナのNATO加盟を阻止し、ソ連崩壊後のNATOによるロシア包囲網を緩めさせることにある。それには、ロシアにとっては、ソ連崩壊後にそれまで西側との軍事的には緩衝地帯だった東欧諸国がNATOに加盟し、西側の防衛ラインがロシア周辺に迫ったきたことを深刻な脅威と認識していることにある。(防衛省防衛研究所「金子譲 新生NATOの行方 東方の拡大からミッションの拡大へ」を 参照されたい。(
  そのことはロシアのラブロフ外相が、ロシアも加盟する欧州安保協力機構(OSCE)の1999年の憲章の中の「他国の安全保障を犠牲にして自国の安全保障を強化しないとの原則」を尊重するよう、 アメリカのブリンケン米国務長官に伝えた(ロイター 2月1日)ことでも明らかだ。
 それは平たく言えば、敵と見做す相手国が感じるであろう脅威には無関心な西側の態度(北朝鮮が感じるであろうアメリカが与える軍事力の脅威も一顧だにされないことも同様)を改め、ロシアの身になって少しは考えてみろ、と要求しているのである。
 もとより、ウクライナへの本格的侵攻などあり得ない。西側のもっとらしい侵攻説は、ロシアは軍事侵攻と同時に、サイバー攻撃などの「ハイブリッド戦」により、キエフにかつてあったような親ロ派政権を作り上げ、ウクライナをロシアの属国のようにする、というものだが、ロシア自身がそのような実力があると考えている根拠はひとつとしてない。もしそのようなことが可能とプーチンが考えているとすれば、彼に挙げられる情報はすべて役立たずで、無能な情報機関しかロシアにはないことになる。もはや、キエフに親ロ派政権などできる可能性はゼロに等しいのは、ロシア側も分かり切っているはずだ。軍事侵攻すれば、ウクライナ軍は既に手に入れているアメリカの最新鋭兵器で応戦し、周辺のNATO加盟国との戦闘も激化して、ロシア軍も多大な損害を受ける。総量で勝るロシア軍が全土を占領したとしても、結局は逃げ去るしかなかったアフガニスタンの二の舞いどころではない。人口5000万人のウクライナ人の抵抗にあい、西側の報復制裁でロシア経済は完全に崩壊する。逆に、ひいてはNATO軍のロシア領内占領もあり得ないとは言えない。そのような自滅行為を選択することはあり得ないのである。

 ロシア・グルジア戦争
 これらのことを考える上で、2008年のロシア・グルジア戦争が参考になる。1991年のソ連崩壊後、独立したグルジア領内には、ロシア系住民が多数居住する南オセチア、アブハジア地域があり、そこはグルジア人の支配を嫌う半独立状態になっていた。この状況は、東部地域に独立派のロシア系住民が多数居住する現在のウクライナと同様である。ロシア軍は南オセチア、アブハジア地域のロシア系住民を支援するとして、グルジア国境沿いに大部隊を集結させた。グルジア側は、その恐怖心から、我慢ができず、グルジア軍はロシア側に攻撃を開始した。それを待っていたかのように、強大なロシア軍は、先に攻撃されたことの反撃という正当性を盾に、グルジア軍を撃破した。この両地域をグルジア側から完全独立させるためである。しかし、ロシア軍はグルジア全土に侵攻したわけではない。南オセチア、アブハジア地域だけに限り、グルジア軍を撃破したのである。当たり前のことだが、グルジア全土にロシア軍を展開すれば、その抵抗にあい、泥沼にはまるからである。それは、ソ連軍がアフガニスタンで経験したことであり、米軍も同様にアフガニスタンで経験したことである。かつては、アメリカもベトナムで経験した敗北である。どんなに、重武装の強大な軍隊を投入しても、民族自決権で抵抗する勢力には勝てないのである。そのことを、プーチンは理解していないとは考えられない。ウクライ全土にロシア軍を侵攻させるという自滅行為を選択するはずはないのである。
 ロシア側は、2014年、2015年のミンスク合意の遵守をも要求している。この「合意」は、ウクライナ東部のロシア系住民の武装勢力が支配するドネツク・ルガンスクの独立を事実上認めたもので、領土の不可分に固執するウクライナ政府はとしては容認しがたいものだった。また、武装勢力側も周辺地域への支配圏拡大を狙い、両者の戦闘は散発的に未だ続いている。そこには、「非公式のロシア軍」(ロシア政府が公式には認めない、シリアを始め中東に投入されている西側の言う「グレーな」ロシア軍)が投入されており、2014年以降、ウクライナ東部で軍事活動を行っているが、ウクライナに居住するロシア系住民の武装勢力そのものなのか、国境を越境してきたロシア軍なのか、簡単には判別できない。
 これらのことを考えれば、ロシアの軍事行動は、ウクライナ東部のロシア系住民の支配圏拡大に限られ、到底、ウクライナ全土への進撃などあり得ないのである。
 
 プーチンは敢えて、ウクライナにとって極めて深刻な軍事的脅威をつくり出しているのは確かである。それは、ウクライナが震え上がれば、震え上がるほど望ましい。そのことによって、西側に譲歩を強要しているのである。それは、西側が与え続けているロシアへの脅威を考えさせ、態度を改めさせるためである。プーチンは、そうでもしないと、西側は「相手に与える脅威」を一切考慮しない、と考えているからである。それは、ソ連時代の情報機関の高官だったプーチンの、ソ連崩壊後、じわりじわりと西側に攻め込まれるという恐怖心にも由来しているのだろうが、ソ連を「悪の帝国」と呼び、現在のロシアも「中ロは1から100まですべて悪」とする西側へのプーチン流の「副反応」でもある。逆にプーチンにとっては、西側は「1から100まですべ悪」と映っているとも思えるからである。
 そのために、プーチンはウクライナ周辺に大部隊を集結させたが、今のところ、やはりプーチンの狙いは100%裏目に出ている、というように見える。少なくとも、表面的にはそうように見える。この大部隊が西側の「ロシアの侵略(昔あったテレビゲームのinvadeという言葉が使われている)」の唯一と言っていい根拠とされ、欧州全体のロシアに対する恐怖心と嫌悪感を増大させ、かえって西側の軍事的結束を強めることになっているからである。
 アメリカはウクライナに最新兵器を供給し、英国、フランス、ドイツなどもウクライナ周辺国に軍部隊を派遣している。肝心なウクライナのNATO加盟阻止は、2月14日にウクライナのゼレンスキー大統領がドイツのショルツ首相との会談で、NATO加盟を目指すと改めて表明したように、むしろウクライナのNATO加盟を促進させる効果しかもたらしていない。プーチンのNATOの包囲を緩めろという要求とは反対に、むしろNATOの包囲は強化されつつあるのである。
 
 プーチンの隠された狙い
 英紙ガーディアンは、「西側のロシアの侵略への焦点の当て方は、裏目に出て、プーチンを強化する可能性がある」との意見を載せている。
 このキール・ジャイルズの意見では「ロシアが侵略以外の選択肢を選択した場合、米国は自国とその諜報機関を当惑させる危険を冒している 」と言う。どういうことかと言えば、第一にロシアの軍事侵攻説だけを強調して流すと、ロシアが侵攻を実行しない場合、それは虚偽情報と見做されるということである。実際の侵攻説の発信元アメリカだけであり、その他の西側諸国はその危険性は充分あるとの補完情報を流し、それに基づいて行動しているのである。2月16日に侵攻が開始されると情報(アメリカ政府の公式情報ではないが)が飛びかっているが、16日にロシア側から出て来たのはロシア軍の一部を撤退させるというものだった。
 要するに、これではアメリカ政府の流す情報は「オオカミ少年」のようなもので、信頼度に著しく傷がつくということになる。そのことを、プーチンは計算に入れているのかもしれない、ということである。
 このガーディアンに載った意見は、上記のことを懸念しながらも、ロシアの侵攻を思い留まらせるには、西側が強力に反撃するという軍事力と意思を具体的に示すことが必要で、それができていないということが「プーチンを強化する」という極めて通俗的な抑止論で終わるのだが、「ロシアが侵略以外の選択肢を選択した場合」を想定しているのは、他の主要メディアでは見られない。
 
 ロシアは、昨年来から大部隊を集結させ、軍事演習を繰り返しているが、その期間は既に3か月を超える。口では「侵攻しない」と言いながら、侵攻するかのような軍事力を見せつける。そしてそれは、いつ終わるか分からない。したがって、いつまでもウクライナのみならず、西側は緊張状態に置かれる。西側政府が出したウクライナにいる人員の退避指示も終わらせることもできない。ウクライナ経済も悪影響は必至である。恐らく、それがプーチンの隠された狙いだろう。西側がロシアの満足する譲歩をしない限り、緊張関係は長い間続き、終わりが見えないという脅しである。「侵攻」を実行する必要はない。脅しだけで充分なのである。「侵攻しない」と言っているのだから、非難される筋合いはない、と突っぱねればいい。今回、軍を撤退させたとしても、また、いつか同じことをするかもしれない。アメリカはロシアの侵略を声高に叫ぶ。その度に、欧州の首脳は、プーチンに会わなければならない。このプーチンよって作り出された緊張関係以前には、西側首脳がプーチンと頻繁に会談することなどなかった。その内、NATO内の首脳の中から、緊張状態を終わらせるために、冷戦時のようにデタント(緊張緩和)の必要性を主張する意見が出るだろう。口先ではNATOは、ロシアを攻撃することはないと言いながらも、ロシア同様に軍事力強化(世界の軍事費は、全体で僅か減少しているが、欧州諸国では4.8%増加している。英国の国際戦略研究所(IISS)の報告 2021年)に走っているのである。NATO諸国が、ロシアに攻撃する意図がないなら行動で示せと言っているように、NATO諸国も「行動で示す」必要がある。そのことを、プーチンは分からせよとしているのである。
 西側は、プーチンはNATOを弱体化させ、相対的にロシアの攻撃能力を高め、ロシアの支配圏拡大を意図していると見ている。しかし結局のところ、プーチンがどんな行動に出ようとも、どんな意図があろうとも、戦争を起こさないためには、対話と双方の軍縮しかないのである。
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