夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ミアシャイマー教授「ロシアが戦争に勝つ可能性が高い」

2023-07-09 12:32:33 | 社会


 ロシアのウクライナ侵攻から約500日、6月24日、シカゴ大学政治学部ミアシャイマー教授が「前途の闇:ウクライナ戦争の行方」と題した論文を発表した。

  ジョン・ジョゼフ・ ミアシャイマーは、1970年に陸軍士官学校を卒業し、アメリカ空軍に5年間在籍してからその後、南カルフォルニア大学、コーネル大学で国際関係論の学位を取得し、1982年以来シカゴ大学で教鞭をとっている。「攻撃的現実主義」の代表的論者として知られるが、その理論の是非はともかくとして、ウクライナ戦争において、西側、特にアメリカの責任をも指摘しているので、西側政府、主要メディアとそこに登場する「専門家」には、自分たちに「都合の悪い」主張なので、ほとんど無視されている。
 問題は、ミアシャイマーの主張の根拠が事実に即して適切かどうかなのだが、侵略したロシアは「悪」で、侵略されたウクライナとそれを軍事支援する西側は「善」という構図を1ミリでも崩す主張は「ロシアを利する」という理屈から、ミアシャイマーの主張は、西側の多数派からは受け入れられないのである。
 
ミアシャイマー論文の論点となるのは
 この論文は、ロシアのウクライナ侵攻以来のミアシャイマーの主張を踏襲しているのだが、それに付け加えて
1.実行可能な平和条約に到達することは、ほぼ不可能
2.ロシアはウクライナを決定的に破るわけではないが、最終的には戦争に勝つだろう
 という2点を強調している。
 
 1の「実行可能な平和条約に到達することは、ほぼ不可能」は、和平交渉の可能性が、現時点ではその兆しもないのは、西側の多くの専門家も認めることだろう。ゼレンスキー側に、年内に領土を奪還し停戦交渉を開始する計画があるとCIA長官のW・J・バーンズが述べたが、それもウクライナとNATOの目論見どおり領土奪還が達成できたらという仮定であって、現在の戦況では交渉する意図はない、との裏返しの主張である。ウクライナもロシアも、どちらかが相当程度有利な戦況にならない限り、交渉する考えがないのは明らかである。
 したがって、論点は、2の「最終的には、ロシアが勝つだろう」という方にあると言える。

 ミアシャイマーは、「ロシアが勝つ」の根拠として、第一に現況の両者の消耗戦がロシア側に有利であることを挙げている。その要旨は以下のとおりである。
 6月からウクライナは反転攻勢counter offensiveに出ているが、ゼレンスキーもアメリカも「困難な闘い」が続いているのは認めている。それが消耗戦を意味しているのは間違いなく、現況が消耗戦に突入しているのは、議論の余地はない。
 ミアシャイマーは、その消耗戦において、有利に展開できるかどうかの要素は、1.人口、2.死傷者交換率casualty-exchange ratio、3.決意(戦意)であると言う。人口が多ければ兵士の数も多く、戦闘において死傷する比率が少なければ戦闘能力もその分維持できるし、決意つまり戦争への意欲が大きければ必死に戦うので、この3点が戦争の勝敗を決する重要な要素であるのは理解できる。
 人口については、ロシア対ウクライナは、2022年2月以前は、およそ3.5対1だったのだが、ウクライナは800万人が国外避難、さらにロシア支配地域には400万人のウクライナ人が居住していることなどから、5対1比率になると思われる。
 死傷者交換率は、ロシアとウクライナ(支援する西側軍事部門も含め)側の発表は、それぞれに有利な数を挙げているので、発表数に意味はない。しかし、消耗戦では大砲が重要な武器になるのは、米陸軍では「戦闘の王様」と言われているほど知られており、その保有数はロシアが圧倒しており、砲兵数は5倍から10倍になる。
 一般に、攻撃側が防御側より多くの死傷者を出すが、ウクライナ戦争では、当初ロシア軍がキエフに迫るほど攻撃を開始したのだが、2022年8月以降ヘルソン、ハリコフで攻勢に出ており、どちらも攻撃と防御が入り混じった戦闘になっている。また、6月からのウクライナの反転攻勢に対し、ロシアは強固な塹壕で迎え撃つという構図では砲兵力の差がやはり重要で、死傷者交換率もロシア側に有利と考えるのが合理である。
 決意に関しては、侵略されたウクライナが存亡の危機と捉えているのは当然だが、ロシア側もプーチンが「我が国対する存亡の脅威を意味する」と言ったように、ロシアのエリート(支配層)が「存亡の脅威」と捉えているのは間違いなく、戦う決意は互角である。
 また、兵器の供給能力は、ウクライナは国内製造能力が乏しく、NATOに頼っているのだが、NATO諸国の兵器製造力は、今のところ他国に(砲弾と兵器メンテナンスは特に)大量供給できるほどの製造システムを有していない。NATO諸国は、自国の防衛を著しく低下させることはできないので、今後、兵器製造能力を上げると思われるが、それは早急にできることではなく(法や議会の制限のハードルは高い)、1年や数年程度では不可能である。それに比べロシアは、「昨年、軍事生産を2.7倍に増やした」(プーチン)ように、既に兵器供給能力を増産させている。
 これらのことを考え合わせると、現在行われている消耗戦は、ロシアに有利に展開する。
 そして「ロシアが勝つ」とは、ロシアの当初の目標である、「政権打倒、ウクライナの非武装化、西側との安全保障関係の断絶を達成するための全土征服には至らないが、ウクライナ領土の広範囲を併合し、ウクライナを機能不全の残りかす(rump)国家に変える」ということである。「言い換えれば、ロシアは醜い勝利(uguly 
victory)を収めることになる。」とミアシャイマーは言うのである。

 西側は「ロシアは戦争に破れつつある」と言うが
 バイデンは5月28日に、「彼(プーチン)はウクライナ(老齢の大統領は、『イラク』と言い間違えたが)での戦争に敗れつつある」と言ったが、このウクライナが勝利するとは、西側の政府、マスメディア、専門家の概ね共通した主張でもある。それ故、西側からのウクライナへの兵器供給を加速している。
 しかし、この「ロシアは負ける」という主張には、合理的な根拠はほとんどない。西側は、侵略したロシアを勝たせるわけにはいかない、と言っているだけである。「ロシアを勝たせるわけにはいかない」がいつの間にか、合理的な理由なく、「ウクライナは勝つ」に変化しているのである。まるで、「正義は必ず勝つ」とハリウッド映画のヒーローの言葉のようなものである。
 2月に、トランプ政権の国防長官だったマーク・エスパー は、高度な戦車、装甲戦闘車両、戦闘機をウクライナ軍に供与できれば、膠着状態に陥った戦況をウクライナ軍有利に展開できる、とNHKのインタビューに答えているが、確かに、机上論ではそうである。高度な兵器や弾薬を大量に供与すれば、ウクライナ軍は優勢になるだろう。しかし、そのような大量供与体制がとれるかどうかについては、何も語っていない。どのぐらいの武器弾薬が必要なのかも語っていない。キエフから東部の前線まで、どうやって重量級戦闘車両を運ぶのかも語っていない。アメリカのM1エイブラムズ戦車は、重すぎて一般道を破壊するので、専門の運搬車両を必要とするのである。最新鋭の西側戦車は、1両数10億円、戦闘機は1機数100億円、トマホークのミサイルでも1発数億円するのである。それをウクライナの希望どおり大量に供与することなど、困難と言うほかはない。元国防長官は政治家であり、その発言にはバイデン同様に、客観的な事実より政治的意図が優先されていることが滲み出ている。
 こういった政治家の言動に対し、米軍トップの統合参謀本部議長のマーク・ミリーは、5月25日に記者会見で「ロシアがウクライナ戦争で軍事的勝利を収めることはない」と言いながらも、「また同時にウクライナが近いうちにロシア軍を自国領から撃退する見込みも薄い」と述べた。 そして「つまり、戦争は続くということだ。血で血を洗う、苦難に満ちたものになるだろう。そしていつか、双方の交渉が落としどころを見つけるか、軍事的な決着がつくことになるだろう」 と述べた。つまり、軍事部門の責任者は、客観的な状況から、政治家の見通しとはかなり異なる発言をしているのである。
 ミリーは、立場上「ロシアが勝利を収めることはない」と言いながらも、「ウクライナがロシア軍を自国領から撃退する見込みも薄い」と現状を述べているのである。そして「血で血を洗う、苦難に満ちた」戦争は継続すると言い、「いつか」、つまりいつになるか分からないぐらい先に、「双方の交渉」か「軍事的な決着」がつくと見通しを述べているのである。
 この米軍トップの発言は、ミアシャイマーの主張とそう違いはない。戦争は長期にわたり、ロシア側がウクライナ領土の一部を併合し続け、ウクライナはその間は、NATO加盟もできないし、NATO軍がウクライナ領土に入ることはできない。それは、もともとの侵攻の理由の一つであったロシアに対するNATOの脅威を部分的に下げることになり、ロシアは「戦争に負け」、NATOの直接的脅威を受けることからは遠い。
 アメリカの外交専門誌 Foreign Affairsも7/8月号にSamuel Charap(アメリカ ランド研究所上席政治学者)の「勝ち目のない戦争An Unwinnable War」という論考を載せている。An Unwinnable War
 その主旨は、アメリカは、ロシアの侵略行為を罰するという反応から、軍事支援を行うことが優先され、戦争の最終目標が曖昧で、起こりうる様々なケースを考えて来なかった。戦争が長期化する現状で、想定し得るすべてを熟慮し、軍事支援だけでなく、戦場と交渉の場でウクライナを支援すべき時だ、というものである。この論考も、言ってみれば、軍事力でのロシア軍撃退が行き詰っていることを認めている。

 アメリカ政府も、7月になって、バイデンが非人道的兵器のクラスター爆弾を供与することを検討していると公表した。アメリカは劣化ウラン弾供与の疑いで批判されているが、さらにクラスター爆弾まで供与しようとしている。これは、ウクライナ軍の著しい砲弾不足、兵器不足のせいなのだが、そうでもしない限り、ウクライナ側の劣勢を覆せないことの現れでもある。しかし、ヨーロッパ諸国も国連も反対するので、実際にはクラスター爆弾まで供与など不可能である。
 英紙ガーディアンは、7月8日に「NATOはロシアを阻止するために、ついに介入しなければならない」(Simon Tisdall)という意見を載せるまでに至っている。
 つまり、客観的な情勢は、いくら軍事支援をしても、ウクライナ単独では、「ロシアを阻止できない」ということだ。「NATOの介入」は、NATO対ロシアの直接衝突の恐れがあり、第3次世界大戦に発展する可能性が潜む。当然「介入」には限界がある。
 このように、客観的な情勢は、ミアシャイマーの主張に近く、少なくとも1、2年の間に、西側の願望のとおり、ロシア軍をウクライナ領土から排撃することは絶望的と言っていい。

ウクライナの破壊
 ミアシャイマーは、この長期戦の間にウクライナに起こる惨劇についても言及しているが、戦争は国民生活と経済を破壊するのは明らかである。その惨状については、世銀は、2022年にウクライナ経済は29.2%縮小し、貧困者は5.5%から24.1%に増大したと言い、EU委員会は「戦争はウクライナを不可逆的な人口減少に導いた」と指摘しているほどだ、とミアシャイマーは述べている。それが今後数年間続けば、ウクライナは、さらに悲劇の度合いを増すことになるのは、もはや避けられない。
 勿論、戦争はロシアにも国民生活と経済に打撃を与え、何よりも多大の死傷者を生むことは、否定できない。しかし、戦場となっているのは、ロシア領土でなく、ウクライナ領土である。それから生じる悲劇は、ウクライナ側の方が甚大なのは明らかである。戦況は見る立場によって差があるが、ウクライナの惨劇は誰の目にも隠しようがない。

軍事力による抑止政策が生んだ悲劇
 ミアシャイマーは、かねてからこの侵攻の誘引となったのは、NATOの東方拡大であり、侵攻の責任は西側にもあるとしている。NATOは、ソ連東欧の政権崩壊時には、加盟国は西欧だけだったのだが、2004年には、ロシアに接近し、東欧諸国7ヶ国が加盟している。アメリカに置き換えれば、カナダやメキシコがロシアか中国と軍事同盟を結んでいるのと同じことである。この論文でも、「多くのアメリカとヨーロッパの政策立案者や戦略家がNATOの拡大に反対していたのは、ロシアがNATOを脅威とみなし、その政策が惨事につながることを理解していたためである。東方拡大の反対者には、ジョージ・ケナン、元国防長官ウイリアム・ペリー、元米統合参謀本部議長ジョン・シャリカンビリ、ポール・ニッツエ、ロバート・ゲイツ、ロバート・マクナマラ等」多くの論者がいたことを挙げている。残念ながら、これらの論客の主張が受け入れられなかったのである。
 NATO東方拡大は、軍事力による安全保障、軍事的脅威を仮想敵国に見せつけることで相手国の戦意を喪失させるという「抑止論」による。この「抑止論」が惨劇を生む誘引になったのだが(勿論、西側の多数派はそれを認めていないので、プーチン個人の帝国への願望等、様々な侵攻の要因を挙げているが)、逆に西側の多数派は、「抑止が弱かったから、侵攻を招いた」と主張している。その「抑止論」信仰が、西側全体に波及し、さらにもっと強固な軍事力増強に走るという状況に陥っている。

日本も軍事力増強に進む
 この「抑止が弱かったから、侵攻を招いた」は、日本にまで波及し、日本政府は平和憲法をかなぐり捨て、次に勃発する恐れがある中国との戦争を、軍事力増強によって抑止するという方針に突き進んでいる。世論もまた、マスメディアが「侵略されたウクライナとそれを軍事支援する西側は『善』という構図」につながる「ロシアの悪行」を徹底して流していることから、それは中国にも当てはめられ、西側と敵対する「権威主義、独裁」の中国は悪と見なされ、それに対抗する軍事力増強はやむを得ないという意見が勢いを増している。さらには、この「抑止論信仰」には、「西側には責任はなく、侵略したロシアが一方的に悪いので、ウクライナへの軍事支援は強化すべき」を含むが、日本の平和運動に大きな影響力を持つ日本共産党は、NATOの東方拡大(ロシアの進攻以前には、その危険性を指摘していたのだが)も、ウクライナへの軍事支援についても、奇妙なことに、否定も肯定もせず、赤旗紙上でも記事にすることはない。そのことが、日本の軍拡反対派を不利な状況に追い込んでいるのだが、ひたすら、「軍拡反対」と叫ぶだけで、その理論的、実証的説明は皆無である。
 
 ミアシャイマーは最後に次のような文章で締めくくっている。
「勿論、NATOの東方拡大反対派は正しかったが、彼らは戦いに負け、NATOは東進し、最終的にはロシアは挑発され、予防戦争を開始した。もし、アメリカと同盟国が2008年4月にウクライナをNATO加盟させる動きを見せなかったら、或いは、2014年2月にウクライナ危機が勃発した後、ロシアの安全保障上の懸念に応じる用意があったならば、恐らく、今日のウクライナとその国境での戦争は起きなかっただろう。西側諸国は大失敗を犯したが、西側諸国だけでなく他の多くの国々も、まだその償いを終えていない。」

 西側諸国は「大失敗」を認めそうにはないが……。
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