夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

トランプ2.0は、どうなるか分からないが、「黄金時代」が来ないことだけは、確か

2025-01-25 11:39:43 | 社会

「黄金時代」を約束し、聴衆にペンを投げる(ロイター)

 「偉大なアメリカを再び」と何度も繰り返していたトランプは、大統領就任演説では、「黄金時代が今から始まる」と言った。しかし、その言葉とは裏腹に、「何をしですか分からない」「予想困難な」トランプが、アメリカに「黄金時代」をもたらすことができないことだけは、確かだ。

トランプの政策は、アメリカの「悪あがき」に過ぎない
 トランプの言う「黄金時代」が何を意味するのかは、必ずしも明白ではないが、トランプは次のことをやろうとしている。それは主に、移民の排斥、人種的、性的マイノリティを認めないなどの多様性・公平性の否定、パリ協定の離脱など環境・エネルギー政策の逆行、そして外交では、WHO脱退といった国連軽視、国際協調の拒否、そして高関税を武器に、敵視する中国に止まらず、今までの友好国に対しても脅しをかけ、貿易などの「アメリカファースト」の条件を強要するというものである。しかし、これらの政策を実施したところで、アメリカ国民の半分に相当するトランプ支持者の生活が向上するわけでもなく、アメリカ社会が悪くなることはあっても、良くなることは、決してならない。
 
 アメリカ国内には、既に人口の13.6%、4000万人の移民が居住し、毎年100万人も流入している(財務省広報誌「ファイナンス」 )。不法といっても、現にアメリカに居住し、雇用されている「不法移民」は、数百万人に上る。その人びとに強権で臨めば、反発されるだけであり、それを取り締まる軍・警察の人員・経費は莫大になる。また、その人びとが生計を保つための合法的手段を失えば、犯罪以外に生計は不可能となり、治安悪化は目に見えている。
 
 トランプは「性別は男と女だけ」と言い、 「多様性・公平性・包括性DEI:Diversity, Equity & Inclusion 」の推進を停止する意向も表明したが、現に性的であれ、人種的であれさまざまな人々が共存する社会で、それを否定しても、さらなる分断の亀裂を深めるだけであり、異なるカテゴリーに属する人々の間の対立を加速させ、分断から敵対関係へと進まざるを得ない。それは、人がどのカテゴリーに属していようと、例え多数派に属していたとしても、生きづらさはますます増大するだけである。

 トランプは、就任演説で相手国や関税率などに関する具体的な言及はなかった ものの、「自国民を富ませるために他国に課税する」 と述べた。トランプは、高関税を武器に相手国を脅し、アメリカに輸出したければ、アメリカ製品をもっと輸入しろとディール(取引)を行おうとしている。
 トランプは、課した関税を通じてアメリカは「中国から数千億ドルを受け取った」と述べたが、 そもそも関税は、相手国が負担するものではなく、ほとんどがアメリカ企業である輸入業者が負担するものである。正確には、「数千憶ドル」は、中国でなく、アメリカ企業が支払ったのである。
 トランプの1期目の2016年から2020年でも、関税を上げ、全輸入品に対する米国の関税率はを加重平均で1.4%から3.0%へと上昇させた。しかし、それでも貿易収支の年ごとの赤字の上昇は解消されていない。
 CEIEグローバル市場経済統計データによれば、個人消費のGDPに占める割合は、アメリカ67~68%、EU53%、日本55%、中国39%と、アメリカが著しく高い。アメリカは世界的には異常な消費大国であり、それが経済成長とアメリカの「豊かさ」を実現させてきたのである。それは、第二次世界大戦以降、アメリカが自由貿易体制を推進し、旺盛な輸入政策を採り、アメリカ資本の対外直接投資と生産拠点の海外シフトを進めてきたことによる。
 この政策は、資本活動に対する規制を最小限にする自由経済体制を基本としている。それは、弱肉強食であり、経済の不平等を加速させ、弱い産業は当然衰退する。その対外的には相対的に弱い産業がラストベルトに代表される工業生産なのである。
 アメリカは、軍事産業とIT関連産業を除いた工業生産力は、資本力、技術力で日本も含めた一定の経済力のある国に、特に、中国に太刀打ちできない。
 中国を含めて、貿易相手国は多少の譲歩はするだろう。アメリカからの輸入を少しは増やすかもしれない。しかし、それは大きく遅れた技術力を取り戻すことにはならず、相手国は輸入を拡大しようにも、価格と品質で魅力のあるアメリカ製工業製品は少ないのである。
 アメリカで売りたければ、アメリカ国内で作れと言われても、外国企業はアメリカの高賃金に見合う製品は、IT関連と軍事物資しかない。土台、無理な要求なのである。
 高関税によって輸入品価格が上昇すれば、消費者であるアメリカ国民は、物価高に悩むだけである。

 国際協調を拒否する姿勢は、今までの友好国も敵に回す。尻尾を振ってくるのは、イタリアやハンガリー、アルゼンチンなどの極右政治家だけである。大統領就任式で、閣僚任命候補のイーロン・マスクは、手のひらを下向きにするしぐさをすると、すぐさまマスメディアは、「ナチス式敬礼」と報道したが、これも、世界的にトランプが差別主義者、民主主義の否定者と見做され、そのファッショ的傾向を警戒していることの表れである。そこには、友好国からも軽蔑されるアメリカがある。
 
 熱烈なトランプ支持者は、嫌悪する性的マイノリティや貧しい移民をやっつけてやった、と喜ぶのかもしれない。しかし、生活の向上などは期待すべくもなく、衰退しつつあるアメリカそのものであり、「黄金時代」などとはほど遠い時代がやってくるだけなのである。
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アメリカTikTok禁止 アメリカでは、国家安全保障が民主主義より優先する。今も、昔も。

2025-01-21 09:15:11 | 社会

 アメリカには、TikTokユーザーが2024年12月現在で1億5000万人いる。YouTube2億4000万人、 FaceBook1億9000万人に比べると少ないが、他のSNSユーザーとの違いは、TikTokのユーザーは、圧倒的に10代から20代の若年層が多いことである。

 TikTok禁止法案は、2024年4月にアメリカ上下両院で可決され、バイデン大統領が署名し、12月に連邦控訴裁判所と米国最高裁判所がその根拠を認めたものである。法案は、”Protecting Americans From Foreign Adversary Controlled Applications Act ”(外国の敵対者が管理するアプリケーションから米国人を保護する法)で、 そこには“This bill prohibits distributing, maintaining, or providing internet hosting services for a foreign adversary controlled application (eg, TikTok).” (この法案は、外国の敵対者が管理するアプリケーション(例:TikTok)の配布、維持、またはインターネットホスティングサービスの提供を禁止する )となっている。
 この「外国の敵対者」とは中国政府、中国共産党のことであるのは言うまでもなく、中国は敵だとあからさまに公言したのと同じことである。要するに、TikTokは中国企業のByteDanceが所有しているので、中国政府がTikTokからデータを盗み出し、利用しようとしているから禁止しろ、ということである。
 しかし、アメリカ政府はそのデータ収集の証拠となるものを何一つ提示していない。それは、最高裁でアメリカ司法長官が、「”covert manipulation ”(秘密操作)で行われている」と言っただけである。国家安全保障上のcovert秘密と言えば、すべてがまかり通るのである。そもそも、中国政府による「TickTok悪用の懸念」を言い始めたのは、アメリカの情報当局ではなく、政治家なのである。そこには、中国は悪い国だから、悪いことをするに違いない、という憶測があるだけで、法も論理も無茶苦茶としか言いようがない。一言で言えば、国家安全保障上の利益は、すべてに優先する、ということである。

 TikTok禁止を提唱し始めたは、共和党の政治家が先であり、トランプも禁止に賛成していた。それが、民主党にまで広がっていったのは、TikTokが、10代、20代のユーザーが多く、その中のパレスチナ支持派が主に使用しているからだと考えるのが、妥当である。ガザでのイスラエルによる大虐殺を事実上容認し、イスラエルに大量の兵器供給をやめようとしないバイデン政権とその延長にあるカマラ・ハリスが大統領選で敗北したのは、パレスチナ支持派の大量のSNS、TikTok使用の影響が大きいことは、マスメディアでも絶えず指摘されていた。例えば、全米の大学でパレスチナ支持デモが盛んになり、それを弾圧する大学と警察当局の動画は、TikTokで主に流されていたのである。

 アメリカ以外では、欧州議会をはじめとするヨーロッパ諸国やオーストラリアで政府関係職員のTikTok使用を禁じている例はある。しかし、国民の使用を禁じる法を制定したのは、西側の「自由民主主義国」ではアメリカだけである。それは、中国政府のTikTokによる諜報活動の確たる証拠がないためであり、何よりも言論の自由に抵触する恐れがあるためである。
 ほとんどの西側マスメディアは、この「言論の自由」の問題は、TikTok側が主張しているとしか報道せず、マスメディア側の見解ではないと暗に報じている。これを「言論の自由」の問題と扱っているのは、The Interceptなど一部のwebニュースサイトだけである。The Interceptには、過去には、バラク・オバマの「米国では、インターネットが自由に利用できる、あるいは制限のないインターネットアクセスがあるという事実は強さの源であり、奨励されるべきだと思う」と発言したことを指摘し、 中国が、自国の国益のため、西側のネットを遮断していることを挙げ、アメリカも「中国と似たような存在になりつつある。」と批判する記事が掲載されている。このような意見はマスメディアでは、極めて例外と言える。
 
 2025年1月19日にTikTok運営者は、一度閉鎖した再開を半日で再開した。当初、禁止に賛成していたトランプが、「何をしでかすか分からない男」らしく、禁止に反対し、就任直後の大統領令で猶予期間を設けると発言したためである。その理由は、「言論の自由」からなのではなく、恐らく、TikTokユーザーを自陣に取り込みたいという政治的な目的からだろう。いずれにしても、バイデンであれ、トランプであれ、すべては政治的な理由から決定されるのである。
 
 兎にも角にも、所謂「二重基準」でも分かるように、アメリカの政策は常に政治的であり、国家安全保障を持ち出せば、民主主義であれ、人権であれ、法治主義であれ、それらは二番目の価値だと見做されるのである。

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なぜ、韓国ユン大統領支持者は、アメリカ国旗を振るのか?

2025-01-19 17:37:34 | 社会

韓国旗とアメリカ国旗を振るユン大統領支持者(エコノミストOnlineより)


 ユン・ソンニョル大統領の支持者は、デモの最中に必ず韓国旗の太極旗とアメリカ国旗の星条旗を振りかざす。この支持者たちには年長者が多く、朝鮮戦争の記憶も鮮明に残っているのかもしれない。このことは、韓国では未だに冷戦が色濃く残っていることを表している。
 
トランプ支持者との同一性
 ユン大統領支持者は、驚くほどトランプ支持派に似ている。第一にマスメディアよりも、SNSなどのネット情報を信用している点である。そもそも、ユン大統領自身が、YouTubeの情報に影響され、戒厳令を発令した可能性が高い。与党のキム・ウン 元議員ですら「(尹大統領が)YouTubeを見るのはもうやめてほしい。このままでは私たちは皆死んでしまいます。沢山の方々の声に耳を傾けてほしいです」(TBS news degital12/14)と言う。熱狂的トランプ支持者も、マスメディアをまったく信用せず、SNSの情報を基に行動していることが知られているが、ユン・ソンニョル個人も含め、その支持者もSNSを過度に信用しているのは間違いない。
 さらに、ユン大統領支持者には、キリスト教福音派が多数いるのも、トランプ支持者と共通している。キリスト教福音派は、キリスト教右派を代表しており、そのイメージやレトリックから、アメリカを理想的なキリスト教社会と見做している。それに敵対するものは、すべて共産主義者であり、「悪」evilなのっである。(トランプも度々、民主党の政策を「共産主義」と攻撃している。)その同じ論理から、韓国の野党は、「共産主義者の手先」であり、「北朝鮮の手先」なのである。ユン・ソンニョルが、「北朝鮮からの攻撃がある」として、戒厳令を発令したのも、野党を「北朝鮮の手先」と見做していることによる。

 トランプは、「偉大なアメリカを取り戻す」と言うが、ユン大統領支持者にとっても、「漢江の奇跡」と呼ばれた韓国の著しい経済成長期があり、その時代に「いい思い」をした層が、ユン大統領支持者だと考えれば、彼らにとって、その「良き時代」を潰したのが、民主派である。その末裔が今の野党に当たる勢力であり、彼らが野党に激しい反発心を持つのは理解しやすい。
 
色濃く残る東西冷戦
 第二次世界大戦終結後、朝鮮半島は北がソ連軍、南はアメリカ軍が駐留し、1950年から1953年まで、朝鮮戦争が勃発したが、アメリカは、それ以前の1948年から、イ・スンヒ(李承晩)を大統領に据え(表向きは選挙があったが、すべてアメリカの管理下で行われた。)、反共産主義の旗印の下、独裁政権を容認し、全面的に支援した。アメリカでは常に、国家の安全保障が民主主義に優先するので、独裁政権であろうと国益のためには支援するのである。
 1960年には、民主派はイ・スンヒ政権を打倒したが、1961年に軍事クーデターで政権を掌握したパク・チョンヒ(朴正煕)は、アメリカの絶大な支援を背景に、独裁政権と経済開発を推し進めた。その結果が、「漢江の奇跡」であり、その高い経済成長は、1988年ソウル・オリンピックを開催するまでに至っている。それは、反共・極右勢力にとっては、「偉大な」な時期であり、パク・チョンヒの娘であるパク・クネが2013年に大統領に就任できたのも、この反共・極右勢力の強い後押しによる。ユンの与党支持者は、野党支持者よりも、年齢が高い。それも、年齢が高いほど、「偉大な」な時期の記憶が鮮明だからである。その人たちにとっては、アメリカはその時代を取り戻す大いなる見方なのであり、アメリカの星条旗は、彼らの守護神なのである。
 

 1月19日、ユン・ソンニョルは内乱罪の容疑で法執行当局に逮捕されたが、ユン支持派の怒りは収まらないだろう。今後、どのような展開になるのかは、まったく予想がつかない。

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経済成長至上主義が生み出す不平等社会

2025-01-18 11:44:45 | 社会

               東京新聞2024.8.24より
不平等な社会は、「民主主義国」も「権威主義国」も同じ
 世界中で不平等が急速に進んでいる。それは、所謂後進国のみならず、経済的先進国でも例外ではない。特にアメリカでは、コロナ対策により救済されていた人々が、その終焉で収入が絶たれ、家を失ったホームレスが急増している。大統領選で言えば、そのことも現状に対する不満から、急進的なポピュリズム的言動を駆使するトランプを支持する力となったことは否めない。それは、ヨーロッパ諸国での極右の台頭が、著しい物価高騰(主に安価なロシア産原油・ガスの供給停止のせいなのだが)による庶民階層の生活困窮化を背景とししていることと軌を一にしている。

 フランス革命で、近代的価値として、自由・平等・博愛の三つが掲げられたが、少なくとも先進国では、自由は大幅に獲得されたが、平等は第二次世界大戦後に大幅に前進したものの、その後1980年以降には、確実に平等という価値は衰退しているのである。それは、「自由民主主義」が声高に叫ばれることと裏腹に、新自由主義の進行とともに不平等が拡大しているのだが、あたかも、平等という近代的価値などなかったかのように扱われているのである。

 その世界的不平等の実態を、世界不平等データベースWIDが暴き出している。日本ではマスメディアにほとんど無視されているこの分析は、「21世紀の資本」で知られるトマ・ピケティが中心となり進められ、そのリポートはサイト上でも公表されており、誰でも利用できる「公共物」として多くの研究者から活用されている。
  WIDは、2018年版の後に2022年、2023年と公表されているが、最も利用しやすいのが2018年版である。
 その中で、国・地域ごとの不平等の拡大を時系列で示したものが下図である。

 これは、上位10%の所得のある者が全体に占める割合を時系列で示したものだが、ここで重要なのは、どの地域でもその割合は増加し、最も高く増加しているのが、欧米が世界最大の民主主義国として称賛するインドであり、「権威主義」・「強権主義」のロシアや中国より、はるかに増加率は高いことである。
 そこに、世界でも不平等が著しい地域のイスラム君主制の中近東、南米(ここではブラジルが代表)、Sub-Saharan Africaサハラ以南のアフリカ諸国を加えると、インドはそのレベルに達していることが分かる。


 
 ロシアは、ソ連崩壊後に資本主義に移行してから、不平等が桁違いに拡大したが、その後は横ばいとなっている。中国も鄧小平の「改革開放」路線以降の資本主義的発達にともなって不平等が拡大したが、それでもアメリカ・カナダより平等性は高い。



 上図は、「民主主義国」の代表としてのアメリカと西ヨーロッパの、所得上位1%と下位50%の全体に占める割合を時系列下したものである。これを見れば、1980年以降、アメリカでは裕福な層と庶民階層の差が年を追うごとに開き、西ヨーロッパでも徐々に差は大きくなっているのが分かる。

 そしてさらに重要なのは、民間資産private capitalが大きくなるにつれて、公共資産public capitalが減少していることである。(因みに、トマ・ピケティは、capitalをマルクスの言うところの資本Kapitalではなく、日本語の資産に近い言葉として使用しているので、ここでも資産とした。)

  このことは、公共資産の民間以降を推し進めた新自由主義政策と符合し、新自由主義が不平等を推し進めたことの証左でもある。公共経済は、民間とは異なり、利潤追求を第一とするものではなく、主に福祉や社会的必要性に益することを目的にしている。また、公共経済従業者は、資本の利潤追求から来る低賃金労働とは別の次元に属し、また労働組合も強固なので、平均して民間部門の従業員より賃金水準は高い。公共資産の縮小が、不平等社会に繋がるのは当然である。

 さらには、Business Insiderによれば、2023年では、アメリカの富裕層上位10%が、全株式の93%を所有しているという。このことも、大企業の利益は、配当または自社株買いを通じて、富裕層に流れ込んでいることを示している。

経済成長至上主義が不平等を生む
 これらの事実は、「自由民主主義」を標榜する西側先進国でも、富裕層は一層豊かになり、本来であれば、民主主義の主体となるべき大多数の庶民階層は、いっそう貧しくなっていることを表している。
 それは、1970年以降、先進資本主義国でも、経済成長の鈍化が顕著になり、政治的極右から中道右派・左派まで、別な言い方をすれば、保守からリベラルまで、今日、ほとんどのそれらの政党が経済成長至上主義に陥ったことによる。極右と中道右派との違いは、極右は自国の経済以外は念頭になく、中道右派は西側全体の経済を考慮しているぐらいで、経済成長率が最も重要という理念は同じである。
 これらの政党の政策は、新自由主義という言葉で表せる。それは、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とした制度的枠組みを作り上げ、その制度的枠組み内で企業活動を発揮させることを国家が支援することこそが、経済を成長させ、社会の繁栄に繋がるという理念に基づいている。その指標となっているのが、経済成長率なのである。したがって、これらの政党が方針として新自由主義を掲げていてもいなくても、経済成長率の上昇を目指すこと自体が新自由主義を推し進めることにしかならないのである。
 
 新自由主義の台頭を歴史的に振り返れば、第二次世界大戦後、現在の先進資本主義国政府は、国家は完全雇用、経済成長、市民の福祉の重視を基本とした政策を実行した。そこには、戦後の全世界的な左派の台頭による労働組合の強化や再配分政策も含まれていた。それは、多分にアメリカが莫大な資本投下と、これらの国の生産供給を吸収するアメリカの体制の恩恵で、また、後進国の資源収奪を通して、1950年から1960年代まで、高度な経済成長を伴っていた。
 しかしそれでも、1960年の終わり頃から、労働分配率の上昇と景気後退期のせいで、失業率とインフレ率が上昇、税収の低下により、その当時の資本主義システムの危機を迎えることになった。
 その危機の中で、西ヨーロッパでは相対的に左派の力は強く、社会民主主義政党やユーロコミュニズム諸党は、1970年代には一部の国では、フランスの社共共闘のミッテラン政権のように政権を奪取するところまで進むことができた。これらの政党は、労働者階級を政策の決定や執行に参加させること(例えば、ドイツでは1951年「モンタン共同決定法 」以降、法により労組の「経営参加・共同決定」が定められている。)で、労働者の利益と福祉政策を守ろうとした。上記の図で明らかなように、西ヨーロッパが比較的平等性が高いのは、これらの政策、高度な福祉社会を前提とした経済システムを志向した、そのわずかな名残りのせいである。
 この左派政権の労働者寄りの政策は、資本の利潤率、資本蓄積を低下させ、経済の混迷はさらに深まった。それら左派政党は社共の対立のように内部分裂を起こし始め、1970年後半からは、その反動から支持を完全に失い、政権は右派主導に移ることになった。そこに登場したのが、1971年に成立したサッチャー政権のように、国営企業の民営化、最高所得税 の大幅減税、福祉への財政支出の削減、労組攻撃を始めた新自由主義である。それは、国家の支援により、資本の最大限の拡大を通じて経済を好転させるという理念に根差している。(ディヴィド・ハーヴェイ著「新自由主義」を参照されたい。)
 この新自由主義政策は、基本的に経済成長至上主義である。そこでは、成長の要になるのは、資本蓄積の増大であり、その利益が社会全体に行き渡るというトリクルダウン神話を信奉され、それが最善の方法だと主張される。豊かな階層の富が庶民階層に広がるという神話は、事実によって、完全に覆されているのにもかかわらず、である。
 この経済成長至上主義は、積極的新自由主義の推進派だけでなく、右派から中道右派、さらに中道左派まで蔓延している。それは、それらの政党が経済成長率が最優先項目だと公言していないとしても、経済の「良し悪し」が現実の国民生活に直結するからであり、それが国政選挙の結果を左右するからである。近代資本主義システムが変更されない限り、それは無限に続く。国民生活の向上のためだとしても、経済の好転を目的とした政策は、近代資本主義システムにおいては、資本の利潤の増大を前提とした政策にならざるを得ないからである。経済とは、現代では、資本主義システムの別の表現に過ぎないからである。
 
 さらに言えば、地球温暖化は、人類の生存のみならず生態系の破壊など地球環境全体の悪化を意味しているが、そこにも社会的不平等が関係している。WIDは、2022年版の報告で富裕層炭素排出量は、それより下位の人々よりはるかに多いことを明らかにしている。
 
 現状が続く限り、ますます不平等の拡大は止まらない。結局のところ、現存の資本主義システム自体を変えない限り、永久に終わることはないのである。
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マスメディアの中国脅威論が「防衛費」増額を産む

2024-12-20 10:25:13 | 社会


防衛」を肯定する国民意識の形成
 マスメディアの報道によれば、「防衛費」と表現される軍事費の増税が与党で議論されている。「防衛」には肯定的だとしても、増税を好ましく思わない国民は当然多数なので、自民党も公明党も慎重にならざるを得ず、「自民、公明両党は13日、防衛力強化のための増税のうち、所得税について増税開始時期の決定を先送りした。政府はことし3税の増税を決めれば、2027年度時点で当初想定に近い1.1兆円の税収が確保できると計算していた。法人、たばこ両税は26年4月からの増税開始の方針が決まったものの、安定した財源確保には課題が残った。 」(日経新聞12/14)という。

 とは言っても、「防衛費」を増額しなければならないとの認識は、国民の間では、もはや多数派となっていると思われる。いわゆる、世論は「防衛費」増額の必要性を肯定しているのである。「防衛費」の増額は、言葉を正しく言い換えれば、軍事費の増額であり、軍事力の拡大である。つまり、日本では(日本だけではなく、西側全体でだが)言わば軍拡路線を肯定する国民意識が、醸成されているのである。 日本国憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」 「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 」「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 」と定めるが、これらは、今や完全に空文化し、一切考慮されない。要するに日本は、軍拡路線を突っ走る方向に向かっているのだが、戦後、平和国家を目指したはずの日本が、なぜこのようなことになってしまったのだろうか?

  この「防衛力」を大きくした方が良いという国民意識は、近隣の大国となった中国を意識したものであるのは間違いないだろう。それは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が現実となったことで、「非民主主義国」中・ロへの警戒心というものが一体になり、さらなる中国脅威論が加速された言っていい。
 それは、日中の相手方に対する感情が極めて悪化していることが根幹にあるのは言うまでもない。NHK(12/2)によれば、日本に「良くない印象」をもっている中国人は87%に上り、中国に「良くない印象」をもっている日本人は87.7%も存在するという事実が物語っている。
 「良くない印象」をもつ国には、警戒心を持つのは自然の心理であり、それは「友好」とは正反対の感情を意味している。中国の経済的・軍事的台頭に対しては、軍事力によって自らを「防衛」するという心理が国民の間に行き渡っていることを意味しているのである。その軍事力が、日本の軍事同盟国であるアメリカに比べれば、遥かに小さいにもかかわらず、である。
 では、なぜこのような「世論」が日本人に間に醸成されたのだろうか?

中国は「悪い国」というマスメディアによる「世論」の醸成
 人は世界で何が起きているのかを知るのは、直接見聞きできない以上、ほとんどはマスメディアを通してである。SNSも直接の「見聞き」から発せられるは、ごく僅かであり、多くは、そのマスメディアの情報に不随して、ああだこうだと発信されるに過ぎない。
 NHKだけでなく、日本の新聞・テレビ等のマスメディアは、『日本に「良くない印象」をもっている中国人』が増大したのは、中国の偏向したメディアの影響だ、と報道しているが、そのことは、実は日本側にも当てはまり、『中国に「良くない印象」をもっている日本人』がほぼ同率に存在するのも、日本側のマスメディアの影響なのである。
 
 アメリカのバイデンが、「民主主義国対権威主義・強権主義国」に世界を分け、ロシアと並んで中国を「権威主義・強権主義国」に分類し、中国との戦いを強調したが、その認識は、日本では、かなり以前からマスメディアで喧伝されていたのである。
 書店には、極右派による中国非難の書籍が山積みに並ぶ。しかし、問題はそのことではない。なぜなら、このような書籍は、反共を旗印とする極右派によって、中国革命後のかなり以前のから、書店には並んでいたからである。問題なのは、日本のマスメディアが、大量に流す中国に対する否定的な報道である。
 大学研究者の、日本のマスメディアの中国報道に関する研究は多くにあるが、そのほとんどに共通している指摘がある。それは、天安門事件以降に日本のマスメディアの中国報道が変化した、というものである。
 桜美林大学教授の高井潔司 は、『日本のメディアの報道フレームが「友好フレーム」から「普遍的価値フレーム」さらには「国益優先フレーム」へと変化し、その結果、報道の内容が大きく変化したことを(2014年「日中記者交換協定50年」でのシンポジウムで)解説した。友好第一から批判一色への中国報道の内容変化は、対中世論の悪化とその相乗作用を引き起こし、日中関係の冷え込みを演出している。 を解説した。友好第一から批判一色への中国報道の内容変化は、対中世論の悪化とその相乗作用を引き起こし、日中関係の冷え込みを演出している。 解説した。友好第一から批判一色への中国報道の内容変化は、対中世論の悪化とその相乗作用を引き起こし、日中関係の冷え込みを演出している。 』と指摘している。
(NHK2014年「歴史を通して考える日中メディアの課題」)

 「報道フレーム」とは、報道姿勢や論調を意味する造語である。、国益優先フレーム」は、「日中友好フレーム」とは、「国交がない中、国交正常化を最優先に、相手国の暗い面よりも友好を第一とした報道」であり、「普遍的価値フレーム」は、1989年の天安門事件以降、「西側諸国の経済制裁、ソ連・東欧の崩壊・冷戦終結、グローバリゼーション」を背景に、「中国の民主主義、人権、軍事力増強」の問題を重視し、西側諸国の「自由民主主義」に基づく普遍的価値の立場からの批判的報道のことである。そしてさらに、日本の「国益優先フレーム」に変化し、現在に至っているという。具体的には、マスメディア、特に新聞は「中国の抱えるさまざまな矛盾に焦点が当てられ、中国の政治体制に対する批判報道であふれるようになった 」ということである。


 日本人の中国に対する嫌悪感の増加は、上記の世論調査グラフで明らかなとおり、「親しみを感じない」層が、1989年以降に増加し、2003年からはさらに悪化していることでも明白である。2003年以降は、中国の経済大国化と時期が一致しているが、2001年の小泉純一郎首相の靖国参拝への中国側からの批判、2004年、2005年の反日デモ等から急激に悪化している。
 これらの事件のマスメディアの報道姿勢は、NHK内部からも指摘されており、「テレビ はニュースやワイドショーでこれらの出来事を繰り返し伝えたが,その多くが事態の推移をセン セーショナルに伝えるのみで、事件発生の原因や歴史的背景などを掘り下げて伝えるものは少 なかった。」(NHKメディア研究部長井暁「テレビは中国をどう伝えてきたか 」)のである。
 
 東京大学社会科学研究所教授丸川知雄は、「巨大化する中国経済ー変化の方向を見誤った日本の中国報道」(新聞研究2018年)の中で、「イメージでなく事実を掘り下げて」と願い、『日本のメディアは、中国経済や「一帯一路」構想など中国の対外的イニシアティブに対して問題点を並べて、悲観的な見通しを語ることが多い。」と言い、「中国に関するネガティブな情報の洪水」が中国を「見誤る」と指摘している。

  このような日本の報道フレームが、日本政府の立場と同様なのは、日中国交正常化が急務だった時期の「日中友好フレーム」、中国が経済大国化し、台頭してくると「自由民主主義」を持ち出し、権威主義の中国批判を強める「普遍的価値フレーム」、さらに日本の国益第一の「国益優先フレーム」に変化していったのは、自民党政権の立場でもあるからだ。要するに、日本のマスメディアは、政府の意向に沿って報道をしているのである。
 上記の高井潔司は、「国際報道をかんじがらめにする中国のメディア規制」と、中国のメディアも国営新華社通信を筆頭に、中国政府の意向に沿った報道のみを繰り返していると批判しながら、「政府の誘導に乗せられる日本のメディア 」と、日本のマスメディアも中国メディア同様に政府の国策に適合した報道を繰り返していると指摘している。
 この中で高井は、『日中対立を 超える「発信力」ー中国報道最前線 総局長・特派員たちの声 』と書籍を紹介し、 その中で『例えば毎日新聞前中国総局長の成沢健一さんは、「確かに反日デモや大気汚 染など注目されるテーマでは衝撃的な場面や深刻な内容について詳しく報じて いる。だが、ストレートなニュースにならない等身大の中国、そして中国人の 姿を伝える機会は非常に限られている」と 書いています』、『共同通信前中国特派員の塩沢英一さんは「尖閣諸島の問題について、日本メディアは「歴史的にも国際法的にも日本固有の領土で、領有権問題は存在しない」との日本政府の立場に立っている。』と引用している。この書籍が「特派員自身、自分たちの報道が中国の全体像を伝えていないと、誠実に認めてい」るとしているのである。

相互嫌悪による戦争への道 
 このような日中の相互嫌悪は、友好よりも対立を生むのは明らかである。双方のメディアによる嫌悪の醸成が、外交を対立、さらに敵対と進ませ、その先には外交の延長としての戦争が待ち構えているのである。
 ロシアがウクライナへ軍事侵攻を始め、1,000日以上の終わりの見えない戦争となったが、それがロシアと欧米との代理戦争であるのは、NATOのロシア不信を前提とした「東方拡大」が大きな要因となったのは否定できないことだ。
 元英国首相で侵攻直後にウクライナへ飛び、ゼレンスキーに停戦を思う止まらせたボリス・ジョンソンはジャーナリストとのインタビューで、素直に「現実を直視しよう...我々は代理戦争を仕掛けているのだ!我々は代理戦争を仕掛けている」と言った。
 ジョンソンは、ロシア・ウクライナ戦争が、「我々の代理戦争」なのだから、ウクライナが必要とする兵器・弾薬を欧州が供給するのを惜しんではならない、と主張しているのだが、代理戦争という言葉を使わなくとも、兵器・弾薬供給を推進すべきだという主張は、欧米の政府、マスメディアでは主流になっている。
 
 この戦争が欧米とロシアの戦争でもあるのは、以前のロシア(ソ連)の友好国だった東欧が欧米化し、軍事的にもNATOに加盟し、ロシアにとっては軍事的防波堤だったウクライナにも押し寄せた。それに対するロシア側が反発する危険性は、多くの冷戦期の西側外交政策者も認めている。その前提にあるのは、相互嫌悪であるのは明らかだろう。この相互嫌悪が、ロシア・東欧の旧体制時代の冷戦期から、現在でも続いているのは、西側メディアが「権威主義」の「悪の帝国」としてロシアを描き、逆にロシアメディア側も徹底した愛国主義と政権支持報道で溢れていることもその証左である。
 欧米のマスメディアでは、ウクライナの妥協を含む和平論を主張すれば、「プーチンの手先」と呼ばれ、ロシアでも、「特別軍事作戦」を批判すれば、「欧米の手先」とされている。それが肯定されるのも、欧米では、ロシアは、一時的に停戦しても、これからも侵略行為をやめる筈はない「悪の帝国」であるという感情に近い認識が幅広く存在するからである。それは、ソ連時代の反共主義やその以前のロシア帝国時代からの欧米側の「ロシア嫌悪症Russophobia(ラテン語)」が、実際には深層心理に根付いていることの証である。そこには、欧州とロシアは、歴史的に中世から対立してきたことがあるのだが、反対にロシア側も「ロシア嫌悪症Russophobia」という言葉をプーチンが多用し、それに立ち向かうことがロシアの正義だと主張していることも「相互嫌悪」の状況を表している。これらの互いに対する嫌悪感が、相互不信、警戒感、相手方への脅威論を生み、この戦争を終わりの見えないものにしているのである。

 このように、「相互嫌悪」は最悪の場合戦争を引き起こす。そして、互いに脅威論が巻き起こる。その備えとして、多くの場合「平和を守るために防衛力が必要だ」という論調が多数を占め、軍事力の拡大にひた走るのである。そこに大きな「役目を果たしている」のは、現実にはマスメディアなのである。

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